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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~  作者: 鷹山リョースケ
第二章

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037 セルバの町探検と買取屋

 孤児院生活は順調だ。

 ……いやちょっと問題ありなんだけど……。

 少なくとも、三食昼寝付きの生活はしている。


 まず、ここは孤児院というより寄宿学校だね!

 小さい子達は毎日元気に遊んでいるけど、五歳ぐらいから「お勉強の時間」が始まる。


 午前中はほぼほぼお勉強だ。

 年長になってくると午後もお勉強だ。

 内容は歴史、算数、現代語、社会知識等々、とても実用的。

 でも他に絵画、木工、料理、裁縫のような科目もある。

 他には週に一回の掃除洗濯、菜園での農作業等、あと礼拝の日がある。


 私の一日は大体こうだ。

 朝、起床。着替えて食堂へ。

 年長組の数人が配膳を手伝っている。

 自主的な活動らしいので、私にはまだお誘いがない。

 全員揃ったところでいただきます。


 朝食の後は食休み。この間に洗面をしたり、午前の科目の準備をしたり。

 私の午前は現代語と社会知識だ。

 現代語は刷り込み言語パック以降の新語やイディオムを学ぶ。他には文字の書き方練習。この科目によって私の左手で書いたような字は整っていくはずである。


 社会知識は法制度とかより、どっちかというとコミュニティのローカルルールの解説だった。

 公共の洗濯場を使う時のお作法とか。

 もんのすごい実用特化だよね! ありがてえ。

 孤児を社会に送り込むために組んだカリキュラムという感じ。

 ちなみに学校は学校として別にあるらしい。


 午前の講義が終わると昼食。

 段取りは朝食と同じ。

 違いは午前のお勉強の終わりがバラバラなので、みんな揃ってから食べるということはない。

 食堂に準備されているので、各自都合のいいタイミングで食べる。

 職員さんが交代で配膳してくれる。


 ここでお昼寝を挟んでもいい。

 小上がりがある雑魚寝部屋があるので、そこで寝る。小さい子もここでお昼寝。

 寝入ってしまっても昼のお茶の鐘 (メレンダ)には強制的に起こされる。


 午後は木工をやっている。

  DIY指南といったところ。何か作るものを決めて、指導を受けながら各自作り上げるという感じ。

 こういう時の定番は犬小屋だけど、ここでは木箱だった。

 まあプラスチックコンテナなんてないんだから、木箱は何個あっても使い道はあるよね。


 午後は自分の切りのいいところで終わる。

 道具を片付けたら後は夕食まで自由時間だ。

 裁縫グループなんかはおしゃべりしながら夕食まで作業を続けていたりする。

 年少組は庭で遊んでたり本の読み聞かせをしてもらったりしている。

 年長組で姿が見えない子は何してるのか判らない。


 夕食の時間になると食堂へ集合。

 朝と同じく全員揃っていただきます。


 夕食の後はお湯で体を拭きたい子は浴室を借りる。

 私は初日に浴室を借りたが、他の子供達は昼間に井戸端行水か、洗面器みたいな小さい桶にお湯をもらって自室で拭いてるみたい。

 職員は二階に職員用の浴室があるので主にそちらを使うそうだ。


 礼拝の日は夕食後、礼拝堂に集まって神と「対話」する。

 礼拝の日は全員参加だが、礼拝堂自体はいつ入ってもいい。

 特に祈りの様式みたいなものはなかった。

 礼拝というより座禅に近いと思う。


 一日の予定が終わると自室に戻って就寝。


 おわかりいただけるだろうか。


 私は……ぼっちである。


 なんかな……なんかやんわり避けられてるんだよね……。

 いじめられてるわけではない、と思う。

 おはようとかおやすみとかの挨拶は返してくれるし。

 そそくさと去られるけど。

 どっちかというと困惑されてる感じ。

 子供達全員が強度の人見知り状態とでもいうか……。


 裁縫グループに交じったこともあったけど、私がいると全員無言なんだもん。

 昨日までにこやかにお喋りしてたのに、余所見もせず黙々と運針に集中してる。

