043 テルセロの家とフリアンの家(推定)
フリアンをシメ上げたい私だったが、なかなか機会が来ない。
いやだって、毎日必ず視界に入るのは朝食と夕食だけど、他の子もいるし職員さんもいる中で躍りかかるのはちょっとなあ。
それに私に犯人をゲロったのはエマなわけで、エマの見てる前でやると気にしそう。フリアンの部屋が判れば夜討ちするけど判らないし。エマは知ってそうだけど、たずねたらなんか止められそう。
エマは貴重な普通の交流相手なので配慮したいぼっち心。
私も私でご飯食べてる時はご飯に全集中してるから、ハッと気づくとフリアンがもういないのだ。
そうやって数日経つと頭も冷えてきた。
私が何も知らないと思って、ノコノコやってきた時に不意打ちをかますのもいいかもしれない。
大体私は結構忙しいのよ。
瓶集めはテルセロ達が集めてるのを三日おきぐらいに洗いに行って、それはそれとして自分で拾った分は当然自分で換金する。
買取屋に持って行ったついでに軽いお手伝いをしたり。町の探検もしてるし、本も読みたい。
グラディ教官直伝の体操も続けている。
ストレッチとバレエと太極拳とヨガを混ぜて割ったみたいな謎ダンス。
体をつくる上ではいいんだろうけど、ダンスとしては消化不良なので、うっすら覚えてる色々なダンスの型もたまにやってる。
何故そんなのを知ってるかといえば、それは前世とあるダンスバトルアニメにハマっていた記憶があるからだ。他にも色々ハマってたみたい。
まー大抵、動画で見ただけの上っ面知識だけど。
でも子供の体ってすごいなあ! ほんと思った通り動く。あと軽い。楽しい。
運動が得意な人ってこんな気持なんだろうなあ。
一通りプログラムを終えて、息を整えつつ荷物を置いてある岩の元へ戻った。
突き出た岩の横に濯木がもしゃっと生えてて視線が遮られるので、私はここで服を着替えている。
支給服を変な汚し方すると言い訳に困るんだもん。
こないだの決闘騒ぎで懲りた。アホロドルフの血がズボンに跳ね飛んでいて、フロラさんに見つかって焦った。
ケガしてるんじゃないの? っていう心配だから余計申し訳ない気持になる。
「喧嘩して相手のデコを割った時の血で私は無傷です!」
とか正直に言えるわけがない。
追及が激しくて仕方なく、町で瓶を拾って買取屋に持ち込む活動をしていることを白状した。その過程でゴミ置き場で変な汁が跳ねたことにした。
怒られるか止められるかと思ったけど、そんなこともなく解放された。
いいんだ??
不思議そうな私に気付いたのか、フロラさんは立てた指を振り振り言った。
「悪いことをしてはダメ。人に迷惑をかけてはダメ。でも、町の決まりの中で色々やってみるのは止めないわ。勧めもしないけれどね!」
あなたのような子はどうせ止めたってやるのよ、 こそこそしないでちゃんと見えるところでやりなさい、とのこと。
マジでいい人じゃない?! あと微妙に見抜かれてる。
そんなわけでこそこそせず堂々と午後は出かけることにした。
……別にこそこそしたことはなかったな、そういえば。
今日は目的地がある。
フリアンの実家(推定)を見てみようかと思って。
敵の情報は集めとかないとなァ!
私は執念深いよ。
テルセロに案内を頼んでいたので途中で合流した。
手下のクソガキ共まで一緒にいるのは解せぬが。
まずテルセロの家に向かったんだけど……子供の家とはまた違う方向の町外れにあって、他の家々と併せてなんとも鄙びたいい景色だった。
畑を挟んで点々と建っている家屋は白い漆喰で綺麗に塗られており、もこもことした庭木達と寄り添ってとても可愛らしい。道端にも野草の小さな花が途切れなく咲いている。
近くまで行くとさすがに家屋は年代物だったが、それがまた雰囲気を出している。
観光しながらしばらく歩いて、着いたテルセロの家はそこそこ大きかった。今までセルバの町中を歩き回った記憶から照らし合わせると、中の上ぐらいではあると思う。
「あの木があるあたりまでがうちの畑で、道を挟んだ反対側が亡くなった家の畑っス」
テルセロが指さしながら教えてくれる。
えっ広くない?! 家族経営で賄える規模なの??
