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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大人に憧れていたころ・道なき道で・招待状を・ついに手中に収めました。

 あかりは美しい顔立ちをしていた。少女特有の甘い匂いがするような陶器の肌を、自分で気に入って大した手入れもしないのに白く輝くのに、自分の美でおぼれていた。うぬぼれが強いというよりも、事実鏡の向こうには村一番の美少女がいるのだから、自尊心が高くなるのも無理はなかった。明は特に誰かを愛したことがない。早熟な少女は恋をするものだが、彼女が住まう村は限界集落に近く若い男などいなかった。その村において、彼女の父母が唯一若いかといえば、両親は晩婚で数人こどもを設ける中で、その末の娘が明であるので、明の両親は若くはない。父はもう50代半ばに差し掛かり、母は40代後半だ。明が若く振る舞えば振る舞うほど、スポットライトは彼女に当たるばかりで両親は暗く霞んで見えた。だから明は空想を愛し、自然を愛し、特に若い肌を見たことがないので、大好きな蝶の観察をし嫌いなミミズが地を這っているとちからいっぱい拳でたたき殺したりしたのが生き甲斐だった。自然か自分しか愛していない明のもとに、ある日見たことのない青年が村の入り口に立っている。

 「だあれ」

 「こんにちわ。・・・まずは挨拶だよ」

 明は成長期を超えても身長が低く、長い黒髪をなびかせてお気に入りの綿のワンピースにこじゃれた白い麦わら帽子の格好で天真爛漫といった行動をとるものだから、小学生に間違われたようだ。この村では可愛い子としか言われないので、明は窘められたことに大仰に首を傾げる。

 「こんにちわ。でも知らない人に挨拶しないんだよ」

 「それはごめんなさい。ここに村独自の風俗があると聞いて、来たんだけど。村長さんはいるかな?」

 「いるよ! ついてきて」

 明はそう聞くやいなや駆け出した。青年は20代だろうか、10代の終わりだろうが、明の足に着いていくことが出来ずに息切れしながら追いかけていく。

 ぽつんと寂しいところにある村である。都会っ子らしいこじゃれた髪型の青年が明を追いかけるのは、何故だが傍目には変質者にも見えた。激しい動悸に襲われながらもなんとか明の白のワンピースが立っている門扉に青年は転がり込むように入った。そういえばインターホンも何も鳴らしていないので不法侵入だと思って顔を上げたが、青年の目の前には明に連れられた、村長らしい老人がいた。明がちょこんとその横でそわそわと体を揺らしている。

 「ああ、ああ。明ちゃんは偉いねえ。あっちにいっておいで、お菓子もあるから」

 「うん!」

 どうやら明はその言葉を待っていたようで。一目散に鍵のかかっていない扉を開け、村長の家の玄関に飛び込んだ。中では老婆らしい柔和な声が、明ちゃん、明ちゃんと猫なで声だ。


 「ずいぶん、可愛がられてるんですね」

 「ああ、明ちゃんかい。この村では一番若い子でね。ついつい甘やかしてしまってな」

 「まだ小学生ですか?」

 「いんや、16歳だよぉ」

 えっと青年は驚いた顔をした。だがそのことより、改めて村長に挨拶をして自己紹介をした。彼はこの街にフィールドワークに来たという。民族学による研究の一環で、春休みの間に人里から離れた村を取材して回っているらしい。村長は快く承諾してくれ、青年の滞在期間中は明の家の離れにて寝泊まりすることになった。食事や風呂は明の家でやっかいになることで、両親も了解した。まだうら若い明を青年と近づけるのはどうかと思わないのが、人の良い村の風習でもあるようだ。


 明の年齢を知っても、青年には小学生にも中学生にも見えて義務教育期間中の未成年だとしか感じなかった。体を押しつけることは無いけれど、彼女が自分と自然を愛しているのは余所者から見ても分かるほどだった。明は青年に特段の興味を持たなかったが、気まぐれに話を聞かせて貰ったりした。その話を夕飯の食卓で明がかいつまんで話したり、その話の訂正をするのが夕飯の時の恒例になっていた。

 「明さんは、高校生なんですか?」

 「いや・・・高校は少し遠くて」

 夕飯後の片づけを手伝っている青年は、父親が口ごもったのにまずったと感じた。家族環境につっこんだ質問は、まだこの青年の立場には早かったようだ。謝罪を口にすると、いいんですと父親は言った。この両親はどうにも訛りが少ないので、移住者なのかと思ったのだが、移住者ではないと彼らは言ったのでそれを信じた。

