060 再奥の部屋で
無音の闇の中で背に当たる壁だけが確かだ。近くにミカルタがいるはずだけど、何の音もしない。機械ならモーター音が聞こえたかもしれないけれど。
突然ぽつんと一人になって、急に心細くなった。
私一人じゃなんにもできないや。
真っ暗な中でふと、我に返った。
なんか流れと勢いに乗ってここまで来たけど……私は鞄を取り返したかったのが一番だから、無事取り返せたし、もうここで「降りて」もいいんじゃなかろうか。
警察がこの世界にあるのかどうか知らないけど、それに準じた治安組織は何かしらあるよね。後はそちらに任せて、私は一般市民として今度こそ普通に逃げるべきなんじゃなかろうか。
どこか調子に乗ってた気がする。
転生者だから自分が主役でリーダーみたいな。
簡単に蘇生できるのもよくなかった。残機があるみたいな、余裕、油断。
そういうの、きっとよくない。
判んないけど、今一度気を引き締めなきゃいけない気がするの。
よし、ジーナを起こして後はジーナの判断に任せよう。
プロに判断してもらった方がいい。
私はにじり寄ってジーナに触れた。
なんで気絶したのか理由が判らないから巻き戻すかと思ったけど、どれだけ魔力を取られるか判らない。ここで私まで昏倒したらどうしようもない。安全第一。
というわけで、
シェルリ師匠、お願いします!
この人、正常な状態になって欲しいです。
私は心の中でお願いした。
頭の上がちょっとムズムズして、ジーナに触れた手があったかくなる。
「んん……」
ジーナが呻いた。
それから飛び上がった気配がして、靴底の音がカカッと鳴った。
「うへっ、真っ暗だ、どうなって」
「ジーナ落ち着いて」
暗闇の中で声をかけた。
「私だけだったから明かりを消してたの。点けるよ」
「よしきた」
ジャッと金属がこすれるような音がした。
私は魔力の腕を伸ばして、離れた場所の壁に明かりを点した。
ジーナは私達を背にして抜刀して構えていた。
「ん……とりあえずこの部屋は大丈夫だな……なんだったんだ? 急にミカルタがぶつかってきて」
「床に罠があったみたいで、ミカルタが助けてくれたんだよ」
「まじか! あんがとよミカルタ。それにしちゃ、なんか調子いいな……」
ジーナは軽く剣を振って、首を傾げた。
あっ。それは多分、シェルリパワーだな……。『正常な状態』ってキーワードのせいかも。
私は続いてフリアンも起こすと、これからどうするかジーナに意見を求めた。
「んー、緑の蔦の残りのクソアマ共をブッ殺してえ、ってのがあたしの希望ですけど、ひとまず神官さまと合流してえです。二人にはさっきの倉庫にでも隠れててもらいてえですけど、ミニステルさまにはついてきて欲しいです。となるとその小僧っ子一人隠れてても危ねえんで、結局みんなで一緒に移動するしかねえなと思うですよ」
私もほとんど同じ意見だったので、みんなで大部屋を出て更に奥へ向かうことにした。
私もフリアンは倉庫の木箱にでも入って隠れていたら? と思ったんだよね。余計なもの見られたくないし。
でもじっとしてないで勝手にウロチョロして捕まって人質とかにされるのが「お約束」じゃない。だったら一緒にいる方が手間いらずと思い直した。
◇ ◇ ◇
私とジーナで索敵しながら通路を進む。
この洞窟自体はそこまで大きなものじゃないようで、子供達が寝かされている大部屋の裏ぐらいにいくつか小部屋があった。
手前のドアから覗いて行くと、質素なベッドと机があり、個室のようだった。
それにしても人の気配が無い。
不審に思いながらも確認していった私達は、最後に開いたドアから中を見て思わず声を上げた。
「へあっ?!」
「うげっ」
ジーナと私が汚い悲鳴を上げる後ろでフリアンが訝しんだが、私はミカルタに合図して足止めしてもらった。
見なくていいよ……私だって見たくなかったけど、見ちゃった。クソ。
その部屋の中は家具類がひっくり返っていて、中で竜巻でも起こったのかってぐらいぐちゃぐちゃだった。
そしてあちこちに死体が引っかかっていた。
比較的綺麗なのは緑の蔦の魔法使いっぽい女で、壁際に倒れていた。
ただ、背中に何本も矢が刺さっているので生きてないことは判る。
魔法使い女の近くに、全身真っ赤に血で染まった女が壊れたテーブルに引っかかっていた。斬られた傷だと思うけど、赤過ぎて判らない。
向かいの壁に雑役の中年おっさんが壁に矢で縫い付けられていた。もう一人は部屋の隅に丸めたティッシュみたいに転がっている。
倒れた本棚の下にも誰かいて、神官服だと思う。
何故か敵が全滅していた。
ああ、いや、館長とスサニタがいない。
「なんでこいつら同士討ちしてんだ……?」
ジーナが呟く。
だよね、明らかに内輪揉めだよね。なんでだ?
警戒しなくてよくなったのはいいけど……なんでだ? 疑問が消えない。
一応本棚の下の人物も確認してみたけど、やっぱり神官おっさんだった。背中をナイフでブスリと一突きされていた。なんで??
