050 手紙とお見舞い
私はルフィノ爺ちゃん宛にお手紙を書いた。
書き方は子供の家のお勉強で習ったので、それなりに格好はついてると思う。
筆跡は努力の余地有りだが。
この世界の手紙がそうなのか、私が習ったスタイルがそうなのかは判らないが、手紙の様式はとても……Eメールだ。
まずヘッダー。
『セレステ商会ルフィノへ
あなたの縁者アレアより』
宛名は判る限りで個人を特定できるよう書く。敬称はいらない。
自分のことも簡潔に関係性を書く。
次に手紙の目的。
『面会予約』
簡潔に。普通のお手紙なら「近況連絡」とか。
次に内容の要約。忙しい人はこの要約までしか読まないそう。ひぇ。
『難民の孤児達に布団を調達したい旨相談』
ここからやっと普通に「お元気ですか?」みたいな本文になる。
家族や恋人といったごく近しい間柄ではもっとカジュアルらしいけど、基本はこんな感じだ。
難民の子供達と知り合った経緯……は正直に書けないので省略して、生活道具、特に布団について困っていると書いた。
お金は……まあ無くはないし。厳密には私のお金じゃないけど。
見ず知らずの孤児達に布団を奢ってやる筋合いはまったくないのだが、泣いたり騒いだりせずじっと耐えて作業も一生懸命やってる様子を見るとなあ。
私もあの頃せめて布団で寝たかった……などと我が身を振り返ってみたり。
手紙は使いっ走りが直接届けるスタイルだ。ポストはない。
私はいかにも使いっ走りです、という顔をして宿舎の方へ入っていき、管理人のおかみさんへ手紙を渡した。
「あらあ、お使いえらいわねえ。ちょっと待ってね、お菓子をあげましょうね。入って来なさいな」
おかみさんに招かれたので、私は本館横にある通用口的なドアから入った。招かれるまま廊下を進み、階段を下りて少し奥まった小部屋に通される。おお、地下一階だ。
地下だけど乾いていて小綺麗な部屋だった。結構ちゃんとしたソファセットが置いてある。来客用の部屋なのかな。私、座って大丈夫?
大丈夫そうだったので座って待っていると、おかみさんが木のコップと紙包みを持って帰ってきた。
「さあ、どうぞ」
私は遠慮なくコップを手に取った。
だって柑橘系のすごく良い匂いがするんだもん。
中身はクリーム色をした液体だった。わずかにとろみがある。
飲むと甘くて少しだけ酸味があって、フルーツを色々ミックスしたジュースのようだ。すっごい美味しい!
後で聞いたけど、やっぱりフルーツ果汁や野菜汁をブレンドしたものだった。
このブレンドレシピが個人の技で、ちゃんと職業としてあるらしい。へえー。
「元会長は今、ちょっと他所へ行っていますのよ……どういったご用向きでしたの? お急ぎ?」
手紙の宛名を確認しながら、おかみさんが困ったように言う。
このおかみさんも外と内で態度が若干違う。お気遣い痛み入る。
別に構わなかったので中身を読んでもらった。
そしたら、
「では、宿舎で入れ替え予定の布団を持っていきましょうか。今日にでも掛布をお洗濯に出して、戻ってきたら誰かに運ばせましょう」
と、その場で即決された。判断が早い。
いいのかなーと思っている私の顔を見て、おかみさんは「処分費用が浮くのでむしろ得しました」と笑った。
セレステの人はみんないい人だなあ。
あっという間に用が片付いたので、少し雑談をした後、私は紙包みをお土産にもらって宿舎を出た。
包みはお菓子だった。固く焼いたブロックみたいな感触で一瞬クルパンを想像したが、セレステで出たんだから、なんか美味しいやつだろう。
そういやカリーナにお菓子あげなきゃいけないんだった。丁度いいや、これをあげよう。
◇ ◇ ◇
子供の家に戻り、食堂で席についてカリーナを目線で探したが、見当たらなかった。
あれ、もう食べ終わったとか?
いやでも夕食は全員一緒だから……カリーナがいない?
