黒い靄4
実際の平安時代の制度等と異なる点がございますが、パラレルワールドだと思ってご容赦下さい。
「こんな荒れ果てた神社に来ているとは」
直通と光明は、鬼ヶ原神社の鳥居の前に立っていた。目の前を、ひらひらと蝶が飛んでいる。この蝶、実は光明の式神である。時子達に気づかれないように距離を取って後をつけているので、見失う瞬間もあり、式神に頼る所が大きい。
二人が参道を歩いていくと、声が聞こえてきた。境内の裏にある庭から聞こえてくるようだ。
「待てー」
「わああ」
声を聞いて、直通が顔を青くした。
「まさか、誰か鬼に襲われているのか!」
「お待ち下さい、直通様」
走り出そうとする直通を光明が止めた。
「何か、おかしくありませんか……?」
そう言われて、直通も気付いた。「待てー」が子供の声で、「わああ」が大人の男性の声なのだ。
二人は、そっと裏庭に回った。そこで見た光景は、予想外のものだった。
角の生えた男を追いかける少女。少女に追いつかれない程度に速度を加減して走る男。にこにこしながらそれを眺める時子。真顔で時子の側に佇む紫苑。
ふと、男が直通と光明の方に目を向けた。他の者達も、二人の存在に気が付いた。そして、六人はその場で固まった。
「消えてしまいたい……」
六人を収容し狭くなった社務所の中で、鬼四は頭を抱えた。子供と混ざって遊んでいるのを赤の他人に見られ、恥ずかしかったらしい。
「……とにかく、事情は分かった」
鬼四や牡丹についての話を聞き終えた直通が言った。
「私には見えないが……光明、その子の黒い靄とやらは、何とかできるか」
「やってみましょう」
「ありがとう。それはそれとして……法眼、私はお前を信用できない。もう時子に近づくな」
「まあ……そうなるよな」
鬼四は、面倒臭そうに頬を掻いた。
「待って下さい、この方は悪い鬼ではありません」
時子が慌てて言う。
「この鬼がお前を騙していない証でもあるのか?」
「それは……」
「まあまあ、法眼も今すぐ時子様をどうこうする事もないでしょう。とりあえず、この牡丹という子の靄を何とかしましょう」
光明がにこやかにその場を収めた。そして、懐から呪符を何枚か取り出し、呪文らしきものを唱えると、その呪符を空中に飛ばした。
すると、その呪符が炎を纏い、牡丹の周りをぐるぐると回り出した。牡丹の周りの黒い靄が散っていき、代わりに女性の姿が浮かんだ。
「この女性が、黒い靄の正体です」
光明が言った。霊を見る能力が無い牡丹、直通、紫苑の目にも、はっきりと女性の姿が見えていた。美しく、若い女性だった。女性は、涙を流しながら一言だけ呟いた。
「私の子……」
鬼四が牡丹を見て聞いた。
「お前の母親なのか?」
「ううん、私のお母さんと全然顔が違う」
牡丹は、何故か鬼四にだけ敬語を使わない。
「恐らく、子供を亡くした女性でしょう」
「そうだとして、何故この方は牡丹に付き纏っているのでしょう。まさか、牡丹を自分の子供と重ねていて、黄泉の国に連れて行こうとしているとか……」
光明と時子が思案する。
「それにしては、黒い靄からは悪意を感じたぞ。子供を失くして悲しむ女が、牡丹に対して悪意を抱くか?」
鬼四の言葉を聞いて、光明が目を見開いた。
「そうか……悪意を抱く相手……私は大きな思い違いをしていたのかもしれない」
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