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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~  作者: 鷹山リョースケ
第二章

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056 村落跡で出たとこ勝負

 敵は馬車で逃げてるんだから馬車が通れる道を通っているはずで、当然馬車で後が追える。

 ヒューの案内で街道を外れ、草原をいくらか走ると、土地の者が使っているような踏み固められた土の道が現れた。

 轍の跡を確認し、その道を私達の馬車はひた走った。


 御者はミカルタだ。昼間と同じ調子で走るので闇の中へ突っ込んでいくようでものすごくおっかない。ひえぇ。

 馬も馬だよ。調教されてるとはいえ、御者の指示でこの闇の中へ駆け出すんだからクソ度胸だ。


 ミカルタに暗闇は関係ないらしい。どういう構造なのかな。そんな場合じゃないけど気になる。

 だって人型ロボットだよ! 前世から持ち越したオタク心にブッ刺さるわ。

 ゴーレムというべきかもしれないけど、共通語セットには「ゴーレム」という単語はない。魔動人形って言ってたっけ。


 出発前にヒューが馬車に何かしていた。

 多分音を消す? 魔法だと思う。車輪の音がほとんどしないから。

 ジーナが驚いてないのでメジャーな魔法なのかな。


 ヒューは荷台の前方に座り、後ろからミカルタに細かく指示を出していた。

 私とジーナは荷台から放り出されないよう、床に這いつくばって身を低くしている。

 それにしても馬ってこんなにずっと全力で走れたっけ? と思ったら、時折ヒューが何か唱えて馬に杖を向けてる。すると落ちた速度が戻るので、回復魔法でもかけてるのかな。


 しかし、すごく魔法使いっぽい仕草だ……。杖を使ってると断然それっぽい。

 一度シェルリに攻撃系の魔法について質問したことがあるけど、遠くをじっと見つめたと思ったら視線の先の藪からウサギが飛び出して死んだ。そうなんだけど、そうじゃない感がすごい。シェルリにお願いした私が間違ってた。


 荷台にしがみ付いて爆走に耐えていると、徐々に速度が弱まり、速歩ぐらいになった。

 そろそろと頭を上げる。

 ヒューが闇の向こうを睨んでいた。


「近い、かな?」


 馬車が止まった。

 全員で聴覚に集中する。

 私は荷台の縁から腕を外に出し、地面に向けて下ろした。

 指先から魔力を地中に滴らせるようにして、それから周囲に向けて薄く延ばす。

 水面にインクを落とすみたいにパアアッと広がっていく手ごたえにびびった。

 この辺は人家も畑もないせいか地中にミッチミチに魔力が含まれている。すごい遠くまで広がる。


 足音は……ない。

 獣の気配は少しあったけど私の魔力が広がっていくと全力で逃げた。

 用心深い。馬とか家畜は人間の魔力に慣れてるのか、こういう風には驚かないから野生の獣だろう。

 前方遠くにひっかかるものがあった。物体に向かって水を流すと水が物体に当たって左右に別れるような、ああいう感じがするの。

 特に、その場所に新しく置かれた物体は場の魔力みたいなものに馴染んでないから顕著に弾く。


「前方に……馬車 ?」

「アイ。前方、五百マニ、馬車と思われる、一つ、焼け残り馬車参照、同型と推定、標準可視範囲に人問なし、馬なし、不審な魔力反応なし、物理罠に注意」


 ミカルタが呪文のように探索結果を吐き出した。


「すげー、見えるんか?」


 ジーナがミカルタと私の両方に驚く。


「視覚、違う」

「勘」


 にべもない私達の返事にジーナはつまらなそうに唇を尖らせた。


「人間がいない? ……地下か?」

「地下?」

「ミカルタは地上しか感知できないんだ。特にこの国の大地は魔力が満ちていて地下は感知しにくい」


 えっ。そうかな。既に魔力が満ちてるから逆にツルッと入っていける感じなんだけど……感知の方法が違うのかな。


 私達は遺棄された馬車まで進むと、周辺を調べた。

 とは言っても暗いし、煌々と明かりを点けるのもどうかと思うのでランタンで見て回る程度だけど。

 馬車の荷物は無くなっていた。轍の跡があるので別の馬車に積み替えたようだ。


「小型の馬車に乗り換えてんなー。てことはそう遠くまで走らねーよ、根城が近いか、どっかでいったん止まる気だ」


 地面を見ていたジーナが言う。追いつけそうかな。私の鞄ー!

