挿話 消し去りたいもの
シェルリとアレア達を先に地上にやったベルレとグラディスは、地下神殿の「始末」に取りかかった。
あの忌まわしい装置を地上から消し去らなくてはならない。
神殿内に戻ると、石柱の前でドラゴンが待ち構えていた。
「ぎゃっ!」
さかんに石柱をひっかき、嚙みつく真似をする。
「いまいち判らんが……もしかして魔力が欲しいのか?」
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
「だめだ」
ベルレがにべもなく断る。
ドラゴンは少し考えるそぶりを見せ、それからくるりと背を向け羽ばたきをし、「ぎゃっ」と鳴いて振り返った。
「騎乗代に充てるといいたいのかしら」
「ぎゃっ!」
そうだ、と言わんばかりに激しく羽ばたきをする。
風圧と煩わしさに二人は顔を顰めた。
「そうだな……よし、いいだろう」
「よろしいのですか?」
ベルレが承諾したことは意外だった。が、何か考えがあるのだろうと思い、グラディスはここはベルレに任せることにした。
「それではわたくしは大広間の方を」
グラディスは子供達の眠る大広間に向かった。
扉を開け、中を確認する。
暗くひっそりとした内部は墓所にふさわしい静謐さがあった。
この子供達の肉体だけを蘇生することはできる。
だが魂が失われている。子供達の魂は床の魔法陣を通じてあの石柱の装置へと引き抜かれ、溶け合って変質し、もはや失われた。
グラディスは利き手を自身の心臓の上に置き、目を閉じて黙礼した。
「あなた方の魂は創造神の御許へと送られるでしょう。それではこれにて」
グラディスは腰の剣を抜くと、縦横無尽に振り抜いた。
舞いのように腕がしなり、室内のあらゆる場所へとその剣風を届かせる。
最後に大きく振り抜くと、そっと剣を戻した。
瞬間、ドン、と大きな音と共に床が細かく割れ、宙に舞い上がった。
共にベッドや子供達の肉体も舞い上がる。
細断された肉体から遅れて血飛沫が吹き上がり、室内に血雨が降り注ぎ、全てを赤く染めていった。
床もベッドも子供達も全て合わせてかき混ぜたような瓦礫は生臭く汚れ、湿った音を立てて室内に散らばり、あちこちに小山を作った。
グラディスは静かに扉を閉めた。
これで調査が入ってもアレアは行方不明、推定死亡となるだろう。
グラディスは子供達を、特にあのカリーナという子供をここで確実に処分したかった。
本当なら研究素材として帝国に送るのが正しい。
どうせ魂がないただの肉だ。
「でも、アレアのお友達ですからね」
特に親しい仲ではなかったようだが、それでも多少の情があったように見えた。
それならば「人」として終わらせてやりたい。
次にグラディスは小部屋が並ぶ通路へと向かった。
手前の部屋には上の廃村で回収した冒険者崩れの男二人を放り込んである。
一応蘇生する約束をしていたらしいので蘇生したが、部屋に放り込む際に膝を砕き内臓を傷つけておいた。
調査隊が来るまでおとなしくしているだろう。
死んだら死んだで構わない。約束は守ったのだから。
餌を入れる用の小窓をドアの下部にくり抜き、ドア自体は以前アレアと一緒に作った接着剤の魔法で溶接しておいた。
続いて館長とやらの死体を放り込んだ部屋を開ける。
死んだ人肉の陰惨な臭いが流れ出て顔を顰めた。
「お前達は生きている方が面白そうですわね」
成果物を処分した代わりに製作者を残しておけば面子も立つだろう。
グラディスは二人を蘇生させると足を適当に刺し、部屋を出た。
大きな悲鳴を上げているので元気はありそうだ。
こちらのドアも先程と同じように加工する。
「あとは……傭兵と子供でしたかしら」
次の部屋を開け、ベッドに寝かせてある傭兵をのぞき込む。
すっかり弛緩してぐっすりと眠っているようだった。
なかなか胆力がある。
グラディスは満足そうに頷いた。
内輪揉めで全滅した部屋から紙とペンを持ってくると、申し送りをしたためた。 数日後に助けが来ること。
それまでなるべく部屋から出ないこと、出ても倉庫以外には立ち入らないこと。
他の小部屋に首謀者達を監禁してあるので、適当に水をやること。
子供達は隣のベッドの少年以外は全員死亡であること。
起こしてもよかったが、アレアの話を聞いた限りでは言いつけを理解できるかどうか不安を感じたので、紙に書いておく。
「この子の名前、なんだったかしら」
しばらく考えて思い出し、「ジーナへ」と追加しておいた。
水とクルパンの包みを置いて部屋を出る。
足りなければ倉庫を漁るだろう。
「こんなものかしら」
◇ ◇ ◇
グラディスがベルレの元へ戻ると、ドラゴンが石柱の石舞台の上で謎のポーズで光っていた。
「……ついに討伐を?」
「魔力を吸わせている」
ドラゴンは実に気持ちよさそうに首を伸ばし満喫している様子だった。
「このまま全て吸収させますの?」
「いや、待っていられないな。おい、頑張って吸い切れよ」
ベルレは石舞台のドラゴンに声を掛けると、石柱に手を当てた。
しばらくして、ふっと石柱の光が変化する。それまで眩しくないのに輝かしい、という神秘的な光を内包していたものが、急に普通の光の魔動具のようなありふれた明かりへと変わった。
それからベルレは何事かを小声でつぶやき始めた。
それはグラディスには判らない言葉だった。
ベルレの声が途切れると、足下の奥深く、地の底から揺れ始めた。
振動はどんどん大きくなり、地表も大きく揺れ始める。
同時に石柱も揺れ始め、周囲の石筍も巻き込んで割れ、崩れ落ちていく。
グラディスとベルレは飛び退き、崩れ落ちた外壁の裂け目から外へと逃れた。
そのまま崩落していく岩塊を蹴り、廃村跡の方向へと駆け上がる。
「ギャアアアアアッ?!」
背後からドラゴンの驚愕の叫びが轟いたが、岩山が崩れ落ちる轟音にかき消された。
「あれ大丈夫ですの?」
「地中でゆっくり吸い出してもらうとしよう。なあに、あれだけの魔力が得られるなら岩盤を割って出てくるだろ」
「そうですわね。出てこなくても別にかまいませんし」
当初の予定ではドラゴンの背に乗ってここを離れるつもりだった。
だが馬と馬車があるなら別にわざわざ借りを作る事もない。
多少有益であってもしょせんドラゴン。この世界にいなければいない方がいい。
二人は土煙に追われるようにしてアレア達の待つ馬車へと走った。




