047 冒険者っぽいのを初めて見た
夕食後、部屋に戻ってチェストから新聞を包んだ手拭いを出すと、フリアンの部屋へ向かった。
五番目だから……これか。ドアノブをぐっと押すと閂が下りてた。
しばらく廊下で待っていると、中から音がしてドアが開いた。フリアンだ。部屋は間違ってなかったようだ。
私の部屋も大概そっけないけどフリアンの部屋もなんもない。チェストにしまってるのかもしれないけど。
どうせ同じ間取りで同じ家具構成なので、私はフリアンを押し退けると椅子を引き摺ってドアの前に置き、座った。
常に退路は意識する! 教官の声が脳裏に響く。
「えーっと、なんか怒ってる?」
フリアンはベッドに腰掛けると、困ったような顔でそう言った。
腹立つと思ったし、思ってた。
でももう冷静になったというか、ひとまずこいつがただの異常性癖なのか、それとも何か意図があったのか、それが知りたいと思った。
「渡したいものがあるんだけど、それは後にするわ。あのさあ、私と交流しないようにしよう、ってどういうことよ」
「え……、なにかなそれ」
「そういうのいいから。私はあなたが新入りを仲間外れにして喜ぶ性癖があるのかどうかが知りたいの」
「は?!」
は? はこっちだわ。
私が不愉快丸出しで睨んでると、ほどなくしてフリアンは「あー……」と大きく息を吐いて前髪をかき上げた。
「誰だ……?」
「カリーナよ」
「カリーナ?!」
すまんカリーナ、エマの身代わりになってくれ。今度お菓子でも買ってくるから。
「あいつ、話ができるのか……?」
ひでぇ言い草だな。確かにかなりトんでるけど、普通に話せるよ。
子供とか老人とか、病気とか、判んないだろうなって状態に思えてもさ、人って案外ちゃんと周りの状況知ってるし聞いてるもんだよ。
ん? ということはフリアンもカリーナの状態は判ってるの?
「できるよ。私は様子がおかしいと思ったけど。でも館長に言ってもむしろ褒められてたわ」
「は、そっか」
フリアンは何か考え込むように腿に肘を着き、顎に手を当てた。考える人のポーズだ。
「考え事は後にしてくれる? それで、私の質問への答えは?」
「え? う、うーん……カリーナがどう言ってたのか判らないけど……」
それは私も判らないな。聞いてないからな。
多分フリアンの提案なんて意に介してないと思うけど。
フリアンはそれから逡巡し、何か言いかけては止め、随分迷う様子を見せた。
「何? 性癖を告白するのが恥ずかしいの?」
「違う! まず、そんな性癖はない」
「じゃあ何」
「う……」
煮え切らないなあ。
一目見て私が嫌いになったとか? それで周り使うってのはカスだなとは思うけど。
あ、そういえば。
「そういえばもうすぐどこかへ移動するって何。どこ行くの」
「う……」
う、じゃねーんだよ。なんだこいつ。
もっと高笑いして宣戦布告でもされるかと思ったんだけど、なんかグズグズしてるだけだし……めんどくさくなってきた。
新聞を見せてこれが欲しければ……とかやったところで、逆ギレしていらねえ! って言われちゃうと決定的に関係悪化するだけで終わるんだよねえ。
私は手拭いと一緒に持ってきた石の欠片をフリアンの膝に放った。フリアンが慌てて避ける。
失礼なやつだな。だが危機管理としてはヨシ!