 少し離れて周囲を見ていたミカルタとヒューが戻って来た。


「根城が近い、の方かも知れないね。この先に昔放棄された村落跡があるんだ」

「へー! 神官って物知りなんだあ」


 そんなのよく知ってるなと思ったらジーナが代弁してくれた。

 ジーナと私って思考回路似てるんだろうか。


「廃村跡って盗賊の隠れ家になりがちだからね。旅をするなら仕入れる情報だよ。傭兵団で教えられてない?」

「あたしアホだからー」


 そっかあ。今度は私とヒューの思考が揃った。


「一応確認するけど、ここでイルミカが連れて来る応援を待つ選択もあるよ」

「魔動人形が斥候できんだろ? 場所は押さえておきてぇな。やれそうならやっちまうけど、ガキ共がいるからなあ……」


 人質にされちまうからな、出来れば応援が欲しいとジーナは難しい顔をした。

 後先考えずに突っ込んでいくタイプかと思ってたけど、そんなことなかった。全然アホじゃないと思う。


 でも近付いても大丈夫なのかなあ。

 もしその根城にシェルリみたいなのがいたらすぐバレそうだし、なんなら狙撃されるのでは。

 私は不安げにヒューを見た。


「近付いても大丈夫? 気付かれない?」

「え? ……ああ、ミカルタみたいなのが向こうにもいたら、ってことかい?」


 そうではないけど、まあそういうことか。


「僕とミカルタが感知した時点で全力で逃げるしかないな」


 マジか、ヒューの方が出たとこ勝負タイプだった。大丈夫なのか。

 申し訳ないけど私は最後尾を少し離れてついて行こう……二人のこと「見て」おかないと。二度と同じ失敗はしない。



 ◇ ◇ ◇



 村落跡には問題なく着いた。よかった。

 乗り換えたと思われる馬車も発見した。残ってた荷物は日用品とか保存食とかで、館長達の私物や子供達の荷物の箱はなかった。つまり私の鞄は未だ発見されない。おのれ。

 ミカルタの探索結果では村落跡に人間はいなかった。


「足跡。村落跡奥。下がる」

「下がる?」


 ミカルタの指す方へ移動すると、なんと村落跡の一番大きい小屋の裏側が崖になっていて、下へと続く岩肌を切り込んだ細い階段があった。

 どう考えてもこれ、この先にアジトがある感じですよね?

 と思ってたら「空洞がある」とミカルタ。ただ、崖上のこの位置からではその空洞は地下に相当するので、詳細は判らないとのこと。

 ヒューも追ってる神官はこの位置で留まってると言うので、やはりここがアジトなのだろう。


「馬車に残ってる荷物を運びに誰か上がってくるんじゃねえかなあ。そいつ襲おうぜ」


 というジーナの発案で、私達はいったん隠れて様子を見ることになった。

 襲うかどうかはともかくとして。

 だって襲っちゃったらそいつもう帰せないし、そいつが帰ってこなかったら不審がられるし、突入一択になってしまう。応援欲しいって言ってたじゃーん。


 見張りはミカルタに任せて、私達は少しクルパンを囓った。

 ……硬い。クルトゥーラスゴイカタイパン。

 ヒューが持ってた筒状の水筒から水をもらう。あ、魔動具製の水の味だ。この水筒、魔動具だ。

 そうだよねー、やっぱ旅するなら便利グッズ使うよね。私も欲しいなあ。お金貯めなきゃ。セルバで稼いだ微々たる小銭も収納板に入ってる。クソ、私の鞄は殺してでも返してもらうぞ蔦ァ!


「あ、あの、その、神官様、……と、ミニステル様」

「うん?」


 ジーナが今更ガチガチに緊張して声をかけてきた。


「あの、あの。『丘の神官』……さまです、よね?」

「そういう風に呼ばれる時もあるみたいだね」

「やややっぱり! うわあ、本当にいたんだ!」


 ジーナがアイドルにでも会ったみたいに興奮してた。

 丘の神官って? ヒューの芸名?