思わず聞いてみたら、種を蒔いたら後は水やりぐらいで済むそうだ。雑草取りとかないのかと思ったら、作物の方が強いので雑草は駆逐されるそう……。病害もあまりないって。ガチのマジで農業するためだけに生まれた国なのかここは。
「魔虫の害は多少あるっスよ。そこは薬撒いたり……神官さんがいた頃は神官さんがなんかしてくれたらしいです」
へえー。神官ってそんなこともするんだ。
テルセロん家の畑は今は何も植わってなかったけど、土は見るからに黒々としている。 準備OKです! という圧すらある。
家に近いところの一角だけ、家庭菜園的な佇まいで少し野菜が植わっていた。
「今は畑は休ませてるの?」
「いや、そんなことないっスよ。 とっくに次の作付けが終わってる頃です……」
微妙に暗い表情になるテルセロとその手下達。
そういや手下達は近所の家の子らしい。
なるほど、見渡す限りどの畑もほったらかし気味だ。道の向かいでは難民とおぼしき人達が時折せっせと作業をしている。あっちの畑はちゃくちゃくと手入れが進んでるようだ。
水しかないですが、というテルセロの案内でみんなでぞろぞろ井戸へ向かう。
建物で囲まれた中央に中庭――パティオがあり、こまごまと生活の道具が置いてあった。竈やテーブルもあるので、ここが台所でありダイニングでありリビングでもあるのだろう。
ふわん、ともはや嗅ぎ慣れた香りがした。
セティの香り。
料理に入った時の匂いよりもっと涼やかで、摘みたてセティに近い香りだ。
「母さん、ちょっと友達と水飲むよ」
テルセロが開いた木戸の向こうへ声をかけた。
何気なくそちらを見て――私は思わず顔が強張った。
建物内の暗がりに女がぼうっと立っていた。
テルセロの年頃の母親なのだからまだ若いだろうに、一瞬老婆かと思った。
服はくたびれて汚れている。ずっと着続けて洗ってない様子だ。
髪もぼさぼさで適当に後ろにひっつめている。
そんななりなのに顔は、顔だけは。
なんとも幸せそうに笑っていた。
「まあ……たくさんお友達がいるのね。仲良くしなさいね」
ごく普通の声音でごく普通に優しく声を掛けられた。
私は強張った顔を隠すように軽く会釈した。
テルセロの母親はにこにこしたまま、家の中に戻っていった。
「……うちの母さんも、父さんも、最近あんな感じ」
テルセロの手下の一人の女の子がぼそっと言った。
他の手下達も頷き合っている。
……実際目にすると、絶対普通じゃない。
それに家の中からもっと強くセティの香りが流れてくる。
カレー屋でカレー臭いみたいなレベルだ。
気付いてしまったら気になってしょうがない。
テルセロ達は鼻が慣れちゃってるの?
なんだ。なんか変だよ。
もやもやする。
私達は無言で水を飲みながら、漠然とした不安感を共有していた。
給水が終わるとそそくさとテルセロ家を離れ、フリアン家(推定)を見に向かう。
道向こうではあるんだけど、地形の段差があるせいでぐるっと回り込むことになる。近いけど交流がなかったのは生活動線が違うからだろうな。
フリアン家(推定)はテルセロの家と同じぐらいの規模だったようだが、半分ほど解体されていた。そのせいでパティオが見える。この世界の建材の良し悪しやセンスの基準は判らないけれど、私の目にはとても綺麗なものに思えた。使ってる石の色とか。
「わりと金持ちだったみたいっス。薬が買えなかったわけでもなさそうですし……でもたちの悪い病気なら近所には知らせが回ってくるものなんですが」
テルセロが補足してくれた。
うーん、感染症じゃなくて例えば癌とか、そういう病気ならしょうがないのかな……でも昔ならセルバの神官様はまだご存命だったのでは?
