044 魔力を感じる
私は礼拝堂に来ていた。
一人でゆっくり考え事をするには最適な場所だ。セティ臭いけど。
体の方はヒマなので魔力の取り込み訓練をする。
背中から取り込んで足先まで行き渡らせてから放出する、みたいな頭使わないやつ。
前列の席ではあいかわらずカリーナがぽやってた。
最近は声掛けてもスルーされる。無視っていうか、何かに没頭してる人に声掛けても気付かれないような、そういう状態だと思う。
メチャクチャ幸せそうなんだけどなあ……。精霊さんとお話してるの! とか言われた方がむしろ納得する。この世界に精霊はいないらしいけど。
昨夜、お湯をもらって風呂入ってみた。初日にお湯から感じたハーブの匂いを確認したくて。
やっぱりセティだった。
風呂から出てもう直球でフロラさんに聞いたよね。「お湯からいい匂いがする!」って。さもステキな発見したキラキラ顔で。
「魔虫除けの薬草が入ってるのよ。体を洗う時はなるべくこれで洗って欲しいんだけど、みんな井戸端で行水しちゃって」
しょうがないわねえ、とフロラさんは嘆息した。私もなんだかんだで面倒臭くて行水で済ませてた。いちいち声掛けるのが億劫だったし、お湯もらっても使わないから勿体なくて。
「うーん」
千切ってきたセティの葉を指先で摘んで、くるくる回しながら考える。
ドミティラさんにもらった生セティだ。
あれから花瓶代わりの瓶にいけて窓辺に置いてたんだけど、めっちゃ元気。枯れる気配すらない。井戸から水汲んでくるのが面倒くさくて手から出した水に挿してたんだけど、それが良かったのかな。
肘が何かに当たって、ふと見たらいつの間にかカリーナが横に座っていた。
えええビックリした! 思わずケツが浮いた。
全然気付かなかった。めっちゃヤバい。カリーナが敵なら死んでた。
「カ、カリーナ。どした?」
「アレアの近くは……いごこちがいいね」
ふわーっと微笑まれると可愛いなとは思うんだけど、視線が合わないんだよなあ……。
別に隣に座ってニコニコしてるだけなのでカリーナは放置して、私はまた考えを巡らせる。
飯にセティが入り過ぎ問題は郷土料理と言われたらしょうがない。
風呂のお湯がセティ水なのは魔虫除け。礼拝室がセティ臭いのも魔虫除けなんだろうか。
でもテルセロの母親はどう見てもおかしい。前の世界なら何らかの医療施設を勧めるところだ。
なーんかこの草が疑わしいんだけど、でも私には何の影響もないんだよね……。一瞬胃もたれはするけど、すぐスッキリするし。
そういや前に自分では毒の対処はできないから死んじゃう、って思ったけど、本当にそうなのかな? いや死んじゃうとは思うんだけど、なんつうか、ゆっくり効く弱毒なら……どうなんだろう。これ確認しておいた方がいいか。
部屋に戻るために立ち上がろうとしたら、いつの間にかカリーナが私が持っていたセティの葉を食っていた。食うなよ! ペッしなさい。
「……これ……おいしい…」
両手を頬に当て、うっとりともぐもぐしている。そりゃ食用の葉っぱだけど洗ってないし、私が手で弄くってたのに、あああ……飲み込んだ。
「おいしい……」
瞳うるうるで美味しさを反芻している。ええ……そんな美味しいものなの? 部屋に戻ったら味見してみようか。
私が席を立つとカリーナも立ち上がったので、一緒に戻る。
途中、廊下で会った職員のスサニタさんにカリーナを任せた。
スサニタさんは細身でキリッとしたいかにも厳しそうな先生という雰囲気の人で、実際その通り、厳しい先生らしい。「厳しいけど理不尽ではないから、まし」とはフリアンの弁。年長組の講師を勤めている人だが私は授業では会ったことがない。
私は部屋に戻るのでカリーナをお願いしますと言うと、とても優しくカリーナに触れ、丁寧に抱き上げた。
カリーナのことを気にかけてくれているんだろうか。だったらカリーナの状態について話してみたいけど、でも本人がいるところで「この子ちょっとおかしくないですか?」とは言いにくい……。
「アレアもよく礼拝室にいるようですね。よい心がけです」
「はい」
殊勝な態度でいるとスサニタさんは満足そうに頷き、カリーナを抱っこして去っていった。
うーん。
ちゃんと見てくれている職員はいるみたいなのに。それともおかしいと思ってる私の方がおかしくて、この世界的にあの状態は何もおかしくないのか?
判らん。
自分の部屋に戻ると、窓際のセティの葉を千切って口にしてみた。
……草、だけど……この…この味は……いや味じゃなくて、この味わいは……一緒か? どうでもいいや、これは……。
「まひょくあひ!」
セティの葉を舌に乗せたまま、私は思わず声に出した。
魔力味! セティの葉から汁のように魔力の味がする。この感覚はこの世界人の体に備わっているものだから最初判らなかったんだよね。スゲェ美味しい! としか。教えられて魔力味だと判った。
生のセティってこんなに美味しいの? やばくね?