 私が首を傾げてると、そんな私を見てヒューも首を傾げる。


「君の師は本当になんにも教えてないんだね……」


 そもそも神官見習いになった覚えがないしなあ。

 ずっと考えてたんだけど、ヒューの神官ビジョンに私がミニステルとして映るのは判らんとして、セルバでイシドロ氏が私をミニステルと呼んだのは、いっこだけ心当たりがあるんだよね。


 辺境の聖女様活動で難民キャンプに行った時だ。

 あの時私は変装らしい変装もせず聖女様のお供をしてた。男の子の格好をしてたけど、セルバでも男の子の格好してたし。あの難民キャンプにイシドロ氏がいて、私達を見てたのでは、と思い当たった。

 そう考えると私をミニステルだと思ってる人って他にもいるのでは。


 なんとかクルパンを腹に入れ、ジーナがトイレに行ってヒューと二人きりになった時、「丘の神官」について少し説明してくれた。


「神官って二種類あってね。僕達は真なる創造神の神官。一部では『丘の神官』と呼ばれている。本神殿が丘の上にあるかららしいけど」

「え、真と偽があるの?」

「いや、系統が違うというか。僕が勝手に説明するのもよくないから君の師に聞いてね。僕らは数が少ないんだ。だから出会うと珍しい。もっとも、普通に暮らしてる人々は神官の違いなんて知らないよ」


 レアキャラに遭遇したからジーナあんなに舞い上がってたのか。その見習いということで私もレアキャラ扱い?

 うーん、さすがにこれはちゃんと確認したいな。って、鞄! メッセージブロックがないと連絡つけられないよ。



 支度を調えて待つこと……どれぐらいだろ。時計がないから判らない。

 朝の気配がしてる。明るくなると不利になるかな。でもよく見えるようになるし。


「人間。二人」


 ミカルタがボリュームを絞った声で呼びかけた。

 ハッとして私達は板壁の裏や崩れた石詰みの陰に隠れる。

 結構長い間経って、じゃり、じゃりと靴裏で石を擦る音が聞こえてきた。


「あー、だりぃ」

「クソみてえな階段上らせやがって。だからここは嫌いなんだよ」


 階段を上がってきた二人の男は村落跡の中央の通りを馬車に向かって歩く。

 その途中でぴたりと足を止めた。


「なんかいやがるな。おい、バレてんぞ出てこい!」


 小柄な方が怒鳴る。

 緑の蔦のスカウトだ。私のダメ絶対音感が囁く。

 人間性クソなのに能力は優秀なの本当腹立つわ。

 ……ってこれ自動的に襲撃からの突入ルートに乗ったのでは?!

 私てっきりヒューが魔法で隠蔽的な何かをしてくれてて、スリープ的なサムシングでスマートに捕らえると思ってたんですけど?!

 ジーナの案採用されてたの?!


 私が驚愕の表情で二人が隠れているところを見ると、二人はやれやれと言った態で出てきて、通りで緑の蔦と向かい合った。

 なにやっとんじゃあの人達!


「……は? おっ前、ジーナ! 生きてやがったのか!」

「おいおいマジかよグリーシンが斬り損なったのかよ……って神官だあ?!」

「神官だよ。じゃあ頑張って。大丈夫、後ろに僕がいる限り君に死は訪れない」


 ヒューはジーナの肩をぽんと軽く叩くと、後方へ下がった。

 ジーナは剣を抜き放ち、意気揚々と立ち塞がる。


「ハッ、不意打ちとかこすっからい真似ばっかしやがって! 本物の剣士ってやつを見せてやんよォ!」


 ジーナは剣を眼前に立てて叫んだ。


「我が身に宿れ『剣皇の加護』! ――っしゃあ入ったぜええ! グリーシン、今日がテメエの命日だあ!」

「ふっざっけんなああ!」


 ものすごいなし崩し的に戦端は開かれた。

 アホじゃん! アホだった!

 どうしよう、応援を待った方が良かったかも。



作者もだいぶ出たとこ勝負になってきました_(:3」∠)_

次回更新はもしかしたら遅れるかもしれません。

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