 「高校生にするのがいいんでしょうけど。どうせ嫁に行くんだから遊ばせてるんです」

 「そうでしたか」

 「だから明は日がなああして、いろいろ遊んでいるんですよ」

 「なるほど」

 思ったより腹を割って話してくれるので、青年は少し困惑気味だった。気を悪くしたはずなのに話すと言うことは、愚痴のようなものなのだろうか。


 「明さんは頭が良いように思えますがね」

 「本当にそうですか?」

 やはり訛りの少ない言葉で、父親はめがねの奥で青年を見やる。青年は生唾を飲んだ。やけに変な迫力があった。

 「ええ、ええ。蝶の観察記録なんて、事細かに書き記してますし。ミミズを嫌ってるのは仕方ないですけど、興味があるものには熱中できるのはいいことですよ」

 ふと青年の頭に、都会の同年代の子供の姿がふと浮かんだ。彼らはスマホを持って、常に何かに追われて日がな暮らしている。明の方が少しだけましに思えたのは、彼がこの村の生活に馴染んだからだろうか。次の村に向かう必要もあるので、長いこと滞在する訳にも行かないのだが、明は彼が帰るとなるとかなりの駄々をこねるの、帰るに帰れないのが現状だ。明は普段青年に興味が無いのに、帰るのだけは許さないようだ。

 「あと三日後には発とうと思います」

 「そうですか。まあ、明には話さないでくださいね」

 父親はそんな明のわがままには慣れた様子だった。



 「大人になりたいな」

 明が変態前のさなぎを見ながら呟く。明は蝶にあわせてかがんでいるので、ワンピースから胸が隆起していた。ほくろが一つ、左の乳房の上にあるらしい。その姿に目のやり場に困らないわけではないが、明は自分から視線が外れると分かると駄々をこねる。彼女は周囲に興味を持たないが、周囲から興味を持たれないのは嫌悪するのだ。その白い胸に、おんなを感じて青年は静かに少しずつ目線を逸らした。

 「なんでなりたいの?」

 「大人になったら、もうミミズを叩かなくてもいいもん」

 「え?」

 「明の代わりに、ミミズを叩く人と結婚できるから」

 明が珍しくこちらを見た。盛り上がった胸が、そこまで豊かではないがそのやわらかいふたつのたまのようなものが、普遍的な性欲に繋がるように見せつけられている。今日は日差しが強いのか、立ちくらみがした。

 「ミミズを叩く人じゃないと結婚できないの?」

 「出来ないよ。明はいや」

 「じゃあ僕は無理だなあ」

 「そうだよ?」

 明は当然のようににっこりと笑う。相変わらず盛り上がった胸が、青年の普段大人しい性欲にじわじわと火をつける。相手は小学生か中学生だ。そう思えば手が出ない。目をふいと逸らしたのに、あー!と明は不服そうな声を漏らした。あの女が悪いんだ。あのおんなが、おんながわるい。おれはわるくない。そうだわるくない。あんなからだをみせつけたからだ、わるくないわるくないわるくない。土地の土着信仰は単純なもので、仏教と統合されて独自な文化を形成している。ただこの土着信仰は、土地柄に強く結びついて洗脳のような根の張り方をしている。ここには移住者などはいない。土地の神が呼び寄せて住まうことにした者が多く、そのおかげで細々と村が成り立っているのだ。だから移住者である、と彼らは言わない。根深い宗教のあり方は興味深いもので、幾つか村を回っていくとその傾向性と共通点が見えるのだが、青年が考えるほどに共通点が見あたらなかったので、只のまとめで終わりそうだと思っていた。彼女が妊娠したらしい。それは俺は悪くない。きっと悪くない。光と名付けたのだと聞いた。彼女はまだあの村にいるらしい、どうしてどうしてどうして。誰も咎めに来ないで、ただの達筆な手紙だけで近況を簡素に報告してくるのだ。その達筆な筆遣いは、明のものだった。明は憎しみも悲しみもこの筆にはいっさい込めずに、本当に淡々とした報告だけをつづってきた。いや出産の苦しみもあるし産まれた子をどう養育するのかを考えるんじゃないのか、どうしておれをせめないんだなんだあのおんな。

 次第に憔悴する大学生に、教授や友人は訝った。彼の熱心な性格を知っていて、休み宙のフィールドワークも教授は確認してその活動報告を褒めると目を輝かせていたので、何もかもが順調だと思っていた。だが大学生は憔悴していた。やせ細り、次第に大学に来なくなり、友人が一人暮らしの彼のアパートを確認しに行くと、引き払われていた。彼はどこかへ忽然と姿を消してしまった。どうやら親には行き先を告げていたらしいが、その住所に向かった友人は飛び乗った電車が不遇の事故で運転が見送りになり、ガソリン車で向かえば謎の故障で立ち往生し、誰もたどり着けないままだった。親も同様だったらしい。遠方なので何度も試しにいくわけにもいかず、次第に日常に流されて彼の捜索は誰の口からも出なくなった。行き先が分かっていれば警察に通報するものではないし、帰ってくるだろうという甘い認識である。大学生はそのまま帰ってこなかったのだった。だが手紙は届いたので、両親も友人も納得せざるを得なかった。その村のゆがみは増した。明はひとり光を抱えて、彼らへの招待状をしたためるのであった。


原典:一行作家

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