蘇芳1
実際の平安時代の制度等と異なる点がございますが、パラレルワールドだと思ってご容赦下さい。
紅玉が都に戻って平穏な日々が続いていたある日、加茂光明は陰陽寮にいた。呪術を使える光明だが、基本的な仕事は暦の作成。暦博士である光明は今日も登庁し、机に向かって筆を走らせていた。
「光明様、資料を持って参りました」
暦生の一人が光明の居る部屋に入ってきた。暦生とは、暦博士に従い暦道を習う学生である。
「ご苦労様」
そう言って光明が資料を受け取ろうとした瞬間、暦生が懐から何かを取り出した。そしてそれを思い切り光明の胸に押し付けた。取り出したものは、刃物だった。光明の着物の胸の部分が赤く染まっていく。
しかし、光明の姿は消え、代わりに紙を人型に切ったものが現れた。
「この寮も、随分物騒になりましたね」
そう言うと、本物の光明は呪符を取り出し呪文を唱えた。すると、どこからか水が現れ、渦となって暦生を縛り付けた。
暦生は、光明を睨みながら言った。
「お前なんか死ねばいいんだ。お前のせいで、私の父は亡くなった。……お前が『蘇芳』だという事は、わかっているんだからな」
「……は?」
光明は、眉根を寄せた。
次の日、光明は紅玉に会う為鬼ヶ原神社を訪れていた。当然のように、時子と直通もいる。
「命を狙われたって、本当ですか、先生」
紅玉が目を見開いて聞いた。
「ええ。……紅玉にも関係のある話なので、伝えておきます」
光明の話によると、光明を狙った暦生は大蔵為正。彼の父親の春信はそれなりの地位を築いた貴族であったが、出世の為に同僚を呪殺した。しかし、呪詛が自分に返ってきた為、春信もまた亡くなってしまった。為正は、春信に呪詛を教えた人物を恨んでいた。
「それで、何故先生が呪詛を教えた事になってるんですか?」
「春信様は、呪詛を教えた人物に会った事はあるが、本名は知らなかったそうです。為正はその人物の特徴を聞いた事があるようなのですが、それが……女みたいに美しい顔で、横の髪を少しだけ垂らした男と……」
「……ああ……」
「それでいて呪術の腕が優れている人間は、私しかいないという事で、為正は私が呪詛を教えたと思い込んだようです」
光明は溜息を吐いて、話を続けた。
「恐らく、呪術で幻覚を見せていたのでしょう。……それと、気になる話がもう一つ。陰陽寮の知人に話を聞いたのですが、最近、貴族が呪詛をする事案が頻発しているようです。春信様に呪詛を教えた人間が、他の貴族にも呪詛を教えて回っていると考えて良いでしょう。……そして、呪詛を教えている人物が名乗っているのが……『蘇芳』」
紅玉は、目を見開いた。
「お前の昔の師も蘇芳と名乗っていましたね」
紅玉の脳裏に、蘇芳と過ごした日々が浮かんでくる。
「……違う。あの人と過ごした期間は一年にもなっていないけど、そんな事をする人じゃない……」
時子が、心配そうに紅玉を見ている。
「わかっています。お前を見ていれば、お前の師がどんな方かは想像がつきます。ですが、呪詛を教えた『蘇芳』の正体を探る為に、お前の師の事をもっと知っておきたい。お前の師の知識量、呪術の腕前、教え方、性格、交友関係、何でもいいから話しなさい」
「正体がわかったらどうするつもりだ?」
直通が聞いた。
「当然、生き地獄を見てもらいます。この私に喧嘩を売ったのです。そのくらいの覚悟でいてもらわなくては困ります」
妖艶な笑顔で、光明が言った。
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