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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~  作者: 鷹山リョースケ
第二章

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挿話 とある家族の話

 フリアンが生まれたのは、セルバではごく普通の家庭だった。

 セルバで農業を営む家に大した収入の差はない。安定しているといえばそうであるし、「上」がないといえば、そうでもある。

 所有している畑の大きさにもよるが、家族で管理できる大きさは概ねどこも同じようなものだ。


 毎年大まかにどの家が何をどれぐらい作るといった割り振りが決められ、その計画に沿って作り、町で取りまとめて領主に収める。

 収めた中から税が引かれ、残りは買取として各家に代金が支払われる。

 計画外の作物を作ってもよいが、その売り捌きは自分達で行わなければならない。

 商会と契約したり、屋台で売ったり等。

 それは各家の方針によるし、家人の才覚にもよる。


 フリアンの父は隣町出身の元冒険者だった。

 依頼でセルバに来た時にフリアンの母と出会い、愛を交わし、フリアンが生まれ、家族となった。

 冒険者ではあったが荒事が得意なわけでも好きなわけでもなかった男なので、畑仕事に勤しみ、まめまめしく家事もこなし、夫婦仲は良かった。

 理想的な家庭だった。


 フリアンが物心ついた頃には「緑の蔦」は定期的に家を訪れていた。

 父の冒険者時代の知人で、何かの折に親しくなったらしい。

 フリアンは彼らに可愛がってもらった。

 年の離れた兄や姉のようだった。

 外の世界の冒険譚は何度でも聞きたかったし、珍しい食べ物や王都での流行りものなど、手土産はいつも刺激的で面白く、フリアンは彼らが大好きだった。


 父が計画外の作物を作って商人に卸し始めたのはいつだったのか、子供のフリアンは覚えていない。

 ただ、商人は感じの悪い男だったことは覚えている。


 父は薬草を植えていた。

 クルトゥーラの大地でさえ育てるのに少々手間のかかる草で、「いい金になる」と父は言っていた。

 本当のところは知らない。

 だがフリアン家の生活が少し豊かになったのは事実である。

 その頃に古びてきた家も修繕した。遠い山で切り出した珍しい色の石を使ったりして、贅沢をした記憶がある。


 あの頃は全てが上手くいっていた。

 変わらない穏やかな日々の中、時折訪れる父の友人達の冒険譚に胸を躍らせ、一緒に連れられて町の外縁部に出てささやかな冒険ごっこを楽しみ、近所の子供達とたわいのない遊びで走り回り、野菜中心とはいえ腹いっぱい食べ、安心して眠った。

