057 心置きなくヤれそう
剣の斬り合いを初めて見た。
斬り「合い」を。
一方的に斬り飛ばすのは見たことあるんだけど。
カキーンシャキーンみたいな金属音がするかと思ってたけど、グリーシンとかいう蔦の剣士とジーナの間にはヴンッとでもいうような、ビームサーベルみたいな音がしていた。
あと速い。グラディの動きをたくさん見てたから剣筋が想像がつくだけで、初見だったら必死で蜂から逃げてる人かと思う。
特にジーナは大振りで、剣を振る勢いにつられて姿勢も崩れるので大丈夫?! と思ったが、カポエイラみたいなスタイルなのだと判った。足の代わりに剣が振られるような。
グリーシンの剣先が結構当たってるみたいで服が切れてるのに血は出てない。最初に宣言してた剣皇の加護とかいうやつ?
おっと見入ってる場合じゃないや。
剣士がおっ始めたということは、もう一人はどこいった。
そう思った瞬間、白い布が視界の隅に翻る。
ミカルタのマントだ。
そちらを見ると、ミカルタの頭部からナイフが生えていた。
ミカルタの体がびくん、と跳ねてドタッと倒れる。
私はヒューだけ視界に入れて、さも怖くて硬直してる様子で蹲った。
ジーナはヒューが見てるだろう。万が一に備えて私はヒューを担保すればいい。
「みーつけた」
グリーシンと一緒にいたもう一人の男、緑の蔦の推定スカウトが腹立つ笑みを浮かべながら近付いてきた。
へえ、近付いてくるんだ。へぇえええ。
ミカルタを投擲で倒したのに、近付いてくるんだ。
私は急いで手から水を出し、目元につけた。
自分基準最大限怯えた顔を作り、男を見上げる。
男が更にいい笑顔になった。
はは、大好きだよお前みたいな奴。
「なんだ、死体係のガキじゃねえか。死んでなかったのか……いや、神官か。クソッ、余計な真似を」
「し、死体係……?」
男はニヤァと笑った。余裕あるなお前。グリーシンを信じてるのか。剣戟の音はまだ続いている。勝敗はついていない。
辺りはうっすらと明るくなってきた。男の顔がはっきり見える。
「そうだよォ~。ガキの死体がひとっつもねえってのも不自然だからな、誰か殺しとけって話になって、お前が指名されてたの」
「な、なんでぇ! わ、わたし、何でぇ。み、みんなは、どこ……?」
目元を擦って手の中の水を足す。なんか悲しいことを思い出せ私! 悲しいこと、悲しいこと……あれっ、ムカつくことはあっても悲しいことが思いつかない。
じゃあ怖かったこと、怖かったこと……ベルレが煙草の灰でうっかり絨毯焦がした時のシェルリ。ひううっ。無いはずのタマがきゅっとする。ベルレがごめん寝の猫みたいになってたもんな。
私の表情を見て更にご満悦の男が調子付く。幸せだなお前……真の恐怖も知らないで。
「みんなお友達だと思ってた~? ざーんねん、お前を死体係に指名したのは他のガキ共だよ! アッハハハ」
そういうのはどうでもいいんだよ、子供達はどこにいるかって聞いてんだよ!
いやどうでもよくないか。いややっぱいいわ。
だって今まで一緒に生活してきた仲間達と新参者と、どっちを犠牲にするか選ぶなら、そりゃ後者でしょうよ。どうせ発案者はフリアンだろうし……えっ、私とお別れするってそういうこと?! 領都にお引っ越しどころかあの世にお引っ越し?! あいつマジで一回ぐらい殺すか。
「そ、そんな……うう、嘘だよぅ! フリアンは優しかったもん! みんなは?! どこにいるのっ」
若干棒読みになった気がするけど盛大に目元から水を散らしておいた。
まあフリアンだろうなと思ってヤマを張ってみたら案の定、男はめっちゃニヤニヤし始めた。カスで助かる。
「そのフリアン君が指名したんだよなあ~! あいつが優しかった? ハッハッハ、見てみたかったねえ~、俺らに騙されて一生懸命仲間売るマヌケっぷりをよォ!」
マジか、何か知らんけどお前らのこと心置きなくヤれそうなこと言うじゃない。
あんがとよ、気が楽になったわ。気持よく殴れそう。
「さぁて。ガキ共は今頃、神サマにご対面でもしてんじゃねえか? まっ、早いか遅いかの違いだわな」
男はわざとナイフを閃かせながら距離を詰めてきた。
私は後ずさりながらナイフに怯えてみせる。つうかヒュー、こっち見えてるのにスルーなの?! なに後方腕組みコーチみたいなツラしてんのよ。
私は胸の前でぎゅっと拳を握って怯えながら、目が離せないといった体で男を見ていた。
男がこれみよがしにナイフを振り上げる。私が怯えるのを楽しんでる。
私はさらに縮こまり、胸元の拳を抱き込むように、強く、強く、握りしめた。
男の顔が歪んだ。
「……んぐっ、う…うお……? あ……」
男はナイフを取り落とし、胸を押さえた。喉から奇妙な声が出る。
体を痙攣させながら横倒しになり、少しの間びくびくと震え、じき静かになった。
私は恐怖と驚きの顔を作ってそれを見ていた。
今もわけがわからないというふりをしている。
見えてもいない対象を何十何百と一瞬で把握するのは無理でも。
目の前にいるたった一人を、時間をかけて「掴む」ことなら出来る。
私は胸の前で握っていた拳をそっと開いた。
何もない空の手のひらに、ぬるりとした手触りと、激しく脈打つ筋肉のリズムが残る。
――それから、それを握り潰す感触が。
私は自分の意思で、自分の力だけで、人を殺した。
◇ ◇ ◇
まー、用事があれば後で蘇生したらいいよね!