私は内心首を傾げつつ夕食を食べ、エマが席を立った後でさりげなく後を追った。
子供棟へ向かう通路の途中で、誰もいないことを確認して声をかける。
エマも私が追ってきているのを判っていたのか、そっと建物の陰に入って私を待っていた。
「エマ。カリーナがいなかったみたいだけど」
「そうなの。なんか調子悪いみたいで、部屋で休んでるんだって」
まじかー。大丈夫なのかな……その。色々と。
「それはお見舞いに行きたいな。カリーナの部屋ってどこだっけ」
「私も心配だから一緒に行くよ」
エマと私は連れ立ってカリーナの部屋へ向かった。
一度食堂に戻って水差しを一つ借り、井戸に寄って手桶と水差しに水を汲む。
カリーナの部屋は二階で、なんとエマの隣だった。
私が知らなかっただけで、隣のよしみでエマとカリーナはそれなりに付き合いがあったらしい。
「カリーナ、大丈夫?」
ドアに鍵はかかっていなかった。
エマが水差し片手にドアを開け、私が手桶を持って後に続く。
室内はこれまた何もなかった。デフォルトの家具と寝具があるだけだ。
フリアンがそういうスタイルなんだと思っていたけど、もしかしたらみんなそうなのかな。エマの部屋には行ったことないけど。
カリーナはベッドに寝ていたが、苦しそうだったり、咳き込んだりとかはしていなかった。
「エマ……アレア……。大丈夫……とっても眠くて」
カリーナは本当に眠くてしょうがない、という風で、私達を見てなんとか上体を起こしたがうつらうつらしている。
「でもカリーナ、朝ご飯の後からずっと寝てるよ。寝過ぎだよ」
エマが机に水差しを置いてベッドの端に座り、カリーナを起こす。
私は手桶を置いて、手拭いを浸した。
固く絞るとカリーナの顔を拭く。
「つめたい……きもちいい」
カリーナはほっとした顔でされるがままだ。熱はないみたいだけど、ちゃんと給水してるのかな。
机にはお昼に持って来たのか、コップとクルパンが置いてあった。
いやー、具合が悪い時にダイレクトそのまんまクルパンはキッツいだろ。せめてスープ。
コップは空になっていた。私は水差しから水を入れて、カリーナにコップを持たせる。
カリーナはごくごくと勢いよく水を飲んだ。ゆっくり飲んでと声を掛けつつ、カリーナの気が済むまでおかわりを注ぐ。
朝食の後からほったらかしだったのかな。あのスサニタとかいう職員もなんもなし? カリーナのこと結構気にしてた風だったのに。
カリーナは存分に水を飲むと少ししゃきっとした。
とはいえガチガチのクルパンなんて食べられないだろう。私はポケットから紙包みを出すと、カリーナに差し出した。
「カリーナ、お菓子あげるよ。もらったものだけど、いいお店でもらったから美味しいんじゃないかな」
理由は言えないが。
エマの身代わりにしてすまん。
カリーナはびっくりして包みを見ていたが、遠慮が伺えたので一つ摘んで口に持っていった。あーん、というやつだ。うわあ、まさか自分が実際にすることになろうとは……。
美味しい匂いに抗えなかった幼女はお菓子をぱくりと食べた。
もぐもぐとして、実に嬉しそうに微笑む。美味しかったらしい。可愛いのう。
包みにはブロック状のものが三つ入っていたので、一人一個食べた。
私はいらなかったけど逆に二人が気にしそうだったし。それに、と…友達同士で分け合って一緒に食べるのは格別だよね!
見た目からパイナップルケーキを想像してたんだけど、やっぱりそういう感じだった。
崩れないよう外側の生地はやや固めで、中のフィリングは煮詰めたリンゴっぽい食感だ。
噛むと花のような甘い香りと蜜の濃い甘さが口中に広がった。
私にはちょい甘すぎるけど、カリーナとエマは両手で口を押さえてうっとりと堪能している。
よかったよかった。
カリーナにもう少し水を飲ませてから横にすると、しばらく三人でたわいのないおしゃべりをした。花壇の野菜が大きくなり過ぎてびっくりしたとか。一晩でめっちゃ育つもんな。二度見するわ。
「アレアって最近、食事の量減ってるよね。どうしたの?」
エマが鋭い。
減ってるわけじゃない。スープを減らしてクルパンを多くしてるのだ。お陰で体調がいい。
やっぱセティはダメだ、私には合わない。
どう答えたものかな。
なんとなく頭のアホ毛羽根を意識する。シェルリ判定でレジストしてるってことは毒物なんだろうけど、全員同じものを食べてるんだよね……子供達も、職員も。
となると、私にだけ毒物に該当するという可能性もあるわけで。例えばアレルギーとか。
「セティ草だっけ。あれなんか体質に合わないみたいで。お腹の調子悪くなるから減らしてるの」
私がそう言った時、エマは驚きの表情を浮かべた。それから目に見えて狼狽する。
カリーナは逆に不思議そうな顔をした。
「そうかなあ……? おいしいよ。わたし、好き。からだがね、軽くなる感じがするの。あっ、礼拝堂でアレアにもらった葉っぱ、あれおいしかったあ」
本当に幸せそうな顔で言うんだよなあ。
あれかー、あの生セティか。実はまだ部屋で元気に茂っている。枯れる気配は全くない。
そしてなにやら考え込んでいるエマが気になるんですけど。
「エマ、どうしたの」
「あ、えっと……うん……うん……なんでもない……」
何でもないって顔じゃないんだけど。
でもカリーナがまた眠そうなので、そろそろ引き上げることにした。
私とエマはカリーナに挨拶して部屋を出て、空の水差しを食堂へ返しに行った。
エマは黙ってついてくる。
なにか話したいけど迷ってるみたい。
水差しを食堂の棚に戻して、私達は子供棟へと引き返した。
夜の廊下をゆっくりと二人で歩く。
本館を出て、子供棟の前まで来て、私はエマに声を掛けた。
「なにか話がある?」
「うん……でも、でもね……えっと……うん。……ごめんね」
エマはシャツの胸元を握り締め、口を引き結び、小さな声で謝ると走り去った。
それから、しばらくして遠くで部屋のドアが閉まる音がした。
……なにがなんだか判らないけれど。
最後の最後でエマが私を信じられなかったのだ、ということは判った。
うん、まあ……家族でもないしね。
親友ってわけでもない。
私は、他所者だ。
確かにハブられていたからとはいえ馴染む努力は早々に放棄したし、常にここを出て行くことばかり考えていたから、今更仲間に入れてくれとは言わないけど。
言わないけどさー。
……はあ。
世界が変わっても人との付き合いって、難しいね。
次回更新も少し遅れるかもしれません。