病気という情報が間違ってるのかな。
畑の方は難民らしき人達が作業をしていた。
もう小さな芽が出てる。
「セティっスね。えっ、こんな大規模に植えてどうすんだろ」
「雑草じゃん」
「いや雑草じゃねえよ。町中の方だと鉢植えとかで育ててるし」
「そこら辺に生えてるのにな」
ガキ共の会話を横で聞きながら、ドミティラさんの言葉を思い出す。
――なんか名産品にしようってんで、作付け増やしてるようなコト聞いたっすよ。
これなのかな。
難民の仕事もできて町も潤って一石二鳥? でも元からのセルバ住民であるテルセロ達はなんだかおかしなことになってるし……。
そうやって眺めてたら作業中の難民の一人が立ち止まってこっちをじっと見てきたので、私達は移動した。別に見てるだけで怒られたりはしないだろうけど、どんな人間か判んないもんね。変に絡まれる前に退散だ。
解体中の家の陰に回り、テルセロ達を見張りに立たせて私は中に忍び込んだ。
特に何を調べようと思ったわけじゃないんだけど、解体されちゃうなら、まあその前に一回見ておこうかな、ぐらい。
家の中はすっきりと整理され、作り付けの棚など、とても機能的で綺麗だ。
物品は運び出された後なのか、がらんとしている。
ここは作業部屋だったのかな。重そうなテーブルが壁際につけてあり、その前で壊れた椅子が転がっていた。良く見ればテーブルの上も何かをこぼしたような乾いた跡がある。
床にも液体をこぼしたような染みがあり、テーブルの陰になっている壁際は汚れていた。
この汚れ方どっかで見覚えが……と思ったら、あ、アレだ。ゲロ吐いた跡だ。電信柱の根元とか、駅の階段とか。
うーん、やっぱり病気だったのかな?
私はそろっと離れ、次の部屋を覗き込んだ。
寝室……なのかな、ベッドが三つ横付けで並んでいた。
ベッドというか、小上がりだなこれは。部屋の一角の床が高くなっており、そこに寝具が敷いてある。寝具はじっとりと汚れていて、なるほど持ち出されずに残っている理由が判る。
ふわん、とまたセティの香りがした、気がした。
すんすんと鼻に集中してももう判らない。
恐る恐るベッドに近付くと、また一瞬セティの香りがしたような気がする。
私はしゃがみ込んで臭気に集中してみたが、もう埃っぽい空気しか感じなかった。
うーん。
立ち上がろうとして、ふと敷き布団の下のゴミに気付く。
いやゴミというか……雑巾? ボロ布がぐしゃっと突っ込まれていて、その端に新聞っぽい切れ端が見えたのだ。
どんな新聞読んでたんだろう。
私は端っこを摘んで引っ張り出してみた。
なんということはない、セルバの町の情報誌で、ペラ一枚のやつだ。
大きな商隊が立ち寄るとか、市の日とか、役場の窓口案内とか、そんなやつ。
役場が必要に応じて発行していて、主要な店や施設に配られる。子供の家の図書室にもバックナンバーがあったから知ってた。
なあんだ、と思って指を離すと、紙はぱらりと回って裏側を上にして落ちた。
そこにはペンの試し書きのような線が書かれていた。
いや違う。
よくよく顔を近付けてみる。
……文字だ。手書きの。
『フリアン あいしてる』
左手で書いたような私の字よりなお乱れた手跡は、それでも意味を判別できた。
私はその新聞を注意深く拾い上げると畳み直し、手拭いで包んでマントの内ポケットに入れた。
外に出ると太陽の光で視界がぱっと明るくなり、なんだかほっとした。