私もだいぶ神官マインドに汚染されてきたなあ……。
一応、腰が抜けたようなフリをしつつミカルタの方へ向かう。
ミカルタは上体を起こして地面に座り、ナイフを引き抜いていた。
「大丈夫?」
「探知器、破損。行動、難」
ありゃ……センサーが壊れた感じかな。
「動ける?」
「人間の近く、追従」
自走はできるみたい。私はミカルタの手を取って連れられているような格好で連れて歩いた。ミカルタの手には温度はなく、木の棒のようだった。木製なのかなあ。
ヒュー達のところへ歩いて行くと、丁度ジーナの剣が真っ直ぐグリーシンの腹を貫くところだった。
「くっそ……!」
グリーシンが悔しそうな顔で地面に膝をつく。ジーナは容赦なく首を落とした。
落とすなよ! まだ聞きたいことあったんだけど!?
「ああーッ! ……あー、死んじゃった」
思わず叫んだ私に、ジーナは剣を持ったまま反射的にぐるんと振り返ったけど、私とミカルタを見て、ハッと我に返ったようだった。
「えっえっ、殺っちゃダメでした?? でもコイツ生きてても邪魔だし」
そこに反論はしないけど……えー、首落ちてても蘇生出来るかなあ。
「首をくっつけてから蘇生したらいいよ」
ヒューがこともなげに言う。
私の知ってる神官達は本当に死の概念が狂ってる。現状まともなのは第三村で会ったノエミおばあちゃんぐらいなんだけど……いや、「丘の神官」チームがおかしいのかも。普通の神官と知り合ってサンプル数増やしたいな。
私がやや現実逃避をしていたら、ジーナが地面にグリーシンの体を伸ばして、首を正常な位置にセットしていた。準備オーケーである。
「そっちの……斥候? の方は?」
「死んだけど」
「いや、殺したんだよね?」
「勝手に死んだけど」
「ええっ! どうやって殺ったんすか?!」
「突然死んだんだけど」
「ミカルタ?」
「急死。死因不明。故障中」
どうでもいいじゃないの。さしあたっての問題は暴れたせいでアジトの方で警戒されてないかということと、おかわりが来るか、いつ来るか、来る前にこっちから行くか、その前に現在死体のお二人に現世に戻っていただいて色々お話していただくか、その辺りでは。
「尋問は一応しようか」
「だったらグリーシンじゃなくてトマスの方がいいや。あいつなら力だけで勝てるし」
ジーナの推薦により、トマスという名だったらしいスカウトの男の死体に皆で集まった。
ジーナがトマスの下半身から雑にズボンを剥ぎ取った。抜いたベルトを使って後ろ手に縛り上げ、ズボンで足を縛る。手慣れている。仕事が早い。
「じゃあ蘇生するね」
死にたてほやほやなら別に死亡の瞬間を「見て」いなくてもいいらしい。視界に入れるのが条件なのはシェルリ限定なのかな。
ヒューが呼吸を整えて目を閉じ、しばし瞑想した後、杖でコツンとトマスの死体に触れる。
「――我らが神よ、我が願いを現したまえ」
呪文? あるんだ。ヒューの言葉が終わると、急にどこかで魔力が湧き上がって、そしてふわりと散ったような感じがした。
「うう……」とトマスが呻き声を上げる。
「う、うわあ! うわあ、生き返った! うわ……」
ジーナがびっくりして、興奮して、そして蘇生できない仲間のことを思い出して、唇を引き結んで、憎々しげにトマスを睨んだ。
トマスの方を蘇生するのでよかったのかも。用が済んだらジーナが仇討ちをするといいよ。
「おらっトマス! 負けたんだから喋れよ」
「ハッ、誰が喋るか」
「グリーシンなら殺ったぞ。あたしの勝ちさ」
「なっ……!」
下半身パンツ一丁のトマスの顔が驚愕に歪んだ。グリーシンのことマジで信じてたのか。よっぽど強かったんだな。でもジーナの方が強かった、と。正直未だにあんまり強そうに思えないんだけど……。
それから絶対に喋らない覚悟のトマスをジーナが適当に殴りつけても埒があかないので、グリーシンも蘇生して命だけは助けてやると言ったら少し喋った。
「約束だな」
「僕は神官だよ」
ヒューが重々しく頷くと、トマスは「何が聞きてぇんだよ?」と軟化した。
辺りはすっかり朝だ。もうこれ二人が帰ってこないことでとっくに警戒されてるよね……。




