挿話 廃村跡にてⅠ
第三村から領都へと戻る途中、セルバに立ち寄っていたエルベルトは奇妙な報せを聞いた。
曰く「街道で魔動人形が助けを求めていた」と。
魔動人形が街道にいたというだけでも面妖で、更に馬に単身騎乗し、主人はいなかったという。
大きな馬に乗った神官風の男が魔動人形の求めに応じ、連れ立って駆けていった。報せを預かった商人はそのままセルバへ向かい、役所に駆け込んだ所、たまたま居合わせたエルベルト達がその話を聞いた、というわけだった。
「盗賊に襲われて魔動人形が逃げおおせるなんてあります?」
「私でも真っ先に確保するわぁ。宝石より高く売れるもの」
「部品だけでも値が付きますからね。それに神官? なんで神官がそんなところに?」
エルベルトは猛烈に嫌な予感がして、知らせを持ってきた商人を呼び寄せ、くわしく話を聞いた。
商人はセレステ商会の関係者で身元は確かだった。虚言ではないだろう。
ここ最近のセルバの入出記録と予定の中に魔動人形を連れているような階層の者、要するに富豪や貴族はいない。
目に付いたのは「子供の家」の一団が領都へ移動したものだ。
子供の家の建て替えで一時的に居を移すとあり、セルバ町長にも確認した。
だが町長の態度を不審に思い、別ルートで確認すると、そのような計画は無いという。
それに辺境域で旅をする神官といえば……「あの方達」とまず思うのが自然だ。
どう考えても何かよろしくないことがある。
エルベルトはこういう時の自分の勘には自信がある。
厄介事が降りかかる時のニオイがした。
「ビルヒニア、急ぎ出発の準備をしてくれ。おそらく私達の案件だ」
えっ、と驚く隊の皆を見回し、エルベルトは頷く。
「町長はどういたしますか?」
「そちらは後回しだ。優先すべきは魔動人形の方だろう」
「傭兵を雇いますか?」
「いや……おそらく限られた人間で向かう方がいい」
「隊長の勘ですか」
「勘だ」
「なら間違いないわぁ」
一同で頷き合うと、すぐさま準備に向かった。
軍用の馬車一式を徴用し、街道を駆けた先でエルベルト達は襲撃現場を発見した。
傭兵達の遺体を検め、伝令をセルバへ戻す。
「ご丁寧に道案内が残ってますね」
野営地から離れる轍と馬蹄の跡を追っていくと、不自然に地面を掘った穴や、突き立った枝が発見された。エルベルト達は警戒しつつその印を追っていく。
そして廃村跡に残された馬車と、戦闘の痕跡を見た。
パメラが興奮して叫んだ。
「ジーナですね! このアタマおかしい歩法は絶対そう! 相手は……かなり使える奴です」
「子供の家一行の護衛についたのが『赤鰐傭兵団』と『緑の蔦』だそうだから、ジーナとグリーシンだろう。『緑の蔦』の戦士は襲撃地でやられていたし、ジーナの遺体はなかった」
「ハァ?! だったら間違いないですよ! それ早く言ってください」
「報告会で寝てたのかしらぁ? おつむが足りないのってたいへーん」
「黙れミレイユ。頭がいまいちなのはお互い様だろう」
「えっ」
思いがけず真顔になったミレイユを放置して、パメラは地面を舐めるようにして這い回る。
「こうきて……ここで切り返して……斬られた? いや防いでる、加護が乗ったのか? なんという力まかせ、ジーナは剣より棍棒でも握ったほうがいい。で、ここでグリーシン死亡」
パメラが指す地面は黒く汚れていた。
もっとも、そこから血の跡は四方八方に飛び散り、引きずられ、その先で新たな染みを作り、更にはもう一人分加わり、何の躊躇もない凄惨な拷問の痕跡があった。
思わず全員で無言になる。エルベルトは額を押さえた。
「緑の蔦が子供達を誘拐した……のではない? 襲われたのは緑の蔦?」
「判らん。足跡はこの先に向かっているようだが……」
そこでエルベルト達は真新しい崖崩れ、いや陥没という更に不可解なものを見る。
雨で緩んだ様子もなく、唐突に丘一つ分ほどの範囲だけが崩れ陥没していた。
「地面の下に空洞があって、崩落と同時に地表も崩れたとしたら、こういう感じでしょうか」
ランベールの指示で廃村跡の地下に注目して調べると、崖下へ向かう階段と地下神殿を発見した。
そこには行方不明の子供の家一行の荷と、惨劇の跡と、正体不明の死体と、生き残りがいて、エルベルト達は更に頭を抱えた。
中央付近の大部屋内部の床は刻まれ、瓦礫と共に大量の死肉が絡まっていた。ランベールとビルヒニアは悍ましさと臭気に脱落した。
さすがに青ざめた顔になっているパメラとミレイユは室内に踏み込もうとして足元を見て、止める。
満遍なく混ぜ返された瓦礫には同じく満遍なく血肉が絡みついており、踏みつけずに入ることは不可能だった。
