020 判断が早い
意外にも朝一番に起きるのは私だ。
文明を満喫した寝床から起き上がり、室内を見回すと全員まだ寝ている。
もっとも本当に眠っているかどうかは判らないんだけど。
グラディとベルレは王者の寝姿で仰向けにきっちり寝ている。
シェルリはマットレスと壁の隙間の絨毯の上で丸くなっていた。野宿の時は敷物の上から動かないのに広いと端に寄るのか。判るような気がする。
絨毯の上を四つん這いで歩き、窓際に寄った。カーテンを潜ると窓にはガラスが嵌っていた。私が知ってるガラスなのか魔物の素材とかなのかは判らないけれど、なんにせよ透明な板である。透明度は結構高い。
ガラス越しにメインストリートを見ると、大きな荷を積んだ馬車やさまざまな格好の人が行き交っていた。これから畑に行く風の野良着姿や大きな籠で食材を運ぶ人、店先で軽食を売る屋台等々。
うわあ、人の集落だ。当たり前なんだけど。
楽しく通りを眺めていたらグラディとベルレが起きてきたので、着替えて一階に下りた。バスルームで顔を洗ったり髪をとかしたり。
シェルリが起きないのでベルレとグラディが強制的に着替えさせ、担いで下ろした。今は客間のソファに放り投げられている。本当に朝が弱い。今は野外じゃないから気も緩んでるんだろうなあ。心ゆくまで寝て欲しい。
夕食の跡はすっかり片付けられていて、今は朝食がセッティングされていた。
えっ、寝てる間に階下を従業員が歩き回ってたってこと? ちょっと怖いんですけど。
と、思うのは私の感覚で、ベルレ達は当然のように受け入れていた。多分この二人は使用人が身の回りにいるのが普通の生活をしてたんじゃないかなあ。貴族だ。間違いない。
グラディは昨日のように暖炉でお茶を淹れてくれた。
暖炉は部屋を暖めるよりはお茶を淹れたりするためのコンロ用途がメインで、炭火っぽいのがちょこっと置いてあるだけだ。
今まで暖炉が欲しいほど寒くなった覚えもないから、このあたりは冷えるのかなと思ったら、上等な部屋には必須の設備らしい。「手紙とか燃やすだろ?」とベルレに言われたけど、そんな燃やさなきゃいけない手紙を受け取ったことなんて前世にもないから判らないよ。貴族文化か。
起きないシェルリは放置して朝食を食べ始めた。
パン、チーズ、ハム、ナッツ、切った果物という素朴なコールドミールだ。昼か夜に重点を置く食文化なのかな。
つかチーズじゃん!! 私の視線が釘付けに。
「アレアはチーズが好きなのか?」
「好き! 乳製品はみんな好き」
乳そのものをダイレクトにドリンクするのは味見程度で満足だが、加工品は大好きだ。
「ではルフィノに頼んでおきましょうか。いいのがあれば持ってきてもらいましょう」
無茶振りじゃないかな、大丈夫かな。でも楽しみだ。
食べ方は自由らしいけど、せっかくだからパンにチーズとハムを挟んで、サンドイッチにした。トースターでちょっと焼きたいところだよなあ。魔法でサッと炙りたいけど屋内でやれるほど自分に自信がない。
そう思ってたらなんとか起動したらしいシェルリが這うようにダイニングにやってきて、椅子によじ上った。両手で頭を支えてぐらぐらしてるところに、ベルレが横合いから無言で酒瓶を渡す。受け取ったシェルリが瓶を一気に煽り、息をついて完全に起動した。駄目な人だー!