私達はしばらくポカーンとしていた。
「……えっと、神官さま探しますか……」
「そうだね……」
私とジーナは狐に摘まれたような顔をしてドアを閉め、来た通路を戻った。
フリアンにも教えたけど、フリアンも「なんで?」と訳が判らないという顔をする。だよねえ。
ヒューが何かやったのかな。
でも明らかに同士討ちしてるんだよね……。
殺しあえー、と言ったところで、どんな理由があるんだか。
大体、ヒューはあの神官おっさんに用事があったのでは? 用済みになった?
サッパリ判らん。
通路を戻ってまた奥へ少し進むと、更に地下へ向かう広めの階段があった。
もう明らかにこっちですよ、って感じなので、仕方なく降りていく。
階段の下には大きな両開きの扉があった。
ここがダンジョンならボス部屋だろう。
「全然気配がわかんねえ。この扉なんか仕掛けがあるですよ」
「ミカルタ、判る?」
ミカルタは一歩進んで扉に触れ、しばらくすると離れた。
「扉、魔力封じ。魔動具工房、よくある」
「ああ、魔力が漏れないようにするやつか。えっ、この大きさで? スゲェ金持ちだな?」
「室内、人間の滞在確率高。人数不明」
なんか特殊な扉だったらしい。
人がいる確率高し、ってのは室内灯みたいなもので、電気点いてるから誰かいるんじゃない? いないかもしれないけど、という感じっぽい。
恐らくヒューや館長達はここに居るんだと思う。
出てくるのを待つという選択もあるけど、もう敵戦力の緑の蔦は全滅してるしなあ。でも館長やスサニタの戦力は判らないか。
私はジーナを見上げた。
ジーナはしばらく考え込んだ後、中に入る選択をした。
みんなで扉の横に移動して、ジーナだけがまず扉を開いた。
ドアレバーみたいなものを掴んで引く。外開きのようだ。
扉の隙間から明かりが漏れる。
ジーナは一歩中に入った。声がする。ヒューの声だ。
少しして、ジーナはひょいと扉から顔を出すと「大丈夫っす」と言って手招きした。
ホントかなあ。
でもここでジッと立ち竦んでいたって、状況は進展しないんだよな……。
私が迷ってるのを見て、フリアンが先に進んだ。私が警戒してるから肉壁のつもりで前に出たんだと思う。さすがにそこまでさせる気はなかったから私も後に続いた。
扉の向こうは圧倒的に大きな空間だった。
鍾乳洞で見るような石筍がいくつもそびえ立っていて、その中央に大きな石柱を水平に切って平たくした石舞台? があった。
内側から淡く発光していて、その光でうっすらと空間内を照らしている。
何かのオブジェのようでとても綺麗なものだった。こんな場合じゃなきゃじっくり見学したいぐらい幻想的で美しい。
思わず見とれてしまったが、私は慌てて近場を見回す。
扉を入ったすぐの壁際に大きな机や棚といった作業場みたいなエリアがあって、そこにヒューと、そして館長とスサニタがいた。
呑気にソファで茶なぞ嗜んでいる。
館長とスサニタが異様に機嫌が良い。頬が紅潮して、ニコニコしてる。
ソファの向こうにマットレスみたいなものが床に置いてあって、そこに人が寝かされていた。いや子供か。ちっちゃい。
よくよく目をこらして見ると、カリーナだった。
…………どういう状況なのかな。
嫌な予感しかしないんだけど。
「カリーナ?」
フリアンがカリーナに向かって駆け出していく。
私はヒューの方へ歩み寄った。後ろにジーナとミカルタが続く。
館長はミカルタを見て、嫌な虫を見たとでもいうような顔をした。
「ガラクタ人形がこんなところまで入ってくるなんて」
魔動人形差別でもあるんだろうか。
ミカルタはまったく意に介さず多少ガクガクしながらもヒューの後ろに控えるように立った。何で? と思ったけどそういえばヒューのメイドロボだったわ。
館長はミカルタから私に視線を移し、何故か熱いというか粘っこいまなざしを向けてきた。キモッ!
どういう話になってんのか聞きたくてヒューに近寄ろうとした……のだが、
「カリーナ! おい、カリーナ!」
フリアンが急に叫び出してびっくりした。
あまりに泡食って取り乱してるので、私は進路を変えてそちらに向かう。
「フリアン、そんなに揺すってはだめだ」
ヒューが声を掛ける。
フリアンはぐったりした様子のカリーナを叩き起こそうとでもするかのようにガクガク揺すっていたのだが、ヒューに言われて慌てて手を止める。
それでもカリーナを横抱きにしたまま、憔悴したように覗き込んでいる。
「フリアン」
「あ、あ、アレ、カリーナが、ああ」
黙れ。死なすぞ。
私はフリアンを睨め付けて黙らせ、横にどけるとカリーナを覗き込んだ。
カリーナは起きていた。目が開いている。
だがどこも見ていなかった。
口はだらしなく半開きになり、顔も体も全身が弛緩している。
くにゃっと、子供の形をした精巧な人形が横たわっている。
――かつて病院で見た、亡くなる前の祖母と同じ顔だと思った。
もう誰のことも何のことも判らなくなってて、何の反応もなくて、体を置いて先にいっちゃったのかなって――
「カリーナ?」
反応はなかった。
「カリーナというのかい? 彼女はもう『いない』よ」
「は?」
ヒューがぽつりと言う声が聞こえた。
私が振り返ると、無表情のヒューと、何故か落胆している館長達。
「久しぶりにいい素体だと思ったのですけれど。やはり器がまだ小さかったのかしら」
なに言ってんだババア共。




