065 夜空の黒い××
外は夕闇に暮れていて、正直狩りどころではなかったが、シェルリは気にせず岩場を上へと登った。
わずかな足がかりでひょいひょいと進んでいく。
私は覚えたての魔力の腕を活用して、岩を掴み、体を引き上げ、えっちらおっちらついていった。
まだ軽い子供の体だから持ち上がるけど、これから成長したらそうもいかないだろうなあ。魔力も体も鍛えないと。
無心にクライミングに取り組み、いつの間にか私達は廃村のあったグラウンドレベルより更に上、ちょっとした岩山の頂上に来ていた。
昼間ならいい眺めだったのかもしれないが、もう真っ暗だ。地平線にわずかに青空の名残が見える。
うーん、狩りどころじゃないな。鳥とか飛んでないかな。
……あれ、そういやこの世界で鳥って見かけないな。
シェルリ達と旅してた時に狩りの獲物としての鴨みたいな鳥は見たけど、雄大に空を飛ぶ鳥の姿に見覚えが無いような。
景色は楽しめないけれど、その代わり惜しみない満天の星空が頭上を埋める。
相変わらず降るような、という形容が実感できる勢いだ。
体ごと回転して天球を一周すると、これも相変わらず控えめな月が見つかった。
ていうか、私は前の世界での月の記憶があってそれと比べるから小さく思うだけで、この世界にとってのデフォルトはあのサイズなんだよなあ。
この世界でも月見という概念はあって、王城で開催される格の高い夜会に「月見の会」があるそうだ。ソースはロマンス小説なので真偽は不明。
しかし夜に、しかもこんな岩山の頂上では獲物なんて見つからないや。
どうせ口実だからいいんだけど。
「面白い技を使っていたな」
シェルリが片腕を伸ばして何かをつかむようにぎこちなく手を動かしている。
まるで初めてロボットアームを操作しているような調子だ。
私も魔力で腕を作ると、シェルリの腕の先の空間をわさわさと探った。
透明なかたまりにびたんと当たる。
形を探るように触れていくと手の形をしていた。
「おお」
なんとなく握手をしてブンブンと上下に振った。
もちろん辺りには暗闇しかない。
「これシェルリの手?」
「そうだ。……面白いな」
私達は魔力で伸ばした見えない腕を勘で取りまわして遊んだ。
「なぜ捕まえないのか、だったか」
「うん……それもあるけど、なんで私がミニステルって思われてるのとか、色々」
私は魔力の腕でヒューの杖を持ってバトントワリングをやっていた。
見た目には空中で杖が勝手にクルクル回っている、正に魔法的光景だ。
腕の動かし方はあっという間にシェルリに追い抜かれたけど、バトン芸そのものは私の知識から来ているので、シェルリは観客になっている。
「さっきも言ったが、昔は見習いを受け入れていた。今はもうやっていない」
「どうして?」
「よい方法ではないと判断したからだ。悪いことばかりではなかったが、よいことでもなかった」
「誰が判断するの?」
「法皇」
ブハッ。あまりの直球ワードに噴いた。
ヒューの杖を思わず取り落としてしまったが、空中でシェルリがキャッチした。
「いるんだそういうの?! なんか神官組織みたいな、そういうのはないって前に言ってなかった?」
「組織ではない」
さっぱりわかんねえな?!
私の困惑MAXな顔がこの暗さで見えたかどうか判らないけど、シェルリは考えつつ説明してくれた。
「私達は一人一人それぞれの信念に従って独立して動いている。時には協力したり、一時的に組むこともあるが、仲間というわけではない。本拠地としての神殿はあるが、共同利用している中立的な施設だ。それも全員が利用しているわけではない。現にヒューは昔、神殿を出て行った」
「うん」
「法皇も指導者というわけではない。ただ様々な理由で一目置かれている。尊称としていつの頃からか誰ともなく『法皇』と呼び出したが、本人が自称したわけではない」
その「法皇」さんとやらは、丘の神官達の中で最古参の一人らしい。別に上下関係もないし命令権もないので言うこと聞く必要はないけど、まあ実質的に尊重はするよね、みたいな。
だいぶ話が逸れたけど、結局私がミニステルだと思われたのは予想してた通り、辺境の聖女活動の時だろうとのことではあった。
「だが、そこでミニステルという名称が出てくるのはおかしい。それを知っている人間は限られる。誰かがわざとアレアをミニステルだと広めた可能性がある」
えー、気持ち悪いんだけど。なんだそれ。
まあ別にシェルリ達の弟子? だと思われてもそれは構わんが。
「それで、ヒューを捕まえなかった理由は?」
……シェルリがすごい考え込んでしまった。
そんな答えに窮するもんなの?! 別に知り合いだから見逃したっていうならそれでもいいんだけど。
そのシェルリの判断と私の奴に対する悪感情は別のことだし。
「別にシェルリの視点から答えてくれていいんだけど」
シェルリはそれなら、と杖を引き寄せた。
「命乞いの対価に満足したからだ」
この棒がいい感じだった、と海岸でハッスルしてる犬みたいなことを言った。
そして杖に巻いてある飾り布の下から名刺ケースみたいなものを引き抜く。
「魔動人形の鍵だそうだ。おそらく今はヒューを主人に設定してある。その鍵で設定を変えることができる」
差し出されたケースを受け取って、一瞬ポカンとした。
それから「はあ??」と声が出た。
つまりイルミカルタのマスターキーってこと??
えっ、こっちが本命じゃん! なに棒のついでみたいに言ってんの。
つかそんな大事なものが挟まってるなら言って!
めっちゃ振り回してたじゃん!
……あー、なるほど?
それで見逃したの……って、さっき命乞いって言った?
