039 瓶拾いと町の子供達
私アレア、今酒瓶を売ってるの。
というわけで午後のフリータイムに私はリサイクル活動を始めた。
瓶は酒場や宿屋の裏手で拾ってくる。
街道沿いの大店は各種専門業者と契約してるみたいだから近寄らない。主に酒場通りの店ね。裏口に適当に出してあるので拾っていく。そして買取屋に持ち込む。小銭程度だが代金がもらえる。やったね。
つか、微々たる額とはいえ金になるんだから、なんで店が直接売らないのかなと買取屋――ドミティラさんに聞いてみたら、店が処分する場合は逆に処分費を払うきまりなんだって。なので「屑拾い」が成立するということのようだ。
私の持ち込む瓶は状態がよいとかで、良好なお取引をしてもらっている。
セレステ商会への忖度もあるのかなってちょっと思ったけど、なんとなくドミティラさんはそれはそれこれはこれ、って切り分けるタイプな気がする。
私はちゃんと水で濯いで綺麗にして、乾かしてから持ち込むからね。
新鮮(?)な空瓶ならいいけど、空いてから時間が経ってると中身が乾いて底にこびりついてたりするじゃん? あれを濯ぐのって地味にめんどくさい。
だがご安心、あらいぐまアレアの水芸はちょっとしたもんだから。魔力の取り込み練習も兼ねて一石二鳥。
指がノズルのイメージで、指先からジェット水流プシャー。
……まさかシェルリに実演してもらって覚えた水芸がこんなところで役に立つとはなあ。
もちろんこれ見よがしにその辺で手から水芸して濯いだりしない。
『一見、魔法に見えないような使い方を心掛けるといい』
シェルリ師匠の教えは肝に銘じている。
共同の洗濯場がある小川に行って、離れた場所でさも川の水で洗ってますよというフリをしながら手から魔法で水を噴射している。
濯いだ後はカゴに入れて布で拭きつつ、こっそり温風も出して乾かす。
乾いたら瓶同士が当たらないよう布を間に挟んで背負い袋に入れ、買取屋へ。
子供の小銭稼ぎとして黙認されているという話の通り、屑拾いをしている子供は他にもいた。瓶以外は何拾ってるのかわかんないけど。
買取屋が並ぶ通りに近い店やゴミが比較的綺麗な店なんかは争奪戦だ。
でも瓶はねえ、重いんだわ……。
だから子供の身では一度にたくさん運べない。なのでまあ、町を回れば何本かは必ず拾える。
始めてしばらくした頃、既得権益グループのガキ大将に絡まれたことがある。
知らずに拾っていった店がそのグループのいわゆるシマだったらしい。
後をつけ回されたり、石を投げられてせっかく洗った瓶が割れたりした。
どうしようか考えたよ。
グラディ教官の授業を思い返した。
◇ ◇ ◇
「アレア。物事は話し合いで解決した方がいいに決まっています。最初から剣を出すのは愚かの極み。知性を捨てた獣の振る舞いです」
グラディに言われると何か複雑な思いに駆られるんだけど、言ってることはその通りなので頷く。
「とはいえ、愚かを極めんとする者は思いの外たくさんいますからね。理不尽な要求をされた時は、暴力に訴えてでも断固拒否するべきです」
そりゃ強盗だって素直に金を出してくる相手がいるなら次もソイツから盗るよね。一度出したら許されるなんてことあるわけねえ。
グラディはそこでハァ、と溜息をついた。
「するべきなのですが……そうはいかない時もあるのが人の世というもの」
人の営みは複雑に絡み合っていますからね。様々な事情があったりします。
ままならないですね、とグラディは眉尻を下げた。
「アレアはどうすればよいと思いますか?」
うん……まあ色々あるよね。
周りの事情もそうだけど、本人の性質だとか、タイミングの問題だとか。
でもどこかで勇気を出さないといけないと思う。
「うーん……みn」
みんなに助けを求める。
そんな平和な私の発言をぶった切って、我が意を得たり! と輝くような笑顔でグラディは言った。
「その通り! 皆殺しです!」
「ファーーーーーー」
言ってねえわ!!
