挿話 森の奥にてⅢ
※前回の話(森の奥にてⅡ)の積み残しです。
今の段階では別になくていいと思ってカットしたんですが、微妙に必要でした。
飛ばしても大丈夫です。
隊の全員で食後にざっくりと報告を行った。
第三村では魔獣騒ぎもあり混乱していたが、さすがセレステ系列の宿、奥まった離れ部屋は静かで、提供された食事も素朴ながらも気の利いた味付けだった。
話が生臭くなりそうなので食事の時は当たり障りない内容にとどめ、食後の茶と共に本題に入った。
「例の生首を斬った者と森の死体を斬った者は別人ですね。明らかに違いがあります。生首の方は腕の立つ傭兵崩れ……そうですね、それこそさっき名前の挙がったダリオとか、それぐらいの技量でしょう。でも変なんですよね……」
早口だったカルラが口を閉じ、考え込む。
「なにが?」
「首はそうなんですが髪が」
「髪?」
ランベールは袋に一緒に入れた編んだ長い髪を思い出す。首と一緒に斬られたものだと思っていた。
「髪を斬ったのは森の死体を斬った人物と同じです。それも首の持ち主が死亡してから髪を斬っています」
「はあ? つまりどっかの傭兵崩れが首を落として、体を持ち去ったか、もしくは首だけをあの現場まで持って来て、そこで別の剣士が髪を斬って、えっ、そのままその場に遺棄?」
「そういうことになります」
「なにがしたかったんだ……」
判らない。エルベルトもビルヒニアもお手上げだった。
……まさか落とされた生首の髪を使って腰に括り付け持ち歩き、捨てる時に髪を解くのが面倒だったので斬り落とした、などという猟奇的な真相を推察することは、優秀な二人にも無理だった。
「どうするのぉ、あの首」
ミレイユが面倒そうな顔で隣の部屋へ視線をやった。
首は死体袋のまま、長期保存用の冷温箱に入れて宿に持ち込んでいた。冷温箱は内部を低温に保つ魔動具だ。魔石の入手が王都ほど容易ではないので、ミレイユが魔力を充填している。
「他の遺体はここ第三村で埋葬する予定だが……『御令嬢』は直接お送りするしかないだろう」
空気が沈む。全員の視線が隣室に置かれた冷温箱へ向いた。
生首の身元は――エルザ・カルレオン。
視察から戻っていないと言われていたカルレオン現領主の姪だった。
具体的には現領主ドロテオ・カルレオンの弟の娘である。
なぜ判ったかと言えば、単にビルヒニアとミレイユが顔を知っていたからだった。
「まあ嫌な女だったわよぉ。変な絡み方してくるし。本家直系のビルヒニアには卑屈なくせに、私には分家筋だからってなんか尊大なの。家の規模が違うっての。あれで次期カルレオン当主の気でいるの笑っちゃうわ。メイディースの魔統のくせにねぇ」
「え、どういうことですか」
「母親がメイディース貴族家出身なのよ。それもわりと魔力の高い」
「ええー、それじゃ父親は?」
「そりゃもう使い捨てよぉ。一発で当てたことはお手柄だけどねぇ」
ランベールとエルベルトは沈痛な面持ちになった。
生殖は魔力量が近い者同士が推奨されているが、女性より男性の魔力量が大きい方が望ましいとされている。
その理由は交接時に女性は男性から「魔力を抜き取る」からだ。
出産に備えて体力を確保する為と言われている。
女性の魔力量が大きければ抜き取る量も大きくなる。魔力量の小さい男性は耐えられず死に至ることもある。
相当な命がけとなり――つまりエルザの父親の魔力量は小さかったようだ。
思わぬところで知ってしまった死因に男達は瞑目した。
「それ、カルレオンの当主は許したんですか?」
「まあその辺りは色々と噂があるわね。一番まともなのが血統を新しくしたいという理由で、一番下品なのが当主のドロテオがそのメイディース令嬢に懸想して、弟と娶わせて手元に置いたというものね」
「出産すると一時的に魔力量が下がるからねぇ。安心して手が出せるってわけぇ」
「うっわ最低。カスの極みです」
黙々と食事をしつつ、女性陣の話に入れない(入りたくない)ランベールとエルベルトも、それは最低だなと思った。
「カルレオンの血統でメイディースの魔統だから二倍偉いらしいわよぅ」
「でも魔力量はご御父君似だったから、魔統もカルレオンじゃないかしら。良かったわね。あら、もう関係なかったわ」
ウフフアハハと笑い合う大貴族の女性二人がこわい。
北方八帝国では俗に「血統は遠く、魔統は近く」という。
肉体の血筋は多様であればあるほどよいとされる。
その点で領内よりは他領の者、同国人よりは他国人が望ましい。身分は特に拘らないが、実際には魔力量の問題で貴族家同士での配偶がほとんどとなる。
しかし魔統の維持を考慮すると近縁者が望ましい。
魔力の器には人それぞれに固有の特徴があり、女系で遺伝する。
古い貴族家では初代当主の特徴がそのまま「型」となり、それが受け継がれ「魔統」として「血統」との両輪となる。
貴族家に代々伝わる帝国由来の魔動具はこの魔統で使用者が限定されるので、魔統の維持は貴族家の最重要案件だった。
だが魔統にこだわり近縁者と交配を続けると血統が淀んで古くなる。
血統は新しくし、なおかつ魔統は保つ。
貴族の配偶は難しいものだった。
ランベールとエルベルトはその出自にしては比較的自由に育ったので、大貴族内でのドロドロした関係とは縁がなかった。
カルラの実家は王城で官吏を勤めるささやかな廷臣貴族だったので、こういう話は物語のようにしか思えなかった。
しかし当面の問題はこのエルザを現当主が可愛がっていた、ということである。
そうであってもエルベルトにできることは小さくなったご遺体を送り届けることだけだ。
何を言われるかと思うと胃が痛くなるが、現実なのだからしょうがない。
事件の全容についての調査は続けるが、個別の犯人捜しはエルベルトの管轄ではない。
――それにどうせ犯人は死神姫だろう……
この世の一体誰に「神」を咎められるというのか。
エルベルトは今後の更なる面倒を予測して、深く嘆息した。




