068 ナルフォーム・エクステンション
話は少し遡る。
馬車を引いたプレシオは爆走し、荷台の私達はマウンテンボードでもやってんのかって感じだった。座ってはいけない馬車。自動的に尻叩き。
人間は別にケツを打ってもいいのよ、治せばいいから。
だがイルミカルタにこれ以上ダメージを入れるわけにはいかない。
しょうがないので魔力の腕でイルミカルタを入れた箱を持ち上げ、私自身がダンパーになった。これも訓練だ。
魔力であって筋力ではないので、自前の腕で持てないものでも持つことができる。
当然魔力はバカ食いするけど。
私はこの魔力で作る腕をナルフォーム・エクステンション(Null-form extension)と命名した。未確定の拡張増設だ。
いい、いいいいいんだよォ! どどどうせ心の中で言うだけだしイィィ!
それに命名すると格段にイメージが強化されるんだよォォウ。
きっと「呪文」の効果と同じだ。必殺技を叫ぶ理由の一つだ。私は理にかなっている。
魔力の腕は魔肢≪エーテルリーチ≫と名付けた。義肢ならぬ魔肢。そのうち足も出したい。足増やしてどうすんだって感じだけど。
自分が認識しやすいのと「掴む」イメージが容易だから腕というか手にしてるだけで、別に触手でもいいんだよこれ。触手なら複数本出してもあんま混乱しなかった。楽器演奏してる時の指みたいな感じだと思う。
腕はどうしても二本出すのが限界だったの。
それでも魔肢二本プラス自前の腕二本で合計四本を情報処理できるから柔軟な脳だってベルレには褒められた。褒められたんだよね?
もしかしてこれが私のチート……。
しかし四本といってもフルに動かせるわけじゃない。
基本的に「魔肢二本」か「自前の腕二本」の切り替え式だ。
片方のセットでごく単純な動きをしながら、もう一方のセットで何かする、もしくは四本全て同じ動きをする、そのぐらい。
正に今、魔肢で箱を担いだ状態を維持しながら自前の腕で水を飲んでいる。
……わりと普通だな。やはりチートではないか。
そもそも何本も出せるシェルリという本物のチートが隣にいたわ。どんな脳の構造してるんだ。
やはりチートはすべて現地にある……私の異世界転生特典って「シェルリの気に障る」というマイナス要素しかなくない?!
◇ ◇ ◇
街道に戻って整備された道を爆走したおかげで、夜になる前に宿場町に着いた。
本格的な町と違って、野営地の隣に民家が数軒並んでいるような集落だ。
本業は農業で、副業として街道を行来する人々にサービスを提供するのだそう。
それでも屋根があって鍵のかかる部屋でベッドで眠れるのはありがたいだろうな。当然金はかかるし割高だけど、こんなド辺鄙なところでちゃんと眠れるなら、人によっては必要コストと割り切れる価格帯である。
ベルレは端っこの一軒に向かって歩いた。私達も後に続く。
古めかしい重厚な扉を開くと、中は古びてはいても丁寧に掃除がされており、隠れ家ペンション的ないい雰囲気だった。
「一晩頼む」
ベルレが声を張ると、奥から恰幅のいいお婆ちゃんがトコトコと出てきた。
スカーフを頭に巻いてエプロンをつけた、如何にも田舎の農村の老婦人というファッションだ。
「はいはーい、って、あんれまあ、お久しぶりですよ! 百年ぶりですかねェ!」
「ああ、二百年ぶりだな、まだ生きてたか」
「あれから三百年も経てばあたしも一度死んでますよう! アッハッハ!」
朗らかに笑うお婆ちゃんには関西のオバちゃんのノリがあった。
お婆ちゃんは「チャロばあと呼んでねぇ!」と言ってたけど愛称なんだろうな。
このあたりまでヘーベルテック…じゃなかった、ヒューの魔人としての悪名が轟いてるんだろうか。
馬車を納屋へ入れプレシオを解き放つと、さすがに疲れたのか普通の速度で走っていった。
あいつは本当に元気だな……。
案内された部屋は大部屋で、ここも丁寧に掃除された清潔な気配がした。