「最初の要求を拒否するとまずその方が襲ってくるでしょう? で、その方を殺すと今度はその方の関係者が仕返しにいらっしゃるでしょう? きりがありませんね。ですから最初から関係者、血族すべて殺してしまえばよろしいのですよ」
族滅宣言出たわ。鎌倉武士か。
いや判る、判るよ?! その理屈は判る。
いやでもしかし。しかしなあ。
「中途半端が一番いけません。拒絶するなら皆殺しにする、できないなら全て捨てて逃げる」
キリッとしたグラディを見ながらハァ今日もお美しい、と現実逃避しつつ。
覚悟や心構えの話をしてるんだとは思うけど。
……いや違うな、本気だ。これはやったことがある顔だ。
◇ ◇ ◇
いや考えたよ。考えましたよ。
まあ最初にローカルルールに抵触したのは私だし?
メンツもあるのかもしれないし? 知らんけど。
多少はしょうがないか、と思ったわけですよ。
これが直接殴ってくるようなら話は別だけど、言っちゃなんだがチンケな嫌がらせだし。しばらく避けてたら気が済むか、と思ってたわけ。
なので十日ほど活動自粛して、再開する時はクソガキ共のシマは避けた。
通り挟んで向こう側とこっち側ぐらいの距離感だけど。
でも一日で運べる瓶の本数なんてたかがしれてるし、何より私はこれを本業にしてるわけではない。週に数回だ。なのでエンカウント率も低いはず。
まー結論からいうと、グラディ教官の仰る通りでした。
舐められたというやつ。
クソガキ共は私がオトナの心で引いてやったのに調子に乗って、私を追い回すのを新たなレクリエーションにしたらしい。
そうなるともうしょうがないじゃん。
ある日、ニヤニヤしながら後をつけてきたクソガキ共に、さも怯えてますって顔で路地裏に逃げ込むふりして連れ込んで、順番に酒瓶で頭カチ割った。
躊躇なく殺せ、というのがシェルリ師匠の教えなので、一回殺す気でやった。
は? みたいな顔で棒立ちなんだもん。楽勝よ。
一発で気を失わなかった奴をもう一回殴り、その間に目を覚ました奴を再度殴り、全員落ちたらちゃんと回復させた。
起きたらまた順に殴るかー、と素振りしてたのに、クソガキ共は一発で折れた。
えっ、この程度で? 私ここから泥仕合がスタートすると思ってたよ。
この町もしかしてすごく文明社会なのでは。
いや私がとんでもねえ蛮族なのでは。
◇ ◇ ◇
顔中を血と涙と鼻水と泥でべしゃべしゃにしながら土下座して命乞いするガキ共を前に大変反省した私は、並ぶ後頭部にもう一度念入りに回復をかけてから許してやった。
というかすまん、やりすぎた。
……これ、後になって「あっ、うっかり相手の意識がある時に回復魔法使っちまった!」と焦ったんだけど、コイツらアホだからスルーされた。アホでよかった。
そんなわけで通りを挟んで無事住み分けできたと思ってたら。
「あっ! アレニキ! 遠征ですか」
たまたま近くを歩いてたらガキ大将――テルセロが声をかけてきた。
誰だよアレニキって! 私らしいよ!
