治らぬ病4
実際の平安時代の制度等と異なる点がございますが、パラレルワールドだと思ってご容赦下さい。
「やはり、桔梗という方が怪しいのでしょうか」
夕暮れの庭で時子が聞いた。話を聞いた限りでは、毒性のある植物を間違って食材にした等の過失があった可能性は低そうだった。
「そうだな……はっきりとは言えないが、この屋敷で働き始めた時期が時期だからな……」
「これからどうするのですか?」
「引き続き式神に探らせるさ。犯人を炙り出す策もあるしな。……時長様の食事は、時長様に長年仕えている侍女が複数で直接食材の買い出しやら調理やらする事になったんだって?」
「はい。信頼できる侍女達なので、安心して任せようと思います」
「……そうか、早く良くなるといいな」
「はい。……たった一人の、親なので……」
時子は、母親について話し始めた。
時子の母親は、芳子という名だった。とても美しく、賢かった。いつも時子に優しい笑顔を向けていたが、甘やかすこともなく、時子に礼儀作法や読み書きを教えた。芳子を通じて、時子は勉学の必要性や楽しさを知った。
しかし、時子が八つの時、芳子は病で亡くなった。
「父は、しばらく茫然自失としていましたが、ある日、『時子、これからは私がお前の父親と母親両方の役目を果たそう』と言って、私を抱きしめてくれました」
「良い親を持ったな」
そう言って、鬼四は夕日を眺めた。
次の日、芦原家の下女達の間に、緊張した空気が漂っていた。
「今日は、何の仕事をするにしても二人以上で行動しないといけないって聞いた?」
「そうそう、何でも、殿の食事に毒を入れた者がいるとか」
「明日の朝、下女の持ち物を検査するという話も聞いたわよ」
その晩、一人の下女が屋敷の廊下を歩いていた。そして、懐から折り畳まれた紙を取り出すと、中に包まれている粉のようなものを庭に捨てようとした。
その瞬間、蠟燭の光が彼女を照らし出した。思わず手が止まる。
「やはり来たか」
鬼四が不敵な笑みを浮かべて言った。後ろから、時子も顔を覗かせた。
紙を持ったままその下女――桔梗は、がくんと膝をついた。
また次の日、時長の屋敷には客人が居た。樋口兼良と、その妻の孝子だ。
「聞いたぞ、時長。下女が毒を盛っていたんだって?」
「ああ、ここに働きに来た当初から、少しずつ料理に毒を入れていたらしい。何故そんな事をしたのかは話してくれないが、もう検非違使に引き渡してある。もう毒が盛られることは無いだろう」
「それは良かった。お前がいないと、出仕しても張り合いが無いからな」
「本当に、主人は時長様の事を心配しておりましたのよ。……そうそう、これ、上質だと評判のお茶の葉でございます。よろしければ、お飲みになって下さい」
孝子が、木の箱に入った茶葉を手渡した。
「わざわざありがとう。ぜひ飲ませてもらうよ」
そう言って、時長は微笑んだ。
時長達がそんな会話をしている頃、時子と鬼四は神社の境内に居た。二人が初めて出会った神社である。今日は、二人の話が聞こえない程度の距離に侍女を控えさせている。
「では、桔梗に指示をした者が居ると?」
「ああ、あの女には毒を盛る理由がない。雇い主について話さないのは、大方、口を噤んでおけば母親の面倒を見るとか何とか言われたといったところだろう」
「では、桔梗が捕まった今、雇い主が新たに指示に従う人物を探すかもしれませんね。父の命は、また狙われるかもしれない」
「その可能性はあるな。時長様の命を狙うそもそもの人物を探さないと、根本的な解決にならない。……こんな事を聞くのも気が引けるが、時長様が命を狙われる理由に心当たりは?」
「仕事先での事はわかりかねますが、私の知る範囲では、父が恨まれるような事は無かったです。父が亡くなって得をする者もいないかと。……あえて言うなら」
「何だ?」
「樋口様は父の同僚ですが、樋口様より父の方が優秀で、父が居なければ樋口様は早く出世できるだろうと……樋口様は思っているようなのです。あくまでも噂ですが」
「そうか。……何かわかったら報告する」
「ありがとうございます」
時子は侍女と共に牛車に乗り込むと、帰っていった。
その夜、ねぐらにいた鬼四の元に、芦原家に潜り込んでいた式神がひらひらと舞い戻ってきた。式神は両手に当たる部分のみ黒くなっており、何かを掴んでいるような形になっている。
「これは……」
鬼四は呟いた後、ゆっくりと口角を上げた。
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