 最高に気まずい。

 下着に名前を刺繍して、完成したら離脱した。

 今は一人黙々と木箱を作っている。


 一応、話をした相手はいる。

 年長組の世話役的な存在の少年で、名をフリアンという。

 ここにきて三日目ぐらいに「どう? 慣れた?」みたいな会話をした。

 三日で慣れるもなにもないとは思うが、思ってたより良いところだった、みたいな話はした。

 困ったことがあったら相談して、とは言ってくれたけど……午後は見かけないしなあ。


 最初は館や敷地内を探検してたけど行けるところはもう見尽くした。

 木工以外は裁縫みたいにグループができてて入りづらい。


 うーむ。

 しょうがないので木箱を一つ完成させたら、午後は町の探検に充てることにした。

 外出は特に制限はなかった。

 一応、職員に声掛けして外出帳に書いていくシステム。門限は夕食の時間だ。



 ◇ ◇ ◇



 子供の家は町の中心地からはやや離れた丘に建っている。中心街までは子供の足ではちょっと遠い。見晴らしはいいんだけどね。


 保護者が神官なのだし、最初に神殿通りに行ってみたが、ちょっとした広場に屋根付きの休憩所みたいなものがあるだけだった。

 誰もいない。

 狐につままれた思いで子供の家に帰り、フロラさんに聞いてみたら、


「ああ、昔は近くの家に神官様がお住まいで、あの場所に毎日いらしてたのだけれど、お亡くなりになったのよね……」


 Oh……なんという。

 今では旅の神官が立ち寄った時に、不定期に神官屋台? みたいなものが開催される場所なのだとか。

 病気とか怪我とかどうするんだろう……ってそういやこの世界、ヒーラーもいるけど薬もあるし医者もいるんだった。


 ギルド通りは商店街風だった。表通りとは違って雑多な雰囲気が落ち着く。

 セルバの町の規模だと同業で乱立しても立ち行かないので、そんなに店がズラッとあるわけではない。

 こちらの通りは職人が軒先で余りものをちょっと並べているだとか、子供が留守番がてら飲み物を売っていたり、表通りの店でハネられた形の悪い野菜や虫食いのある果物などを売っていたり、そういう感じだ。


 私は子供の家の支給服の上に古着のハーフマントを羽織っている。

 以前商人市でべルレに買ってもらったやつ。

 別に子供の家の子だからって警戒されたりはしないんだけど、なんか身元が丸わかりの格好してると落ち着かない。

 私の方がまだまだ警戒してるんだと思う。


 売り台の上を一歩離れて冷やかしながら(近付くと声掛けられちゃうからね)歩いていると、雑貨屋のような店舗に行きついた。

 この店は知っている。


 セルバに着いたばかりの頃に雑談の流れで、シェルリ達が勢いよく排出してる空の酒瓶をどうするのか聞いた。

 旅の間は無限水差しと同じように無限酒瓶だったし。

 でもセルバに来てから普通の酒瓶を空にし続け、壁際にどんどん並んでいくから、あれどーすんのかと思って。

 そしたらルフィノ爺ちゃんが「買取屋にでも売りましょうか」というので、一緒に連れて行ってもらったのだ。

 多分ヒマそうにしてた私へのアクティビティ提供だったと思う。


 表通りの買取屋はどちらかというと質屋で、こういう廃品回収的なものはこのギルド通りにいくつかあるのだそうだ。取り扱い物品で店が分かれている。

 その中でガラス物を扱う店がここだった。


 前に来たことある店だったので、思いきって入ってみた。

 前はルフィノ爺ちゃんという大人と一緒だったから丁寧に応対してもらったけど、私だけだとさてどうかなあ……。


 店の中は木箱に入った様々なガラス容器が雑然と置かれている。

 奥のカウンターで小さなガラスの何かを検分していた店主が顔を上げた。

 店主は白髪をぎゅっと頭の天辺でおだんごに纏めた大柄な女性で、年齢は三十代ぐらいかなあ。

 髪に挿した大きな赤い玉かんざしが目をひく。

 胸もパーンと盛り上がっているなら上腕二頭筋も負けずと盛り上がっている。

 すんごいつよそう。


「いらっしゃ……ありゃ、お嬢様じゃねえっすか。お一人で?」

「こんにちは」


 これはどうしたものか。

 素直に一人です、というのは防犯上どうなんだ。

 嘘でもツレは別の店を見ているの、とか言うべき?