でもドミティラさんは食べるのは好きじゃないと言っていた。味の好みには個人差があるが、この魔力味に関してはほぼ美味い一択だ。食感がイヤ、とかはあるかもしれないけど。
美味けりゃ食ってるはず。
そうなるとセティが美味い草である、という線はない。
私は割れた瓶に生けてあるセティを見た。今日もイキイキと葉を広げている。
その姿をじっと見て……もしかして、水?
井戸水じゃなくて私製造の水を吸ってるから?
えっ、井戸水と魔法製造の水って味違ったっけ? 無限水差しの水の味しか覚えてねーや。
とりあえずメッセージブロックを取りだして書き込もうとして……はた、と手を止めた。
メッセージを一番先に感知するのはシェルリだ。その場にいないとかでグラディが先に見ることはあるけど、確率としてシェルリが一番高い。
「私って毒で死ぬの?」とかシェルリに聞いて……いいんだろうか。毒の話題をシェルリに振るのってマズくない?
私は考えた末、こう書き送った。
『グラディス 女の子の話 したい』
◇ ◇ ◇
今夜は第二回エマとの読書会である。
「ほら、ここで『二人は藁屑まみれだった』って書かれてるでしょ。これはね、前の夜二人は一緒に寝た、という意味なのよ」
そうかなあ……そうなのかなあ……。
ま、まあ何かあったとしても話の流れには関係ないから、いいのか。
「ああ、領都に行ったらもっとたくさん本が読めるかしら」
「領都に行くの?」
そういや成績上位者は領都へ移動になるんだっけか。
それに前にここを出て行くって言ってたっけ。
「みたい。まだはっきり決まってないらしいけど。あ、もしかしたらアレアも一緒かもよ!」
おおう、なんと。
と、いうことは成績ではなくて? 子供達全員が移動なのかな。
……だったら私ハブらなくてよかったじゃん! クソ、またフリアンへの怒りが再燃したわ。
「楽しみね……最近すごく気分が良くて。なんだか解放されたような気分なの。世界との繋がりを感じる。カリーナがいつも言ってる『神様が近い』ってこういう感じなのかしら」
本を胸に抱いて、エマはうっとりと言った。
熱に浮かされたように、その目は遠くを見ている。
「エ、エマ。エマ」
私は思わずエマの肩に手を置いた。なに? と振り返ったエマはいつも通りで、胸に抱いた本を膝に下ろし、ページをめくってまた語り始めた。
その顔は普通に楽しそうで。
私は話を合わせながら、隙間風のような不安感を消すことができなかった。
「やっぱりアレアのお部屋は居心地がいい……」
先にベッドに入ったエマが呟く。
私はもしかして、と思いながらランプに手を伸ばす。今夜のランプも私の魔法で点けていた。操作するふりをして光を消す。
途端、室内は闇に塗りつぶされた。私もエマを押し込んでベッドにもぐり込む。
「エマ、今はどう?」
「どうって、なにが?」
「居心地」
「ええ……? うーん、真っ暗だからちょっと……寒くなった?」
もう眠いのかむにゃむにゃと舌が回ってないエマにおやすみ、と言うと、すぅ、と寝入った。寝付きめっちゃいいよねエマ。シェルリ並だ。シェルリは電源が落ちるみたいに寝るけど。
エマの「居心地がいい」は、おそらくランプだ。
魔法の光に反応しているのだと思う。
でも私そんなの感じたことないんだけどな。投光器みたいな魔動具の明かりでも……いや、あれは魔動具だから?
直接魔力で点した光は……私は記憶を漁る。
ベルレが見本を見せてくれた光の粒。小さいし時間が短くて判らないや。
他は夜道を歩いた時にシェルリが剣の柄に点けた光。緊張してたから判らん。使えないな私!
そう考えると、カリーナが私の側に寄ってきたのもそれだろうか。
放出される魔力を感知してる?
……この世界の人って、そういう習性があるの??
わ、判らん……何も判らない……私は使えない子……。
すやすや眠るエマの横で、私は呻いていた。
◇ ◇ ◇
次の日、ブロックを見てみたらグラディから返信があった。
思ったより早かった。最近三日ぐらいかかってたから離れてるんだなと思ってたんだけど。
『わたくしが所持しました』
よかった。意図は通じたみたい。
『私に毒、有効?』
また次の日かなと思ってたら、すぐ表示が変わった。
えっ、近くにいるのかな。
『即死有効、遅効性抵抗』
抵抗? レジストするの?
『効くけど、打ち消す?』
『概ねその理解でよいです』
多分色々あるんだろうけど、説明しきれないんだろうな。
そうか……レジストするのか。
あれ、じゃあ胃もたれするけどすぐスッキリするのは……これか! レジストしてた?!
ええええ……なんか通知アラートとか出てよぉ!
私はお礼と、もうシェルリに見られてもいいことを書き送った。
グラディは『女の子の話は!』とご不満そうだったけど……。
自分で書いておきながら女の子の話ってなんだろな。気になる彼がいるの、とかだろうか。
いるな一応。めっちゃ気になるヤツが。




