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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~  作者: 鷹山リョースケ
第二章

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061 ネウロウカリス

 何言ってんの。ねえ、ホントまじで何言ってんの。

 えっ?

 私はマットレスに横たわるカリーナをもう一度見下ろした。

 弛緩しきった、幼女のかたちをした人型。

 動物でも、虫や魚でさえも、命あるものには命の気配を感じる。

 命というか、魂というか。

 機械にさえ仮初めの命を見出してしまう私達だというのに。


 カリーナの形をしたそれには、何の気配も感じなかった。

 カリーナそっくりに作ったフレッシュゴーレムです、と言われた方が納得すると思う。


「えっ?」


 私は本当に訳が判らなくて、ヒューを振り返った。


「エリアナ、彼女に説明してあげて」


 ヒューは館長に呼びかけた。そういやエリアナって名前だったな。

 なんだか親しげだな。知り合い? いや、これは……客先を訪問したら社長が新人担当君にホラご説明しなさい、って促す時の空気。


「はい、喜んで」


 館長が嬉しそうに応える。

 館長の後ろに立つスサニタもニコニコしている。気持ち悪ぅ。


「初めましてミニステル様」


 館長は立ち上がり、片手を胸にあて片足を軽く後ろに引いて腰を落とす。ただし顔は相手に向けたままで。

 貴族の略式礼だ。

 へー、館長って貴族だったんだ。クソほどどうでもいい。


「私共は『ネウロウカリス』でございます。俗世では異端教団などと呼ばれているようですが、あくまでただの一派にすぎません。皆様と同じ、創造神の忠実なる僕にございます」


 私は別に創造神の僕になった覚えはないな……神官になった覚えもないし。

 なっとるやろがい、と言われると反論しにくいが。


 って、は? 宗教なの?! 暗黒教団の生贄の儀式なの?!

 マジでそんなのあるのかよ?!

 やめてよ急にブッ込んでこないでよ、何の心の準備もしてなかったよ!


 私はバッとヒューを見た。

 ヒューは困ったような顔をした。

 困るなよ! 私が困るだろ!


 館長はそれから脳内妄想を一方的に意気揚々と熱くプレゼンしやがった。

 マルチ商法の勧誘か。いやカルトの勧誘だった。


 私はとんでもない不意打ちの精神汚染に頭を抱えたし、後ろでジーナとフリアンがガチのマジで理解できないという顔をしているのが見ないでも判る。


「神下ろし……?」

「御姿のない神を信じて祈り続けるには、人は弱すぎるのです」


 そうかなあ……?

 まあ確かに脳内でなにかしら擬人化してる率は高いかも……。



 ◇ ◇ ◇



「人の心は弱いものなのです」


 館長はありきたりの、人類が百兆回聞いたフレーズを情感たっぷりに述べた。


「御姿のない神を信じ続けることは難しいのです。創造神様の御姿を人は知りません。神殿によってはその御力や御恵みを象徴するような飾り板や彫像を作り、祈りの拠り所としておりますが、それでは足りないのです。人は弱い。見えるもの、形あるものに囚われる。祈る時もまた、そこに具体的な対象が必要なのです」


 いや別に教会なり神殿なり寺なり神社なり同士が集まる集会所があればそれでよくね? と思って、それから少し思い直した。

 言われてみれば人類は神の姿を何らかの形で想定している。具体的な神像のない宗教でも神の姿は人と同じと定義されていたり。


 何もない空間に対して祈るのは戸惑うけど、大石でも転がしておけば人はその石に向かって祈るし、その石に神性を見出してしまうものだ。

 またはシンボリックな仲介者が存在する。

 神の子とか予言者とかそういう。教祖とか。


 それでいうとこの世界での創造神と人の仲介者は誰だ。

 前にベルレに聞いた感じでは「創造神教」みたいな団体は無いらしいから、教祖はいないとして、預言者もいないっぽいし、神の子に近いのは……初代皇帝?

 私の思考の道筋が判ったのか、それともその流れが定番なのか、館長は頷いて続けた。


「神と対面しお言葉をいただいた唯一の人である皇帝は、神の御姿を後世に伝えることはありませんでした。また、自身を信仰の対象とすることを強く強く禁じました。そこはさすが第一の使徒様、人の分を弁えた心がけでございます」


 何その微妙な上から目線。館長からは皇帝に対する敬意みたいなものは全く感じられなかった。

 かといって殊更に軽侮もないようだけど。


「我々ネウロウカリスは長年に渡って神の御姿を求めて参りました。(いにしえ)の世で皇帝の元に顕現されたように、今一度地上に降臨し、人々をお導きいただきたい。神が地上に降臨されるための場所――『器』をご用意する為に、各門派に分かれ思索を続けました」