その後はみんなシェルリの手のひらでパンやチーズを炙って食べた。こういう繊細な出力調整と範囲指定ができるのがシェルリのすごいところだと思う。本当に。
食後は私とグラディはドレスを買いにお出かけ。ベルレは部屋に残ってマジックバッグの構想、シェルリはベッドに戻って寝直していた。
軒下というかこれもアーケードって言っていいのかな、アーケードの下をグラディと歩いて行く。結構色んな店がある。専門店というより扱う品目の割合が違うだけで結局は全部雑貨屋のようだった。仕入れセンスが問われるんだろうか。
宿から一ブロックぐらい歩いた先に両開きのドアの店があって、そこが古着屋だった。
貴族家で処分された服のリサイクル品なんだけど、必ずハサミを入れて処分されるので、それをリメイクする技術やセンスが古着屋の腕の見せ所だそう。
じゃあこの世界の平民はみんな古着着てるのかというとそんなことはなくて、裁縫が得意な人は生地を買って自分で仕立てたり、お金を取って依頼で仕立てたりもする。機織り機を持ってたら布から作る。
そういう服は古着として流通するんじゃなくて、家庭内で年長から年少へお下がりとして着回され、最後は解いて別の服の接ぎになったり布巾になったり雑巾になったりと擦り切れるまで使われる。
やっぱり布は貴重なのだ。それでも想像ほどではない。綿とか麻とかバカスカ穫れるからなんですかねェ……植物系無双ってマジつえぇな。
センスに自信がないのでもうまるっとお任せして、サイズだけ測ったら後は窓際のテーブルセットでお茶とお菓子をいただいていた。美味しい。
少しだけ開いた窓から馬車の音や通り過ぎる人の話し声が聞こえる。
優雅だ……。
「……が新しい草を植えるって」
「あの前庭だろ? まあなんか植えろよとは思ってたけど」
「にしても薬草かよ。また変わったもん仕入れてきたな」
「前に腹こわして寝込んでからすっかり弱気になっちまって……」
おっさん仲間の内輪話って感じだ。そのまま通り過ぎていく。
私はバクバクと動悸が激しくなりつつも、カップ片手に横目でおっさん達の背中を盗み見た。三人連れ立っているうちの端の奴。多分そう。
私をロープで巻いて森にリリースしたマッチョおっさんだ。
私のダメ絶対音感がそうだと言っている。
はー? あの犯罪者、この村の住人だった?
それとも潜り込んでる?
いや犯罪者とは限らないか……いやいやでも商人をブン殴って、私を殺そうとした奴の一味じゃん? 犯罪者だわ。
えー……怖いより気持悪い。顔バレしてるしなあ。お互い様だけど。
グラディに相談しよう。
そんでみんなの用事が済むまで部屋から出なきゃいいんだ。
そう思ってたら。
「それではお泊まりの部屋まで荷物を運ばせていただきます、レディ」
シンプルかつ上品なお仕着せを筋肉で盛り上げながら、マッチョおっさんがドレスの箱を捧げ持って出てきて、私は変な声が出た。
お前さっき通り過ぎて行ったじゃん!
顔が強張った私に頓着せず、おっさんは頭を下げてグラディの後ろにつく。
ゲーッ。どうしよう。
私の様子がおかしいのに気付いたのか、グラディが私を抱き上げた。グラディはよくこうして私を抱っこするけど、私はそこまで小さくも軽くもない。つまりグラディの膂力が、すごい。周りの店員達が「あんな大きな子を軽々と……」という目で見ている。
目立ってしまった。別に目立たないようにしていたわけでもないんだろうけど、目立ちたいわけでもなかっただろうから、申し訳ない。
「疲れましたか? もうお部屋に帰りましょうね」
店員がドアを押さえている横を、堂々と退店する。その後ろをついてくるお仕着せマッチョ。目立つ目立つ。一ブロック程度で良かった。
宿に戻り、部屋まで歩いていると、途中でワゴンを押すルフィノさんと合流した。にっこりと笑って会釈し、そのままグラディはマッチョおっさんとルフィノさんを後ろにひき連れて部屋までくる。
ルフィノさんがすっと前に出て、ドアを開けた。グラディが当然のように通る。
グラディが私をソファに下ろすと、二階からまだ眠そうな顔のシェルリが下りてきた。良かった、服は着てた。
「グラディ……遊ぶなら風呂場でやれ。教育? に悪い」
「まあ、シェルリにしてはよい提案ですわ。いい肉付きですし、まあまあ楽しめそうですわね」
マッチョおっさんの運命が決まった。
と思ったけど、おっさんは気にした風もなく悠々と歩いてドレスの箱をテーブルに置き、お仕着せの上着を脱ぐとソファに放り投げた。
そしてそのまま流れるような動きで土下座した。
は、判断が早い。