「恐らく……子供達ねぇ。残留魔力がほとんど無いの」
「この斬り口は第三村に現れた剣士です。肉片とエルザの髪を斬った方」
「……何がしたかったんだ……」
猟奇犯罪現場としか見えない光景に、エルベルトは呟く。
その呟きを耳にして、カルラは言った。
「とても丁寧に斬り分けられていて……特定の意志を感じます」
「意志?」
「はい。……決して蘇生はさせないという、滅殺の意志です」
エルベルトはぐっと詰まった。間違いなくこれをやったのは死神姫だ。
一体何故。子供達に何の罪があったのだろうか。
エルベルトの顔色を読んで、ミレイユが口を挟んだ。
「隊長、違うわぁ。これは断罪じゃなくて、葬送よぅ」
「えっ?」
カルラも頷いた。
「隊長、その……使えないように斬ってあります」
「ああ……」
エルベルトは目を閉じ、眉間を押さえた。
帝国では――人は、「資源」だ。
死してなお、「資源」である。
もしこの子供達が何らかの理由で亡くなっていた場合、その遺体は「帝国」へ送られるだろう。もちろん死因やその他の調査もあるが、その後は「資源」として扱われる。
どうやらこの大部屋の惨劇は「この子供達はこの場で埋葬せよ」との死神姫からの申し送りだったらしい。
それにしたって、もっとやりようがあるのでは。
いや。エルベルトは首を振った。
たとえここでエルベルトの責任において埋葬したとして、見張りを立てるわけにもいかない。その後荒らされる可能性はゼロではない。
カルラやミレイユに命じて同じことをしようにも、エルベルトの立場ではその理由が求められる。後始末という形が一番無難だった。
◇ ◇ ◇
小部屋の方も難解な状態だった。
まず赤鰐傭兵団の生き残り、剣士ジーナと少年一人が救出された。
少年は衰弱が激しく、話を聞くには時間がかかりそうだ。
成り行きでジーナが保護者として付き添っていたが、ジーナもそれなりに弱っていたので二人共地上のキャンプで休ませる。
次に救出されたのはかろうじて生存していた女二人。
ジーナの弁では子供の家の館長とその側近だという。
真相解明の為にも死なせるわけにはいかない。キャンプで手当が行われた。
後はどこを開けても死体だった。
まず緑の蔦のグリーシンとトマス。先の女二人の部屋もそうだったが、扉は謎の技で溶接されており、叩き壊すのに少々苦労した。
扉が破壊された途端、胸の悪くなる臭気が押し寄せる。色さえ見えそうな悪臭の籠った部屋には二人の死体があった。
体の傷は腐り汚物に塗れ、憎悪と絶望に歪んだ死顔は悪夢に出そうな有様で、壮絶な押し付け合いをした結果、負けたランベールが検めた。
「普通に、っていうと変ですが、傷で弱ったところに飢えと渇きで体力が尽きたようです。傷のわりに部屋が血で汚れてないので、どこか別の場所で傷を負ったのか……あ」
全員の脳裏に廃村跡で見た、壮絶な拷問跡が浮かんだ。
誰もが無言になる。
「……とりあえず、赤鰐にはこの死体のまま引き渡した方がよさそうだな……」
赤鰐の団員がいわば騙し討ちで殺されている。
彼らも仇を見ずには納得すまい。
もっとも、後でジーナに聞き取りをしたところ「いや……仇は取ったっていうか……殺すにしてももうちょっとなんかやりようがあったんじゃねえかって思うぐらいで……」と彼女の気質にしては妙に語尾を濁し、その後赤鰐本部から来た他の傭兵仲間も揃って神妙な顔で「もう埋葬でいいです」と言った。
最後の部屋の死体は緑の蔦の残りメンバーと神官服を着た男と人足風の男達で、お互い戦って死んだことは判るが、何故そうなったのかは不明で、ジーナに聞いても不明のままだった。
小部屋の奥にも空間があったようだが、崩れて埋まっており、ここがあの地表の陥没穴の下であると判った。
む、とカルラが顔を跳ね上げた。
「隊長、ここはそのうち崩れます。奥から振動が伝わってくる」
実のところその振動の原因は生き埋めにされたドラゴンだったのだが、陥没が続いていると判断したエルベルト達は調査を断念し、速やかに脱出した。
複数回の地震が続き、陥没は徐々に大きくなっていった。
大規模ながけ崩れとなり、轟音を立てて廃村跡すら飲み込んで地形を変えた。
謎の地下神殿も、子供達の遺体も、全てが土砂の下に沈んでいく。
十分離れたところから観測していたエルベルトは溜息をついた。
「この場で埋葬せよ、か……」
「隊長、如何いたしましたか?」
「いや、なんでもない。さて、こうなってはもうこの場ですることもない。生存者を連れて戻ろう」
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