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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~  作者: 鷹山リョースケ
第三章

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挿話 薬師の娘

 城の地下には直系の魔統血統を揃えた者しか入れない部屋がある。

 最奥の扉の向こうは母しか入れない。

 普段は立ち入りを許されない場所ではあるが、控えの部屋は母の私室のようになっていて、時折子供達を招いて家族で団欒することもあった。


 母との思い出にはいつも薬のにおいがした。

 特に覚えているのが薬煙草だ。

 今ではほとんど使われていない。他にいくらでも良い薬がある。

 何らかの理由で標準薬が使えない場合の代替品、または嗜好品として今も生産は続いているが、注文生産がほとんどだと思われる。


 そんな中で母は薬煙草を作り続けていた。

 処方は一つだけ。

 当主たる身で、美しく整えられたその繊手で、職人のように生薬に触れ、干し、炊き、絞り、挽き、指先が汁で染まることも厭わず、一本一本丁寧に仕上げていく。

 愛おしそうに。

 時には祈るように。

 まるでなんらかの贖罪のように。



 私は最後に産まれた子だった。

 母体の年齢的に厳しいと言われながらも無事、産んでいただいた。

 立派な姉君や兄君が既にいるのに何故私を設けようとしたのか。

 それはおそらくこの薬煙草の為なのだろう。

 私は常に胸に忍ばせている薄い手帳を服の上から押さえた。

 中には母の残した処方が入っている。


 私は主に地下の母の私室で育てられた。

 勿論地下に使用人は入れないので赤子の時は陽の当たる城内で世話を受けていただろうし、物心ついてからも閉じ込められて育った覚えはない。

 幼い頃には姉君や兄君に庭で遊んでもらった記憶もあるし、家族で共に古帝国様式で敷物に直に座り、皿を囲んで食事をしたこともある。


 だが少しづつ、私を取り巻く空気は変わっていった。


 ある日、家族の居間から母と姉君が言い争う声が聞こえてきた。

 そんな荒々しい声を聞いたのは初めてだった。

 廊下でそれを耳にした私は驚いてしまい、硬直した。乱暴に扉が開かれ、姉君が飛び出してくる。

 私と目が合った姉君の、憎々しげな視線に慄いた。

 それは射殺さんばかりの鋭さで、その一刺しでふわふわと天真爛漫に揺蕩っていた幼い私は弾け飛び、現実へと足を下ろした。

 世界が塗り替わったようだった。

 明確に疎まれていた。

 敵視されていた。

 殺意を込めて。


 それから私は自主的に地下を居場所とした。

 単純に姉君が怖かったからだ。


 母は私に玩具代わりに薬作りの道具を与えた。

 そして様々な薬の作り方を教えた。

 静かな母の私室で、母と二人きりで黙々と手を動かす時間は嫌いではなかった。

 何かを創るのは面白かった。

 上手くできれば母に褒められたし、自身でも満足感や達成感があった。

 悪くない時間だった。

 幸せな時間だった。


 子供の目から見ても母はどんどん細く、小さくなっていった。

 顔には心労が伺え、急速に老いていくようだった。

 日々思い悩む様子が見受けられ、そっと目元を抑える時さえあった。



 ある夜のことだ。

 深夜、母に起こされた私は着古した服に着せ替えられ、くたびれた鞄を渡された。

 そして、厳重に封をされた薄い手帳も。


「この手帳にとある薬の処方が入っています。特別な……とても特別な、薬なの。わたくしの……命なの。お願い、母の代わりにどうか、どうか……」


 それは母がいつも作っていた薬の処方だった。

 私が見たことも聞いたこともない生薬を使っていて、それをたずねても母は答えてはくれなかった。

 いつも少し寂しそうに「とても入手が難しいの」とだけ。


「クルトゥーラへお行きなさい。身を潜め、薬師として旅をしなさい。そして『サフィラス離宮』を目指しなさい」

「サフィラス離宮?」

「クルトゥーラにある古い古いお城よ。でも聞いて回ったりしてはだめ。注意深く耳を澄ませて、用心深く動くの」


 母は私を抱きしめ、髪を撫で、額に口付けた。

 そして最後の言葉を耳元で囁き、身を離した。

 見知った顔の護衛が母に跪き、挨拶をして立ち上がる。歯を食いしばった顔は涙に濡れていた。


 私は初めて通る通路を抜け、城の外に出た。

 夜の闇の向こうに、明るく浮かび上がる城が見える。

 いつもの城だ。私の家。もう帰れない。


 私は護衛に背負われて森の中を駆け抜けた。追手のような気配はなかった。おそらく母の決断の方が早かったのだろう。