 嫌な方向に話が向かい出した。

 どの分野でも興奮した狂信者は早口になるんだな……。

 私は少しでも違うことを考えて平常心を保つ努力をした。


「そして我々リベリカ派はついにその道を見出しました! あとは相応しい『器』を見つけ出すだけ」


 そして最初の「神下ろし」に戻るわけである。


「『神下ろし』! ええ、ええ、そうですわ、やはり真なる使徒の皆様はご存じなのですね! こうしてお越しくださったのもそうなのでございましょう!」


 館長の興奮は最高潮になり、涙を流して跪き、ヒューをガン見した。


「そのガラクタ人形……ネウロアーク派は先日、門を閉じました。やはり正しかったのは我々! まあ引き際が潔かったことだけは認めましょう」


 また知らんカルトの名前が出てきた。

 私は首を傾げてヒューを見た。


「……イルミカとミカルタを作ったのはネウロウカリスのネウロアーク派でね。でも、もう諦めることになったそうで、最後の二体を譲り受けたんだ」

「最初から先のない道でしたのよ。人形風情を『器』にしようなどと。たとえ人の形をしていても木切れや石くれと同じ。魔力の器もないモノなど神の目に留まるはずもなし」


 館長が新製品の発表会みたいに語ったことによると、人の魔力の器を緩め解き無くすことによって、神の力そのものに触れることが可能になり、解け合ったところで神を招くらしい。


 つまり竜脈とか光脈とかライフストリームとか何かああいうヤツにダイレクトコネクトして端末に神をインストールしちゃおう! みたいな?

 あーそういう。はい。

 ……いやちょっと待って。

 えっ。

 いや、えっ?


 察したくない私が必死の抵抗をするも空しく、脳は結論に至った。

 館長は魔力の器を解かす方法を長年の研究からついに完成したと誇らしげに語ってるけどクソほどどうでもよくて。


 私はカリーナの方を見た。

 ぐんにゃりと横たわる小さな体。

 私の視線に気づいたのか、館長は続ける。


「それはかなり完成形に近かったのですが……最後の儀式をしてみましたところ、保たなかったようです。ああ、せっかく真なる使徒様がお見えになるのでしたら、ぜひご覧いただきたかった!」


 残念そうに悔しそうに館長は言った。


「しかし方法は既に我らの手に。あとは完成度、素体だけなのです!」


 ぜひご覧ください、と言われて私は再びカリーナに近づいた。

 ヒューも来る。


「魔力の泉に注意してごらん」


 言われて、カリーナの魔力に意識を集中した。

 今までなら湖のほとりにいるような、大量の水の気配に似た魔力の気配を感じたのに。

 まったく感じなかった。


 いやある。あるんだけど、この神殿内に漂う魔力と区別がつかない。

 境目が無くなったみたいな……溶けちゃったみたいな。


「カリーナ?!」

「魂が霧散してるんだよ。感知できないほど小さくなって、体から離れてしまっている。魔力の器……と最近の人は言うみたいだけど、君は師から泉だと聞かされているかな? 人の魔力の泉には当然、その縁……枠? 堤防? なんていうかな……区切りがあって、まあ入れ物、器と把握した方が理解しやすかったのかな」


 ああ、なるほど。それで「器」って表現になったのか。


「その器を成り立たせているのが魂。だから魂が体から離れればすぐに器も崩れて魔力も枯れるものだけど……すごいね、魂が離れた後も魔力の器が残っているなんて」

「そうでございましょう!」


 館長が嬉しそうに応える。

 いやそっちは今はどうでもよくてさ。

 ええとつまり、カリーナの体からカリーナの魂が失われているということで。

 ええと。

 

「――つまり。カリーナは、死んだの?」


 近くにいたフリアンがびくっとした。ジーナがフリアンの肩に手を置く。

 カリーナを見れば、胸が上下している。呼吸はしている。

 肉体だけなら生きてはいる。


「それを今、ここで決めるのは……君だ」


 ヒューは屈み込み、私と目線を合わせてのぞき込んだ。


「霧散した魂の回収なんて普通はできない。でも、それを可能にするかもしれない存在を君は知っているだろう?」


 私はヒューを見返した。真摯な顔をしていた。


「哀れな少女の為に」


 ヒューはカリーナを抱き起した。

 心臓が動いているだけの肉の人形。

 全身くまなく弛緩して、尊厳なんてどこにもない。


 この世界では臓器の一種かのように、確かな「魂」の存在がある。

 それが無いなら人ではない。

 前の世界でいう脳死状態のようになったとしても、魂が体にあるのなら神官が治すことができる。その辺、マジカルでミラクルではあるんだけど……だからこそ魂の有無で線引きされている。


 今のカリーナは「人」とは見なされない。

 そういう存在がこの世界にあるのかどうか知らないけれど、前の世界の感覚的にいうなら……ゾンビだろうか。


「彼女の魂を取り戻そう」


 ヒューの言葉に力強い意志を感じた。いい声だから説得力が増す。


 知識や記憶が消えて赤ん坊状態になった、ではないんだよ。

 傍にいると判るの。

 これはもう魂が先に離れた後、続いて肉体の死が訪れるその一瞬手前、狭間の時間で固定されているようなものだと思う。


「『彼』に祈ってくれないか」


 まるでピエタのようにヒューがカリーナを横抱きにして私へ向けた。

 顔がいいからひどく絵になる。


「――()()()()


 懇願するようなヒューの声に、私は思わずカリーナの手を掴んだ。

 そうしなければならない気がした。

 胸の奥から熱く湧き上がって来るものを感じた。

 カリーナが哀れで、悲しくて。

 戻って来て欲しい。

 助けたい。

 今はそれが一番正しい選択だと感じた。



あと数話で二章が終わります。

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