挿話 廃村跡にてⅡ
当初ジーナは何も知らない見ていないと言い張り、まったく協力の姿勢を見せなかった。
それを見てエルベルトは何度目かの嘆息をする。
保護された子供の家館長エリアナと職員のスサニタはとにかく緑の蔦に襲われたと言うばかりで話にならない。現場の地下神殿も既に地の底で証拠もない。
だがエルベルトはこの女二人が主犯格だと睨んでいる。
しかし、どうも話が繋がらない。
事件を読み解く為の何か決定的な情報が欠けていて、ジーナはそれを知っているが黙している。何故だ。
時間をかければ判明するのだろうが、そこまで余裕もない。
本来なら報告の為に領都へ向かう途中だったのだ。後は任せてエルベルト達は出発するべきである。
エルベルトは改めて地下神殿から回収した物品を検めた。
そして手紙に気付いた。
謎の剣士というか死神姫からジーナに宛てた申し送りだ。
わざわざ「ジーナへ」と名指しで書いてあるのが気になった。
手紙の最初ではなく、最後の余白に、突然思い出して付け足したかのように。
「それ、サインみたいですね」
ランベールがのぞき込みながら言った。
「サイン?」
「有名な役者とか歌手とかに書いてもらうんですよ」
「契約書か何かか?」
「隊長、違うわよぉ。ファンの蒐集品ってやつよぉ」
「は? 筆跡を保存するのか? 何に使うんだ」
何言ってんだこいつ、という周囲の視線に晒され、エルベルトはぐっと詰まった。
箱入りで育った覚えはないが、いまいち世俗に疎いという自覚はある。
エルベルトは同じく世俗に疎いと思っているビルヒニアに視線を向けたが、ビルヒニアからも意外そうな目を向けられていて、内心裏切られた気持になった。
寄ってたかって解説をされた結果、一応の理解はした。
が、だからなんだという気もする。
エルベルトはいったん思考を止め、気分転換に部屋を出ようとしてカルラと目が合い――そこで脳内に雷が閃いた。
「そ……そういう、こと、か……」
「えっ、どうしました? 隊長」
「いやなんでもない。ジーナに聴取する」
◇ ◇ ◇
エルベルトはジーナが療養している天幕へ向かうと人払いをし、窓も閉め、更に盗聴防止の魔動具まで使った。
そのものものしさとエルベルトの緊張感に、ジーナも身を起こしてベッドに腰かけ、居住まいを正す。
エルベルトは準備を終えると、ベッドから極力離れた場所に立った。
女性の部屋を訪問した時の気遣いでもあり、わざとジーナから距離を取った位置ともいえる。
「ジーナ。君が黙しているのはどこまで話してよいか判断できないからだろう。赤鰐の仲間にさえ相談できない。そうだな」
ジーナは何も言わない。
が、その表情にはありありと返答が出ている。
――誰だって命は惜しい。
「だが心配しなくていい。今、君が生きている時点で、君は見たことを全て話してもよい」
エルベルトの言葉にジーナはハッとして、やや納得した顔をした。
しかしすぐ眉根を寄せる。
「っていう罠かもしれねぇっすよ?!」
「今回は大丈夫だ」
エルベルトは懐から例の手紙を取り出した。
開いて、ジーナの方へ見えるように向ける。
「ジーナ。君が行き逢ったのはとてつもなく強い女性の剣士だな」
ジーナは答えない。
だが口を真一文字に引き結び、緊張が強まる。
「この手紙を書いたのはその剣士だ。ジーナへ、とわざわざ名指しの署名付きだな」
ジーナの緊張がますます増した。
なんらかの脅しではないかと思っているのだろう。だが違う。
エルベルトもさっきまで気付かなかった。
「ジーナ。君が行き逢ったその剣士はな……『剣皇』だ」
「………………………………は?」
たっぷりと硬直した後、ジーナはポカンとして口を半開きにした。
理解が追い付かないのだろう。判る。
「我が家名に誓って真実を保証する。というか、君だって直接肌で感じただろう? あんな人は他にいない。――つまり、これは剣皇直筆の、君へ、名指しの、手紙だ」
「…………ハーーーーーーァ?!!?!!!」
