白と黒の饗宴1
実際の平安時代の制度等と異なる点がございますが、パラレルワールドだと思ってご容赦下さい。
源師宣の件が解決してから一か月程経ったある日。陰陽寮にいる光明の元を、平基家が訪れていた。
「……これ、唐菓子だ。お前の口に合うかどうかわからないが、受け取ってくれ。……良い医師を紹介してくれた礼だ。おかげで、妻の具合も良くなってきている」
光明と目を合わせないまま、基家が言った。
「有難く頂きます。……あなた律儀でお優しいのだから、もっと同僚と話したらどうです?人と話すの、嫌いではないでしょう?」
「俺が話しかけると、皆が恐がる」
「あなた、言い方がきついんですよ」
二人が言い合っていると、地響きを伴う大きな音が響いた。外を見ると、黒い煙が上っているのも見える。
「何事です!?」
すると、暦生が慌てて部屋に入ってきた。
「暦博士様、大変です。鬼が……鬼が、宮中に攻め入ってこようとしています」
「なっ……」
「今鬼は朱雀門にいて、武官が集まって応戦しています。鬼は一人のようですが、倒す事が出来ず人手が足りない状態です。……武官以外の者は避難するよう指示が出ておりますが、呪術を使える者は参戦するようにと……」
人を食った鬼は、普通の刀や矢では殺せない。呪術で焼き殺すか、呪術を施した武器を使わないといけない。
「わかりました、すぐ参ります」
光明が答えると、暦生は他の者に避難を促す為に足早に去って行った。
「杠葉」
姿を現した杠葉に、光明は素早く指示を出す。
「紅玉を呼んで来て下さい。急いで」
杠葉が部屋を出るか出ないかの内に、光明と基家は走り出していた。
「おい、紅玉って誰だ」
「町で会ったでしょう。私の側にいた鬼です。呪術が使える者は一人でも多くいた方が良い」
「あの鬼、呪術を使えるのか」
二人は朱雀門の側に到着した。目に映ったのは、辺りに広がる炎と、門のすぐ前にいる一人の大柄な男。短髪で僧侶のように見えるが、その頭からは二本の角が生えていた。
「いやあ、愉快愉快。こんなに暴れたのは久しぶりだ。……しかし、もっと骨のある奴はいないのか」
鬼はそう言うと、辺りを見渡した。武官が大勢鬼に向かって矢を放つが、全く効いていない。刀で切りかかろうとする者もいたが、鬼が手に持った扇で煽ぐと吹き飛ばされ、近づけない。鬼の足元には血だまりが出来ている。鬼の犠牲となった者の血だろう。
光明は、呪符を取り出し呪文を唱えた。水の渦が鬼を捕らえる。しかし、鬼が大きく息を吹くと、水の渦は音を立てて消えていった。
「なんだ、そこそこ力のある奴もいるじゃないか」
光明の方に顔を向けた鬼は、右足を上げると地面を踏みしめた。すると、地面にひびが入り、光明の足元まで及んだ。
「光明!」
基家が素早く光明を自分の元に引き寄せる。間一髪、光明は地割れに落ちずに済んだ。
「助かりました」
「……あまり手間を掛けさせるな」
基家がほっとした様子で言った。
「さあ、もっと遊ぼう」
鬼が、今度は刀を持ってこちらに駆けてくる。光明は呪術で鬼を焼き尽くそうとするが、鬼が息を吹くと炎が消えてしまう。鬼が光明に斬りかかろうとした時、鬼の手が止まった。水の渦が鬼の刀を取り巻き、動かせないようにしていたのだ。
「先生、無事ですか!?」
見ると、呪符を持った紅玉がすぐ側まで来ていた。申し訳程度に烏帽子を被っている。
「ああ?鬼じゃないか。何で鬼が俺を止めるんだ。呪術まで使いやがって」
鬼は水の渦を消すと、眉根を寄せた。
「人を食う鬼と一緒にするな。お前、沢山人を食ってるだろう。分かるんだよ」
紅玉はそう言うと、呪術で炎を出そうとした。
「紅玉、その鬼にはそういう術は効かな……」
光明が言い終わる前に、鬼が扇で煽いだ。紅玉は勢いよく吹き飛ばされ、近くの塀に激突した。
「何だ、もう終わりか?」
鬼が紅玉に近づいた時、鬼の背後から声がした。
「黒曜」
その落ち着いているが恐怖を感じさせる声に、紅玉は聞き覚えがあった。
「その子の事は、私に任せてくれないか」
紅玉は顔を上げた。白い髪、作り物めいた笑顔。そこにいたのは――白樹だった。
「あ?何でお前がここにいるんだ、白樹。俺が朱雀門から攻めて、お前が反対側の偉鑒門から攻めるはずじゃなかったのか」
「そのつもりだったが、せっかく可愛い弟がここにいるのだから、こちらを構いたい。お前が偉鑒門に行ってくれないか」
「こいつ、お前の弟かよ。……しかしなあ……」
「頼む」
黒曜と呼ばれた鬼は、白樹の目をじっと見ると、溜息を吐いた。
「わかった」
そう言うと、黒曜は風のように走り去っていった。
「まずいですね」
光明が言った。
「偉鑒門から避難する者も多いはずですが、朱雀門に武官が集まっているという事はあちらの警備は手薄。このままあの黒曜とかいう鬼を行かせたら、多数の犠牲者が出るかもしれません」
隣にいる基家が考え込むようにして言った。
「そうだな……しかしこちら側にも倒すべき鬼がいる。どうする?」
「仕方ありません……紅玉!」
光明は、遠くにいる紅玉に声を掛けた。
「私は基家様と共に偉鑒門の方へ行きます。お前はこちらで頑張って下さい」
「俺が同行する前提なのか」
基家が口を挟んだ。
「術者一人で何とかできる相手ではないですからね。……で、代わりと言っては何ですが、呪符を大量にこちらに残しておきます。これを武官の弓に巻き付ける等して応戦してもらえば、少しは紅玉の助けになるでしょう」
「戦力が二人もこちらからいなくなるのは痛手ですが、わかりました」
紅玉が答えると、光明は近くにいた武官に呪符について説明し、基家と共に去って行った。
「さて、話し合いも終わったようだし、宴を始めようか」
白樹が、笑顔で紅玉を見つめた。
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