 私達は森の中を彷徨うようにして移動し、遠く遠く離れた。

 辺境の町では人の素性など気にしない。

 私達は開拓民として暮らしながら国境を越える準備をした。


 しばらくして母が死んだ。

 その知らせは辺境の開拓村にも届いた。

 姉君が跡継ぎらしい。

 別れ際の母の言葉が思い出されたが、特に思うことはなかった。


 翌年、村は魔獣に襲われた。

 幸い被害は少なかったが、犠牲者が出た。

 その中に私も含まれていた。魔獣に食われて、残ったのは髪だけだったそうだ。

 私は私の名で私の髪が埋葬されるのを見て、村を離れた。

 護衛は魔獣と戦って死んだ。

 そういうことになっている。


 私と護衛はここで別れた。護衛は王都へ戻る方角へ旅立った。

 二度と会うことはないだろう。

 私は新しい名で旅の薬師として、国境を越える商隊に紛れ込んだ。



 そして道中またしても魔獣に襲われたが、通りすがりの冒険者達に救われた。

 一人は体格の良い強面のがっちりとした大男、一人は小さな少女という、変わった組み合わせの二人連れだった。

 私は負傷者に薬を配って回った。幸い大きな傷はなく、馬車で休みながら移動できる程度だった。


 手当を終え道具の片付けをしている私の上に影がさす。

 見上げると、冒険者の大男がのぞき込んでいた。


「おめぇ、イヤな臭いがするぜ」

「は?」


 ぽかんとしていると、大男はしきりに鼻を鳴らし、私を嗅ぎまわる。

 あまりの無作法に私は飛び退いた。


「ああー、やっぱ臭ぇ。ムカつく臭いだ。なんだお前、どっから出てきた?」


 背に戦斧を担ぎ顔を凶悪に顰めた大男に迫られ、内心恐慌状態に陥っていると、少女の高い声がした。


「はー? こんなトコで女漁りとかマジキモ。臭ぇのはお前の足だっつうの」


 小づくりの可愛らしい顔を似合わない蔑みにゆがめた少女が立っていた。

 冒険者らしい皮の部分防具をつけているが全体的に二人とも軽装で、少女は辺境には似つかわしくない小奇麗な服を着ていた。


「ばっ! ちっげーよ! この女、ビバーの臭いがしやがる」

「はー?!」


 大きな目を更に大きく見開いた少女に駆け寄られ、顔を押し付けるようにして体の臭いを嗅がれるという状況に、私は更に飛び退いた。よろめいて地面に座り込んでしまう。


「マジだ! あいつの煙草の臭いじゃん! は? なんで?」


 大男と少女二人に迫られても、私だって何のことか判らない。その飲んだくれ(ビバ-)とかいう人も知らない。


 ただ、「煙草の臭い」には心当たりがあった。

 母が作っていた薬煙草。

 全く同じ処方ではないが、調薬の腕を落とさないよう、似た処方で時々作っていた。だがそれをこの二人に告げてもよいものか。

 私が内心で躊躇っているのを単に頭の働きが鈍い女だと思ったのか、二人は舌打ちをして一歩離れた。


「どうする? とりあえず殺すか?」

「アホもいい加減にしてよ。殺してどーなんの。なんかに使うでしょ」

「なんにだよ」

「なにって……なんか」

「なんだよォ」

「ああもう! とりあえず……離宮にでも持っていけばメシぐらい食えるっしょ」

「おっ! いいなあ! 久々に美味い飯食って風呂入りてェ」


 頭上で誘拐計画が進んでいる気がして私は再度恐慌状態に陥ったが、そんな私を無視し、大男は軽々と私を担ぎ上げ、走り出した。


「ちょっ……!」


 悲鳴を上げる暇もなく商隊が遠ざかっていく。

 私は非力ながらも男を殴りつけて脱出するべきかと迷ったが、先程の少女の言葉が気になった。


『離宮にでも持っていけば』


 離宮。そんなにあちこちに離宮があるとも思えない。

 これまで何の手がかりもなかったのだ。

 どうやら離宮とやらに私を運ぶつもりのようであるし、それまでは生きていられるだろう。


 私は流れに身を任せることにして、胸の隠しに仕舞った手帳が落ちないよう、しっかり押さえた。

 手帳に触れると母の最期の言葉を思い出す。

 今となっては何の意味もない言葉だが、母の本当の願いはこの処方が生き続けることだと思うのだ。その為に私を産んだのだと思う。


 母の都合に付き合うつもりはないが、最後の願いぐらいは叶えてやりたいと思う程度には愛している。

 それに、正しい処方で作ってみたいという私自身の欲求もあった。



 ――『その処方こそが――の証し。貴方が正統な継承者です』



こういうあからさまな伏線()を書かないよう頑張ってきたんですが、挿話なので勘弁してください

覚えてなくても大丈夫です

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