062 魔人
当初間違って下書きバージョンを公開していました。
少し内容変更&追加もあるのでご確認くださいorz
――本当に?
粗忽な私、座れ。
かしこい私、立て。
仰いで、天を見た。
洞窟の天井は真っ暗で、光の届かない範囲は何も見えない。
視力だけじゃなく魔力感知も合わせると、そこには魔力――神力の煌めきが満ちていた。キラキラしてる。まるで星空のようだった。
早く早く、と急く心がある。
ヒューの言う通り、カリーナを取り戻そう!
だってそれは圧倒的に正しい行いだ。
――本当に?
私がためらっているのを感じたのか、ヒューがフリアンとジーナに声を掛けた。
「フリアン、ジーナ、アリータを応援してくれないか。カリーナを蘇生しよう」
「えっ? えっと、そのお嬢ちゃん、はまだ生きてるんじゃ?? えっとえっと、が、頑張れミニステルさま?」
ジーナがアホでよかった。
「カリーナを……カリーナを助けてやってくれ、アレア!」
「……アレア?」
フリアンはやっぱ木箱に突っ込んで倉庫に入れとくべきだったか。
私はカリーナから飛び退いて距離をとった。
ヒューに「名前」を呼ばれた時。
ヒューの魔力が、細い細い、軽くてふんわりした綿あめみたいな本当に細い魔力が網の目のように広がり、全身にフワッと投網のように掛けられた気がした。
そしたらカリーナを救わなきゃ! って急に自分の中で気持がブワッと盛り上がった。
おかしくない?
自分で言うのもなんだけど……私そんな善人じゃないんだけど??
勘違いだったら恥ずかしいけど恐らく間違ってない。
ヒューはさっき私に「精神操作系」の何かをしようとした。
例えそれが善行であったとしても、力ずくで強制されるなんてごめんだ。湧いてきた怒りがヒューの魔力を焼いていく。
それに魂の再構築なんて無理でしょ。
無理じゃないのかもしれない、シェルリになら出来るのかもしれない。
でもあの野営地で赤鰐のおっさん達の蘇生は無理って判定だった。死ぬところを見てなかったから。
じゃあ見てないカリーナも無理のはず。
もしかしたらこの場が特殊で、まだカリーナの魂がその辺に「在る」のかもしれないけれど――
「アレア、カリーナを助けてあげよう。アレアにはそれができるよ」
ヒューの魔力をさっきより強く感じた。
カリーナへの憐憫と、救わなければという使命感みたいなものが湧いてくる。
その気持の盛り上がり方は自然で、警戒してなかったら絶対気付かなかった。
不意に、かしこい私が閃く。
あのテルセロの与太話。
――昔、人の名前で呪いをかける悪い魔人がいたんだって。
そっか、だからか。
その話が頭のどっかにひっかかってたんだ。
だから私はヒューになんとなく名前を正しく名乗らなかった。アリータだって別に偽名じゃない。セレステ商会に行くと主にそっちで呼ばれるし。
ジーナは子供達の名前なんて知っちゃいなかった。
再会したフリアンには私の名を呼ぶなと言い含めておいた。
どうせお気持ち程度の保険的なものだったし……。
何故かというと、私はヒューを初対面の時から「とある理由」でなんとなく警戒していたから。
普通そんな疑い方しないだろって後で思ったけど本当に鮮烈で。
濡れ衣だったらとんでもねえ失礼だったし、理由は絶対言えないから全力で誤魔化すところだったけど、どうやら私の用心は功を奏したみたい。……してしまったみたい。
「……変だな。『アレア』、ねえ『アレア』」
「気持ち悪いから止めて」
呼ばれるたびに蜘蛛の巣に突っ込んだような不快感がある。
一度気付いてしまったらもうダメ。気持ち悪ぅ。
私が顔を顰めていると、ヒューは微妙に焦って本当に訳が判らないという顔をした。おお、そんなツラ初めて見たわ。
どうやら自分の魔法に相当の自信があったご様子。
「なぜ……? 『ジーナ』、アレアを捕まえてくれ」
「えっ? アレアって……誰です? アリータですか??」
ジーナがアホで本当によかった!
お前のアホは人を救うアホだ!
「人の名前で呪いをかける悪い魔人」
私の言葉にヒューはピクリと反応した。
「セルバで聞いたんだけど。お心当たりは?」
「……しつこい連中だなあ。言い伝えとか? 執念深くてやだやだ」
ヒューは嘆息すると、カリーナを投げ捨てた。
ぐにゃっと捩れる四肢に胸が痛む。
この痛みは私の痛みだ。だって憐憫でも同情でもなく、これから見捨てることになる罪悪感と、こんなことになってしまった悔恨の痛みだったから。
「あーもう、なんだよ……せっかくイイ人ぶってやったのに」
ヒューは舌打ちをして立ち上がった。
わざとらしくため息をつき、杖でトントンと肩を叩く。
やりたくない仕事を我慢してやったのに部外者が客に間違った入れ知恵をした結果全部やり直しになったような顔だ。つまり腹立たしさMAX。
でもそういう顔の方がコイツらしいなとは思った。
「はあ。つまらないねえ。じゃあ『ジーナ』……って、あれ?」
つられて私も視線を向けると、ジーナとフリアンがいなかった。あれっ?