「殺して奪ってもよかったが、それはあまりよい振る舞いではないからな」
アイスソードかよ。ああ、うん、確かにシェルリに強盗殺人して欲しかったわけじゃない、かな……私だったらやったかもしれんが。
◇ ◇ ◇
「……結局、どういう事件だったんだろう」
私は星を見ながらぼんやりと言った。
独り言と問いかけの半々みたいに。
闇の中で杖がクルクルと回っている。腕部分を転がしたり、高く放り上げたり。手遊び感覚でやってるとかなり馴染んできた。ジャグリングとかするといい訓練になるかも。
「言えることはいくつかあるが、言いたくない」
「えー?! なにそれぇ」
シェルリは腕を組んで天を仰いだ。珍しく困った様子だ。初めて見たかも。
そして考えつつ、言葉を探すようにしていた。
「……人が百人いれば百通りのやり方があって、もちろん善悪も目指すものも百通りある。誰かが良かれと思った行動が誰かを不幸にする。そんなことはいくらでもある」
そうね。もうちょっと話し合えよ、と思うことはいくらでもあるし、しかし話し合ったところで全員が納得することは少ない。
大抵は誰かが我慢や妥協という名の「納得」をする。八方丸く収まることはとても稀だ。
「強力な存在がひとつの流れに導くのが合理的ではある。羊飼いと羊だな」
私はいつぞやの、第三村で避難民達を瞬く間にひとつの集団に整えて移動させたベルレを思い出していた。
アホの有象無象がわちゃわちゃするより、かしこいリーダーに任せるのがより良いやり方だというのは世界共通だよね。
一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れは、一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れに勝るというあれ。まあ百頭の狼を率いることが出来る羊ってめっちゃスゴくね? と思うけど。
「だが皇帝は非合理的であっても多様性の方を良しとした。様々な思想がぶつかり合いながら鬩ぎ合い、交じり合い、また分裂しまた出会う、そういう流動的な世界を良しとした、そうだ」
そこは伝聞なのか。
「だから私達もそれぞれの信念や思想の元に活動している。まあそうは言っても一応目指す目標はある。『人類の発展』だ」
ちなみに人類根絶を目標に掲げた活動をしたっていいが、当然反対派が殺しにいくそうだ。
貫きたいなら戦って勝て。
色々言ったところで最後は結局拳の勝負、暴力が支配する世界なのだ。
なんか世紀末……と思ったけど、「数の暴力だってあるだろう?」と言われたらそりゃそうか。弱くたって戦う方法はある。
「でもとんでもなく強い暴君が現れたら?」
「そいつの目的が人類根絶だったら、グラディスが斬りに行くんじゃないか?」
そうだった。
グラディは人類発展派だった。
世界は救われた。
「じゃあグラディが人類根絶を始めたら」
「ベルレが止めるだろう」
「じゃあベルレが人類根絶」
「それはない」
ないんだ。言い切れるんだ。
「人類がいなくなったら誰が酒を造るんだ」
「そこかあー」
自分でやってやれないことはないけど、めんどくさいもんね。
……何の話だっけ。
「何の話だっけ」
「言いたくない理由だ」
「どこにそんな内容が?!」
「私達からこうだ、と言ってしまうと、アレアの中でそうだ、と決まってしまうだろう」
……んん? いやほんと何の話?
「ただ聞いて知るだけではつまらないだろう?」
「ファッ?」
そんなところにエンタメ要素いらないんだけど!?
普通に、邪教集団がいてー、なんか孤児院の子供達で謎儀式やっててー、ってそういう話じゃないの?
……ああ、ヒューの正体とか? そういやあいつセルバで魔人って言われてるんだっけ。年代が合わない気がするんだけど、その辺とか。
ええ、聞いちゃダメなの??
「私に教えたくないの?」
「そうとも言える」
「言えるんだ?!」
ハァ?! 真っ暗な夜闇の中でシェルリがいる方向へ勢いよく振り返った。
顔は見えないけど夜の闇の中でも神官服が白く浮き上がって見える。マジで材質なんなんだ。
「世界を回って冒険がしたいと言っていただろう。自分の目で見て、自分で考えて、自分で答えを見つけて来るといい。その手伝いはしよう。アレアとして生まれた君が、君の目で見たこの世界で、君の判断で、君がすべきと思ったことをするといい」
そして。
「それが……報酬? なぜ? 冒険が報酬? 異界から来たから? 異界?」
「はーーーーーーーーいこの話終わり!!」
シェルリの地雷原に入りかけたので慌てて止める。
ほらバトン芸だよ! あっち見て! 暗くて見えねえか! クソッ。
「そろそろ戻ろう! 獲物いないし!」
強制シャットダウンである。私は杖を振りながら崖っぷちまで駆けた。
うへ、真っ暗だ。こんなのどうやって下りたらいいんだろ。
結論から言うとシェルリに担いでもらい、岩肌を滑り落ちた。滑り落ちたというか、魔力の腕で支えながら落ちた。
私が杖を回していた頃、シェルリは腕を何本出せるかを追求していたらしい。もし魔力が目に見えたら今シェルリは千手観音みたいになっていると思われ。
しかし……転生者が全員冒険したいわけではなかろうに。私はしたいが。
いや。でも。
なんでシェルリからそんな発想が?
こわくて聞けないけど、なんでだ。
神殿内へと戻る通路の入口で、私は背後のシェルリにとてつもなく大きな気配を感じ取って戦慄した。
ものすごく巨大な「何か」がいるような。
こわい。
でも勇気を出して振り返る。
だって何であれ、それはシェルリだから。
――ただシェルリの白い神官服が闇に浮いて見えるだけだった。
顔は見えなかった。