 しばらく迷って、私は「うん」と答えた。

 早めに出方を見ておきたいかなと思ったからだ。


 私がそう言うと、店主は大げさに顔を顰めて「ダメっすよ、そういう時は父さんは別の店を見てから来るの、とか言うんですよ」と私をたしなめた。ええ人や。

 いやまあ最初にルフィノ爺ちゃんと来たから関係者だと知れているわけで、ルフィノ爺ちゃんは多分セレステ商会の結構エラい人だと思われ。

 今の私は虎の威を借る狐なので、まあ安全だろうなとは思ってた。

 店主だってそれを判っての先の言葉かもしれない。

 その辺はもう経験しかないので、私は比較的安全そうなこの店を足掛かりに町に慣れていこうかなと企んだ。


「判った。気を付ける」

「今日はどういったご用向きで? あっ、空瓶なら大歓迎すよ。よくもまあ、あんな高ぇ酒の瓶をゴミみてえにゴロゴロと……」


 ほんそれな。金額は知らんけど。


「買取は何本から、とか決まりはあるの?」

「ないっすよ。ただまあ、ものによっちゃ値が付かねぇですね」


 本物のゴミを持ってきても門前払いだ。そらそうだ。

 例えば一本の査定が0.1円だと支払う通貨がない。

 十本あれば一円玉になる。そういう話。


「私が持ってきても買ってくれる?」

「もちろん」


 それから店内のガラス物を少し眺めて、店を出た。

 思ったよりガラスが普及してるんだなあ。

 元花瓶だったと思われる割れた丸い大きな欠片とか、一升瓶みたいなの、ワイン瓶みたいなの、皿状の平たいもの、色々あった。


 でもこれまでの宿暮らしで食器としてガラスが登場したことはなかった。

 基本は木製。大きな葉っぱとかもアリ。生前は豆のサヤだったのかな? みたいな素材を生かした器も使われていた。飲み物の器も木製。

 セレステ商会宿舎で出てきた食器はなんと石だった。その発想はなかったわ。

 大きな石を綺麗に磨いて削って、皿とかボウル状に加工してあった。

 重そうだなと思ったらそうでもなかった。どうやって加工してるんだろ。



 それから私は昼食以降は積極的に町に出るようになった。

 酒場通りの裏をのぞくとゴミが積まれている。

 その中に酒瓶もあった。陶器製のボトルもあった。陶器あるんかーい。

 勝手に持っていくと泥棒になるのかな。

 うーん。

 私はしばらく待ってみて、裏口から人が出てきた時に駆け寄った。


「こんにちは。この瓶は拾ってもいいの?」


 なるべく幼気な子供を装ってたずねてみた。

 もちろんブン殴ってくる可能性も考えて、避けるため重心を落とし片足を引いて構えてある。


「んあ? なんだ屑拾いか。いいぜ、この裏通りに出してあるゴミは文字通りゴミ、誰がどうしようとどうでもいいぜ。ただし散らかしたり汚したりしたら承知しねえ」


 はーい、と可愛げのある返事をして目を付けていた瓶を両手に一本づつ掴み、足早に離れた。

 うーむ、「屑拾い」って職種? があるのかな。

 ゴミ収集業者かな。

 ちゃんと仕事としてやってるなら横から掠め取るとトラブルになりそう。


 考えた末、メッセージブロックで相談することにした。

 すぐに返信があるのは稀だけど、まあ急いでるわけじゃない。


『屑拾いってなに?』


 しばらく見つめていると、思いの外早く返信があった。


『屑を拾う人』


 判っとるわ!

 シェルリの字だなこれは。


『資格がいる?』


 しばらく間が合った。多分誰かに聞いている。


『ちょっと待て』


 あ、ベルレの字だ。

 受信の魔力を感知するのはシェルリが一番早いらしい。

 だから最初の返信はシェルリの時が多い。起きてるようで何より。

 待ってみたが表示が変わらないのでこれは明日以降かな。

 私はブロックを袋にしまって寝ることにした。



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