壁際に沿って二段ベッドが四台入れられており、ちょっとドミトリーっぽい。
シーツなどリネンを出しながら、チャロ婆ちゃんの「客いじり」が続く。
婆ちゃんは私を見ながらニッコリ笑った。
「可愛い娘さんだねえ! 誰が産んだんだい?!」
「私だ」
まじか、私シェルリの娘だったんだ。初めて聞いたわ。
「カーチャン……!」
仁王立ちペンギンポーズで万感の思いを込めてシェルリに呼びかけたら、ベルレが吹き出して床に崩れ落ちた。ベルレの笑いのポイントっていつも謎だよね。
チャロ婆ちゃんは豪快に笑い飛ばして去っていった。
荷物を置くと着替えを持って中庭に出た。
あの爆走で私達はわりと本気で疲れてたので、夕食までちょっと横になりたかった。さすがに土埃にまみれたままベッドには入れない。
石を敷き詰め排水用の溝が切ってある水場で、体を洗い流した。
私の水芸が人様の役に立つ数少ない瞬間だ。
両手を天に掲げて十本の指先からぬるま湯を放出すると、シャワーとなって降り注ぐ。水魔法が風呂魔法化したのは転生者だからしょうがない。
人間噴水としてアホみたいなポーズを取ってるとまたベルレが笑い死ぬのでほどほどにして、自分も埃を洗い流して終了。
服の洗濯はチャロ婆ちゃんがやってくれるとのことで、桶に入れておく。
さっぱりしたら疲れも和らいだので大丈夫かなと思ったけど、部屋に戻ったらやっぱり全員寝落ちした。
私はベッドの梯子をよじ登って上の段で爆睡。二段ベッドは上派。
起きた時気づいたけど、三人は三人とも下のベッドを使っていた。私の下は未使用だ。
二段ベッドを一人一台使用なんです??
いやいいけど……。
チャロ婆ちゃん心づくしの夕食は素朴で美味しかった。
葉野菜のサラダはシャキシャキした食感が良くて、魔力味が強い。畑から採ったすぐの、まだ魔力が抜けてないやつだそうだ。それを絞った柑橘の汁と塩だけでいただく。
具だくさんスープは野菜の出汁が出て、野菜も形があるのに口に入れると舌と上顎だけで潰れるほど柔らかい。
パンはプレッツェルみたいなタイプで噛み応えがある。スープに浸すとまた違う味わいで美味しい。
肉はグラディが道中で狩った何らかの動物(知らん)の残りを焼いてくれた。
熱した鉄板の上でこんがりと焼いた後、細く切ってタレと和え、葉野菜で巻いてある。美味ぇ。美味すぎる。
全体的に柑橘の酸味を効かせた味付けで、魔力味が濃かった。さすが産地直送。隣の畑から抜いてそのまま調理だから魔力が多く残ってるんだろうな。
雑談の中で聞いたけど、この国のいわゆる三ツ星レストラン的な店はテーブルが畑の真ん中にあって、客の目の前で収穫して洗ったり食べやすくカットしたりしてそのままお出しする、野菜の活け造りスタイルだった。それはそれで面白そう。
私達は無言でたらふく食らって、食後のお茶を飲みながら大満足だった。
お茶も柑橘のいい匂いがする。
チャロ婆ちゃんは柑橘マスターのようだけど、柑橘はキトルー。チャロ婆ちゃんはキトルゥみたいな巻き舌でチャーミングだ。
でもこれ全部含めてみかん! みたいな言い方なんだよね。温州みかんも柚子もすだちもライムもレモンも「みかん」みたいな。
品種別の固有名詞はあるにはあるが、交雑が激しいのでまとめて「みかん」と言うしかない状態なのだそうだ。これだからクルトゥーラプランツは。
きっちり品種分けして育ててる農場もあるそうだけど、お貴族のこだわりグルメというか。
庶民の生活ではみかんはみかんだ。一応、色で使い分けるみたい。
食堂でまったりしていると外が騒がしくなった。
車輪の軋み、馬のいななき、男達の掛け声。どっかの商隊かな。
窓から外を覗いたグラディによるとやっぱり商隊で、なんとセレステ商会だった。
なんと、じゃないか。タイミング良すぎるし。
待ち合わせなんだろうなあ。
ナルは英語読み(を元にしたカタカナ表記)です。ヌルはドイツ語読み。