フリアン家(推定)のパティオの敷石の欠片だ。珍しい色をしていたから、これで判るかと思って拾ってきた。
フリアンは投げられた石を見て首を傾げ、拾い上げてランプに翳すようにして見た。そして顔色を変える。
おお、当たりだったか。よかったよかった。推定じゃなくなったわ。
「これは……!」
「あなたの家、なんか難民の子供の集会所みたいなことになってるんだよ」
その責任の一端が私にあるようなないような、あるような気もするので、一応、筋は通しておこうかなと思ったんだよね。
フリアンは「は?」と素直に吃驚している。だよねえ。
「取りに行きたいものとかあるなら、早い方がいいわよ。解体も進んでるし。あと、これ」
私は手拭いから折れ曲がって皺の付いた(そして私が伸ばした)新聞を出して、メッセージが見えるようにベッドの上に置いた。
フリアンは訝しげにそれに視線を落とし――大きく目を見開き、硬直した。
震える指先で新聞に触れ、カサッという音に驚いたように竦み上がった。
そしてまたそろそろと指を伸ばして、触れた。
文字列を無言で見つめ続けるフリアンをしばらく待っていたが、こりゃダメだと見切りを付けて、私は部屋を出た。
言いたいことは言ったし渡す物も渡した。
結局どういうつもりかは聞けなかったけど、よく考えたらどういうつもりであろうがこいつを警戒対象としてカテゴライズすることに変わりはないし。
部屋の位置も押さえたしな。
これ以上なんかしたら私もなんかしちゃうぜ。捕まらない範囲で。
◇ ◇ ◇
フリアンの家が溜まり場になったのはいいけど、子供の家方向から行くと段差を大きく迂回することになる。
めんどくさくてめんどくさくて、いい加減キレた。
なんとしてもここに直通路を作りたい。
なんで道を通してないんだろ。
不思議に思って土をちょっと掘ったら判ったんだけど、硬い岩の層があるっぽい。あー、なるほどなあ。
私はパティオに置いてあったベンチに座って、どうしたものか考えていた。
そういえばロドルフ隊増えたなあ。
解体途中の壁の周りで、子供達が遊び半分にわちゃわちゃと瓦礫を拾っていた。欠片だけね。ロドルフはその監督をしている。
まあ難民の孤児の世話する名目でここにたむろってるんだもんね。えらいぞロドルフ。
テルセロといい、どうして初手があのムーブだったんだお前らは。真面目にやれ。
最初、テルセロ組ロドルフ組って言ってたんだけど、組というニュアンスがどうも伝わらなくて。しょうがないから隊にした。
ますますギャングっぽくていたたまれない。
ここんとこ遊んでるばっかだから、そろそろ瓶拾い以外にも小銭稼ぐ方法考えなきゃなあ。食い扶持も増えたし。
別に食わせる義理はないし養う気もないけど、たまにみんなでお菓子を一緒に食べるような、そんな思い出があったっていいじゃない。
ベルレ達と別れた時に「念のため」と言って、小さな革袋をもらった。
恐ろしくて中は見ないまま収納板に突っ込んであるけど、あの丸い手触りと大きさは、パキッと割れるあれだと思う。その感触が数枚した。
あれは命を売り買いするぐらいの場面で使うものだから、もっと普通に使えるお金が欲しい。
将来的に冒険者になるにしても装備とか、初期費用は絶対必要だもん。
昼寝しかけながらつらつら考えていたら、不意に知らない気配がして一気に目が覚めた。
などと言うと玄人っぽいが、単に推測の結果だ。
ガチャガチャと金属が擦れ合うような音や衣擦れの音。
低い声。
踏みしめるような重い足音。
逆にカチカチと石を叩くヒールの音。
仲間内では出ない音だ。それが近づいてくる。
私の耳が特別製とかそういうことはない。
たまたま土中にうっすら魔力を流していたのだ。
岩の層がどこまであるんかな~とか思いながら。
土中に既に魔力がみっしり満ちてるから、頑張って取り込む必要がほとんどなくて、既存の魔力の隙間にちょっと間借りするような感じでするすると遠くまで伸ばしてた。その副産物だった。
えー、かなり使えるんじゃないこれ。
私は内心新しい魔法にうきうきしながらも、ロドルフを呼んだ。
「子供集めて。知らん奴が来る」
ロドルフはサッと身を翻し、一番遠い子を抱き上げ、次に遠い子の手を引いて子供達を壁の内側へ追い立てた。
辺境の子ってこういう時ぐずらないんだよね。ぱっと動き出して、急いで安全な場所へ向かう。魔獣被害と隣り合って生きてるだけのことはある。
これがテルセロ達だと、ちょっとおっとりした足取りになるんだよなあ。
ほどなくしてその訪問者達はやってきた。
私は少し、いやだいぶ感動した。
だってすっごい、いかにも「冒険者」って風体のグループだったんだもん!
初めて見た!