遅まきながら遠ざかっていく足音に気付く。そっちを見たらフリアンを小脇に抱えたジーナが全力ダッシュで走り去る背中があった。
あっという間に洞窟中央の石柱の向こうへ消える。
危機管理能力たっかいな?! アホと有能の振り幅激しすぎるだろ!
思わず私とヒューは無言で見送ってしまった……。
でももし名前を呼ぶ「音」で対象を指定してるなら、大声で呼べば効くのでは?
それとも対象を視界に入れるみたいな条件があんのかな。
なんにせよヒューはますます不機嫌というかダルそうな表情になっていた。
「なんなんだ……『ミカルタ』、おいで。アレアを取り押さえてくれ」
しまった、ミカルタに抱き付かれた。
とはいってもガクガクしてて、強く振り払ったら壊れそう。
これがジーナだったら死んだら後で蘇生するから! でブッ飛ばすけど、ミカルタは困った。修理できるかどうかわかんないじゃん。
前の世界でも結局、人間よりロボットの方が儚い存在だったよね……。
私がぐぬぬ……となりながらミカルタを背負ってるのを見て、自分で命じたくせにヒューは不思議そうにしていた。
破壊すればいいのにとでも思ってるんだろうか。
モノを大事にできない奴は人も大事にできないんだぞ。
「それで、アンタ一体なんなのさ」
「それは僕も聞きたいよ。お前はどこから出てきた山猿なんだい」
知らん。出身村の名前すらガチで知らん。
「あの……ミニステル様なのではないのですか……?」
館長達が私達のドタバタを不思議そうに見ていた。
「いやミニステルだよ。『エリアナ』も『スサニタ』も気にしなくていいよ。ちょっと待っててね」
にっこり笑ったヒューの言葉を聞いて、館長達は頬を赤らめたりしながら納得してソファに下がった。
うわあ、地味にウゼェ能力だな……顔面偏差値でバフかけんな。お前なんてベルレを1として……0.8ベルレかな。私は公平なんだ。
「アンタもそのネウロウカリスとかいうやつなの?」
「そんなわけないだろう。僕らが僕らの神殿以外のどこに属するっていうんだい」
「でも仲良しそうじゃん。ミカルタ達ももらって。アンタが裏で糸引いてたの?」
「言い掛かりは止めてくれるかい。僕は何もしてないさ。何も、ね」
そういう風に言う奴は大抵黒幕なんだ。
カリーナの仇が誰なのかはっきりさせておきたいのよ。
あと……大部屋の他の子供達についても最悪の想像してる。
「まあエリアナ達には今後も頑張ってもらうとして……それで『アレア』」
私は口を歪めて声なきブーイングをした。
ヒューはうざったそうに私を見て、首を傾げる。
「参考までに聞きたいんだけど……どうして魔人だなんて発想が出たわけ? あの町の連中に昔話を聞いたとしても、なんでそれで僕だと思うの?」
本当に判らないという風に、こればっかりは素直な様子で、教師に質問する生徒みたいにヒューは聞いてきた。
だろうね。普通バレないよ。
魔人の話を聞いたことがあって尚且つ信じてる人だとしても、ヒューに出会ってまさかそうだなんて思わないよ。
私だって本気で思ってたわけじゃなかったよ。
でも初めて会った時、別の世界で生きた私の記憶が囁いたんだよ。
こいつクライマックスで裏切りそうな声してんなあ……って。
めっちゃ似てるんだよお前の声!!
いい声なんだけど! いい声なんだけど!
つい警戒しちゃうじゃん!
私は無言で床をドンドンと拳で叩いた。
ヒューがますます訳が判らないという顔をする。半歩下がりやがった。
私は顔を上げると、ニチャアと嗤ってやった。
「教えない」
正しくは教えられない。死んでも口を割らない。
ヒューは肩を竦め、しょうがないとばかりに切り替えた。
「まあ、いいや。君以外は僕の味方だしね」
館長達は戸惑いつつも私達を見守る格好だ。でもヒューの命令で動く。動かされる。ミカルタもご主人はヒューだろうし。
ジーナは隙をうかがっていると思いたい。
でもヒューはジーナより強いと思う。もう隠す気が無いのかヒューの魔力をナマで感じるけど、膨大な量がある。そりゃ魔力切れしないわ。
しまった、うっかり大ピンチだ。私全然かしこくなかった。
ここからどう逃げればいい?!
必死で脳をフル回転させていたら、急に「圧」を感じた。
物理的に空気の質が変わったような……空気なのに物理って何だよって感じだけど。
洞窟内の空気が明らかにさっきと違う。
乾いた部屋からドア一枚で湿度百%気温四十度近い外気に踏み出したみたいな。
すごく重い……水中にいるみたい。
「……は? 馬鹿な! クソッ」
ヒューが突然悪態をつき、裾を跳ね上げ全速力で部屋の奥へと走り去った。
は? はこっちだわ。は?
ヒューの足音がそのまま遠ざかり、奥にも通路があったのか扉が開くような音がして、そのまま静かになる。
私だけではなく館長達もポカーンとしてヒューが走り去った方向を見ていた。
わけが判らないよ。
やがて妙な「圧」が消えて、私達は誰ともなく息をついた。
謎の圧の前に敵も味方もなく、館長達含め室内の人間全員の息が上がっていた。汗で背中が濡れているのを感じる。あとミカルタ重い。
全員が見つめる先で、出口のドアがゆっくりと開いた。
「迎えに来ましたよ、アレア」