 両親もいつも機嫌よく幸せそうで、家族は愛し慈しみ合っていた。


 一体いつから悪意に蝕まれていたのか、未だにフリアンには判らない。

 だってずっと上手くいっていたし、両親は「普通」だった。

 本当に普通だったのだ。


 フリアンの家がある区画は元から住民が少なかった。

 町の外縁に近く不人気だったこともあるが、近年特に人が減っていった。

 最後の幼馴染みは父親が不慮の事故で亡くなり、祖父母を「家」へ入れて母親と二人、親族のいる町へ引っ越していった。


 それからまるで順番だったようにフリアンの家にも陰りが落ちた。

 父も母もぼうっとしていることが増えた。

 明かりも点けない真っ暗な夜の部屋で、まるで陽だまりで寛いでいるかのような顔で微笑み、ただ沈黙している。 ずっと。


 家の中にはいつの間にか()()の香りが満ちていて、両親の体にも染み付いてしまっていた。

 薬草を買い取る商人は変わらず現れる。

 父も母もいつも通り取引をして、金を受け取る。

 何もおかしなところはない。

 金はどこかへ仕舞われた。子供のフリアンには判らない。


 緑の蔦が訪れた時に漠然とした不安を打ち明けた。

 親身になって聞いてくれた。

 彼らは両親とも夜遅くまで話し込んでいた。


 それから緑の蔦が訪問する頻度が増えた。

 そのたびに両親と話をしていた。

 フリアンには「商人に気を付けろ」と囁いた。

 味方だと思って信頼していた。


 ある日、母が枕元にフリアンを呼んだ。

 母は最後の力を振り絞ったのだろう。その会話の後、母とは二度とまともな話をすることはなかった。

 母は恐ろしい秘密をフリアンに残していった。


 フリアンはその秘密に悩み、どうすることもできず、緑の蔦に相談した。

 彼らは真剣に聞き、そしてフリアンの父とも何度か話合いを持った。

 フリアンは同席させてもらえなかったが、時には言い争うような声も聞こえた。


 しかし緑の蔦も冒険者として働いている以上、ずっと町にいるわけにもいかない。

 動かなくなってきた両親がほとんど寝たきりになり、フリアンは途方に暮れた。

 フリアンは両親の世話をしながら緑の蔦の訪問を待つ日々だった。

 幸いがあったとしたら、両親はろくに反応せずとも穏やかで、フリアン含め世界を愛おしそうに見つめていたことだろうか。

 感情的な振る舞いを見せることはなかったし、苦しんだり錯乱したりすることも無かった。

 フリアンの記憶の中の両親は最後まで幸せそうな顔をしていた。



 ある日緑の蔦が訪れた時、両親を任せてフリアンは買い物に出かけた。

 久々の自由な時間だった。

 道向かいの家々の子供達が笑い合いながら駆けていくのが見えた。

 それがひどく眩しかった。


 家に帰ると、誰もいなかった。

 室内は椅子がひっくり返ったりして荒れていた。吐いた跡まである。

 フリアンは慌てて外に飛び出した。が、どこに頼るあてもない。

 呆然としながらただ立ち尽くしていると、役場の人がやってきた。

 言われるがままに連れられて、フリアンは今日、ついに自分達家族が全てを失ったのだと知った。


 緑の蔦は謝ってくれたが、家族でもない彼らが役人相手にどうしようもなかっただろうことは判る。

 両親はそれぞれの「家」に収容されたらしい。

 もっとも付属の療養施設の方だったが。

 それを聞いてフリアンは心から安堵した。専門施設に任せられる安心と、もう自分が世話をしなくていいという解放感だった。

 だがそれはすぐ後悔と罪悪感へと変わる。

 収容後ほどなくして父の死亡の連絡があり、数日後に母も後を追った。

 あの日、買い物に出た日が両親を見た最後になった。

 フリアンは本当に孤児になった。


 母から聞いた秘密を胸に抱えたまま、子供の家での生活が始まった。

 そしてフリアンは更に絶望することになる。

 悩んだ結果、他に頼れる相手もおらず、結局また緑の蔦に相談した。


 緑の蔦は友人の遺児であるフリアンをずっと気にしてくれていた。

 今から思えば外部の人間が易々と面会に来るのもおかしかったのだが。


 両親を破滅させたのは毒物だった。

 それは薬のふりをして家に忍び込んだ。母は父から勧められ、父は恐らくあの商人から勧められたのだと母は言った。

 痛みや苦しみがあれば気付けた。だが()()がもたらすのは多幸感であったり充足感であったり、心は穏やかに凪いで自由になり、世界の美しさと一体化するような、つまり悪いものではなかったのだ。

 更に言えば珍しいものでもなかった。見慣れないものでもなかった。

 どこにでもあるもので、ただ加工の方法が違うだけ。

 だから気付けなかったし、絶てなかった。


 それが子供の家にもあった。

 毎日の食事に必ず入っていることで、フリアンは絶望した。

 「家」は町が管理しているが大元は領の施設である。そこでも毒物が使われていて、職員は誰も何も言わない。

 注意深く観察してみれば、職員は子供達の食事の介助をするだけで同じものを食べていない。食べたとしてもパンだけだ。

 つまりそういうことだ。


 食事に注意しても、それが焚きしめられた礼拝堂に必ず連れていかれる。避けられない。

 それでも量が少なかったのだろう、急激に様子がおかしくなる子供はいなかった。

 ただ、怖ろしく穏やかで、静かで、おとなしくて、幸せそうではあった。


 緑の蔦の勧めもあってフリアンは子供達と積極的に仲良くなった。

 子供達はフリアンをすぐリーダー的な存在として受け入れた。主体性に乏しくなっている子供達を誘導するのはフリアンでもそう難しくなかった。


 それから緑の蔦と相談を重ねた。

 彼らは独自に調べたことを教えてくれた。

 このセルバ子供の家から領都へ送られる優秀な子供が何人も行方不明になっていること。

 館長は領都から派遣されてきた人物で、セルバ出身ではないこと。

 そしてあの商人はやはり後ろ暗い人物であったこと。


 どうしてそんな人物が父に近付いたのか、何が目的で両親に毒を盛ったのかは判らない。ただ、生き残りのフリアンも狙われているかもしれない。なるべく外に出ない方がいい。

 緑の蔦にそう言われて、フリアンは薄ら寒い思いがした。

 何かとてつもなく怖ろしいことに巻き込まれているのではないか。

 逃げたかった。だがどこに頼るあてもない。

 近所の知り合いは皆いなくなった。町も領も信じられない。

 頼りは緑の蔦だけだった。


 そして緑の蔦から脱出計画を持ちかけられた。

 近々、領都へ向けて子供達全員が移動することになる。

 その途中で賊に襲われたふりをして逃げる。そんな計画だった。

 フリアンは自分だけではなく子供達全員の救出であることに安堵した。

 だが全員が消えるのはおかしい、犠牲になる子供も居た方がいい、という提案には疑問を感じた。しかし説得されればそんなような気がしてくる。


 誰を犠牲にするか悩んでいたところに、新しい子供が来ることを知った。

 誰も知らない子。

 話したこともない子。

 緑の蔦からは新しく来る子はセレステ商会が保護した孤児だと教えられた。

 そしてセレステ商会は「貴族の手先」だとも。

 セレステ商会の密偵かもしれない。

 そう言われて、フリアンは犠牲にする子をその子に決めた。

 知らない子なら心の痛みも軽くて済むし、「敵」かもしれない。


 フリアンは数人の信頼できる仲間に脱出計画のことを話した。

 驚愕されたが、どこかで納得もされた。

 新しく来る子とはすぐ別れることになるから、別れが辛くなるから、と親しくしないよう通達した。

 

 今思えば都合良く誘導されていたことが判る。それも毒の影響だったのだろう。

 そう思いたいだけかもしれない。

 まだ緑の蔦の面々を信じたい気持がある。

 だって、ずっと仲良くしてきたんだ。楽しい思い出もたくさんある。

 あれが全て嘘だったなんて思いたくない。そんなの、そんなのはひどすぎる。


「なるほど? 何かと細かい所で便利よね。わりと優秀だし」


 遠くでアレアの声がした。


「素直に信じてる子供をおちょくって陰で笑ってたわけか。よし、やっぱ殺そう。岩肌で顔面摺り下ろそうぜ!」

「ミ、ミニステルさまッ」

「君の師は止め……ないだろうねえ……」


 もうフリアンは自分でものを考えたくなかった。

 誰か、正しい道を示して欲しい。

 そうしたら今度こそ、そこを一生懸命歩くから。

 

 誰か。


 ――神様。



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