金属製の部分鎧を着て、背に戦斧を担いだがっちりした男。
弓を背負った、革鎧姿のほっそりした女。
ロングマントで体を覆って、長い杖を持った女。
軽装で腰に色々なポーチや袋を吊った小柄な男。
そして丈夫な生地の上下を着た、腰に剣を吊るした長身の男。
完璧だ。実にテンプレ冒険者パーティだ。しいて言えば回復役がいないが。
私がパカッと大口開けて子供丸出しの顔で見ていると、弓の女性が話しかけてきた。
「えーと、君達はどうしてこの家にいるの、かな?」
「難民の中の小さい子達の面倒を見てるの」
私はロドルフと集まっている子供達を指した。
弓の女性はなるほど……と呟いて、それから困ったように言う。
「あのね、私達はこの家に住んでた人の友達なの。ちょっと家の中を見たいんだけど、通ってもいいかな」
「見たいの? なんにもないよ」
「ないの?」
「うん。大人達がみんな運び出して、私達も宝探しごっこしたけど、なんにもなかったや」
「そう……」
「うっぜえな、ガタガタ言ってないでいいから一応見ておこうぜ」
私と弓の女性とのやりとりに焦れたのか、小柄な男が私達を押し退けるようにして家の中に入っていった。
弓の女性は「痛いわね!」と怒鳴りながら、なし崩し的に男の後に続いて入っていく。
それを皮切りに残りの三人も私達を無視してのしのしと家に入っていった。
うーむ、あまり態度がよろしくない……。
せっかく初遭遇の冒険者パーティなのになあ。残念。
私はこっそりと家の中を覗いて彼らの行動を観察した。
家と言っても残った部屋は前に私が見た作業部屋と寝室ぐらいで、後は崩されている。
パーティはわずかに残った家具を蹴飛ばし、布団を剥いで放り投げ、何かを探すような動きをしていた。
「もう……ホコリ被ったじゃない! はあ……またこの辛気臭い家に入るなんて」
「きったねえ布団だな。オエー」
「あのガキの言った通り、めぼしいもんは難民共に持っていかれたみたいだな」
「そういや『宝探し』だっけ?」
剣を吊った男が振り返った。私はするするとパティオまで戻る。
マジで態度悪い連中だなあ……冒険者でもゴロツキ寄りの方だったか。
前の住人の友達ということは、フリアンの親の友達?
とてもじゃないが友達の家での態度じゃないと思う。友達が嘘なのか、それとも本当にあの連中とフリアンの親が友達だったのか。
人様の家を壊すなよなー。いや私達も人様の家を解体してるけど。ついでに溜まり場にしてるけど。
しばらくして剣を吊った男を先頭に、パーティは外に出てきた。
イライラが顔に出ている。
剣を吊った男が私の前に立った。
「さっき宝探しって言ってたけど、家探ししたのか?」
「宝探しだよ」
「どっちでもいいんだよ。答えろ、何か見つかったか?」
男は私の座っていたベンチを足でガン! と蹴った。
振動でずり落ちそうになる。
はー? そういうことしちゃうんだ、へーえ。
「べつに、なにも、なかったよ……遊んでただけで……」
私は弱々しく答え、それからうるうると目を潤ませて、勢いよくうわーん、と泣いた。ギャン泣きというやつだ。まあ涙はあんま出ないけど。
同時にチラ、とロドルフに視線を送る。
ロドルフは私が泣き出したことに驚愕していたが、すぐ察して、自分もうわーんと泣き出した。下手くそだなお前……。
私を見て、ロドルフを見て、下の子供達も察したのか、合わせて泣き出す。
「うわああああん」
「うるせえ! 黙れ!」
「ちょっと! なに泣かせてるのよ! ああもう、黙りなさい!」
「ギャアアアアアア」
恐怖のギャン泣き大合唱。
畑にいた大人達が「なんだ?」と立ち上がるのが見えた。
同じくそれが見えたのか、態度の悪いパーティはクソガキ共! と捨て台詞を吐いて、慌てて去っていった。ザマァ。
声量を落としながら土中を探って、パーティが十分離れたところで泣き真似を止めた。
他の子供達も止める。
それからなんとなくみんなでお互いの顔を見合って、誰ともなく吹き出して笑い出した。
「アハハハハハッ!」
ギャン泣き大合唱の後に笑い声が響いたので、大人達もまた作業に戻っていく。
ふーやれやれ。
しかしなんなんだあの連中。
フリアン家の謎が深まっただけなんですけど。
キリのいいところまで入れたら長くなってしまいました。