「アレアのアニキ 」が圧縮されたらしい。つかアニキ。
これはまあしょうがないか。私は外に出る時は少年の格好をしている。
特に男装してるつもりはないけど、普通にしてたら普通に少年だと思われている。どうなの。いいけどよ。
「瓶ばっか拾ってるわけじゃねーぞ。それよりそっちはどうなんだよ」
「川原のいつものとこに集めてます!」
「そっか、じゃあ明日あたり洗うか」
「はい!」
……そう、知らん間に徒党のボスにされていたのだ。
やっぱ頭は殴っちゃダメだな。アレア覚えた。
ちなみにこのことをメッセージブロックで伝えたら、シェルリの字で「ベルレが笑って酒こぼした」と返事が来た。
ベルレの笑いのツボってなんか変だよね。
ブン殴られたショックで私の手下になったらしいテルセロ達は、聞いてみると微妙な階層の子供だった。
生存が危ぶまれるような貧困と判断されると、首長権限でそれぞれの施設に収容されるというアレ。
収容時点で財産は全て没収されるのだそうだ。まあ没収されるような財産は残ってないのが常らしいけど。
本気の本気で身ひとつしか残ってない貧民はいっそ収容された方が安心できるけど、中には絶対に収容されたくない人もいる。
代々受け継いだ畑や店を持ってたり、手放したくない家宝があったりとか。
なんも持ってないなら決心もつくけど、なまじ持ってると諦められない。
でも生きるに困る、例えば子供を満足に養育できてない様子などを気取られると、領兵がやってきて強制収容だ。
そういう崖っぷち層でまだ一人前に働けない年齢の子供が、少しでも家族に貢献しようと色々な小銭稼ぎにいそしむ……のだそうな。
なのでまあ……私は子供の家で楽しくやってるし生きるには困ってないので、そんな事情を知っちゃったら、呑気に小遣い稼ぎするのも寝覚めが悪いなあという気がして。
瓶を濯ぐのは魔法訓練の一環でもあるので量が増えても構わないし。
というわけでガキ共に川原の一カ所に瓶を集めさせ、私が濯ぎ、ガキ共が拭く。
量が揃うと種類が揃う。
種類でまとめて買取屋に持っていくと、買取屋も喜ぶ。
心証も良くなる。
するとちょっとしたオマケなんかもある。
そんな感じで私は手間賃として売上から少々いただくことにして、テルセロ達と仲良くなった。
仲良くなった……んだよね?
◇ ◇ ◇
「えっ、アレニキって『子供の家』の子だったんスか?」
「そうだよ」
おうなんだなんだ、孤児差別でもあんのか? と思ってたら単に興味津々といった風だった。
そっか、崖っぷちだもんな……うっかりしたら来週にでも「新しく一緒に暮らすテルセロです」ってフロラさんが連れてくるところだわ。
私が瓶を洗ってテルセロ達が瓶を拭く間、子供の家について話をした。
悪くないところだと判って少し安心したようだった。
「うち、畑やってんスけど……前から親がだんだんやる気無くしてるっていうか……ぼんやりしてることも多くて。でも病気ってわけでもなさそうだし、雰囲気悪いとかそういうこともないんスよね。すごく穏やかで機嫌もいいし。むしろ幸せそうだし。でも畑の世話もしたりしなかったりで。もう親の中では諦めてんのかなあって」
そしたら俺、アレニキの後輩っスね! と、テルセロ自身も諦めを滲ませて笑った。
取り巻き達も似たような状況らしい。
うーん、このハイパーグレートウルトラ農業キングダムで不作はないだろうし、だったら作物が売れなくて貧乏なら判るけど、そもそも畑仕事してないってどういう状況なんだろ。植えときゃ生える大地なんだぞ。少なくとも自分達が食う分は賄えるはず。
「辺境からの難民もどんどん増えるし。ちょっと怖いよな」
「なあ」
ほんとほんと、と言い交わすガキ共を横目に、何が怖いのか聞いてみたら、
「だって日常的に魔獣と殺し合ってた連中なんスよ。こえぇ」
私もだいぶ殺したなあ。
……は? 野蛮人だとでも言いたいのか? こんないたいけな少女に嫌がらせして石投げてくるようなクソマインドのガキ共がいっちょ前に都会人ぶりやがって。セルバなんてまだ辺境のうちだろ。
「私も辺境から来たんだよね」
そう言ってやったら黙った。
でも納得顔だったのがハラ立つ。