ジーナは、飛んだ。
その驚嘆すべき身体能力でベッドから飛び、エルベルトに突っ込んだ。
だがエルベルトも素人ではない。素早く回避する。
この為の初期位置だった。
「うっそ、え、うそうそうそ!!!まじ?!!!まじで??!マジデスカ?!!!そっかそうだよね!!!だろうともさ!!あんなド級の剣士他にいやしない!!神もドラゴンもメじゃねえぜ!!!ああっ、も、もしかしてアタシ剣皇さまの剣気浴びちゃったってこと?!!ウヒョー!!!!アハーー!!!くうううう!ミニステル様にお会いしただけでも人生勝った気になってたのにヤバイヤバイアタシまだまだ強くなるんだきっとそう!!えっえっ、て、ていうことは、ミニステル様はももももしや剣皇さまのミニステル様?!!!フォオオオオオ!!!!あっももももももしかして部屋に放り込む時に直接掴んでいただけたりしたんじゃねえの?!!!もう一生風呂入らない!!!」
「入れ!!」
大興奮する動物のような女をいなしながらエルベルトは部屋を逃げ回り、手紙を死守した。
「判るな?! 見聞きしたことを全て話してくれ! そうしたらこの手紙は君のも」「全部ゲロるっすぅうう!!何でも聞いてくれっすぅうう!!!」
――と、いうわけでエルベルトはジーナが見聞きした限りのことは知ることができた。
隊員達に情報を共有した後、どうやって喋らせたのかと聞かれたが、曖昧に誤魔化した。
ジーナにも死神姫に出会ったことはしばらく黙っているよう言ってある。
別に秘密にしなければならないことではないのだが、今判明するとあの手紙を巡ってカルラとジーナで死闘が始まるからだ。
剣士にとって剣皇は「神」である。
エルベルトは故あって今代の剣皇である彼女と面識を得ているが、通常は一生のうち会うか会わないかという存在なので、その残り香ともなれば実に面倒くさいことになるのが目に見えていた。
ちなみに「死神姫」は初代剣皇に対する美名で、以降、女性の剣皇に対する美名となっている。
カルラの求道的な生き方については応援しているが、エルベルトとしては死神姫と対面するのはまだ早いと思うのだった。
「しかし、ネウロウカリスとはな」
「久しぶりに聞きましたね、その名前」
「聞きたくなかったわぁ」
欠けたピースが埋まってみれば、現れた絵面は長年に及ぶセルバの腐敗と孤児達の拉致被害、そこに暗躍する監視対象団体という、とんでもないものだった。
「一体、どこから入り込んだのか……」
「もっと『上』から腐っているということでは」
「関係があるのかどうか判りませんが、前任の子供の家館長に代わって現館長が着任したのはバスコ・カルレオンが領主に就いてからのようですね。承認したのはバスコです」
「前館長が辞めた理由は?」
「資料では老齢による引退でしたね、一応」
カルレオン前領主は事故死している。
それもあってカルレオン家では継承を巡るお家騒動が勃発し、それに勝ち抜いたのがバスコだ。なかなかに陰惨な暗闘があったと聞き及んでいる。実際にバスコの兄姉弟妹は全員「不慮の事故」により死亡していた。
惨殺現場に転がっていた姪の生首といい、誂えたようにきな臭い。
「とにかく、ここにはもう何もない。急いでセルバに戻ろう」
「そうですね。消えた神官も気になりますが……」
それは気にしなくていい。
エルベルトは内心思ったが、まだ口にはしなかった。
どこまで事情を明かしてよいかは一任されているが、初めから全てを話すつもりはない。
仲間達を信頼してはいる。だが各自それぞれに背負うものがあり、歩む道も同じとは限らない。
いずれ判明していく過程で折り合いがついていくことだろう。
――そしてセルバに戻ったエルベルト達は、業火に焼き払われた町を見るのだった……
Q.この世界にドレッドノートあったんですか?
A.この世界でのド級の「ド」はドラゴンです。
そっちよりサインとかファンとかコレクションアイテムの方が困った。




