97話
「制服は、その者達は軍服は着用していたか?ベルトの色は何色だった?」
アイラさんが焦った様に聞いた。
来たのが味方なのか敵なのか制服では判別できない。
殿下は新しい制服を作る事は不可能だから、ベルトの色を変えると言っていたけれど
「ローブを、魔法使いがよく着ているローブを被った人が3人いた」
嫌な顔をしてウィンディアさんが答えた
「魔法使い…」
アイラさんは眉間に皺を寄せ考え込んでしまった
「空間の魔法は普通の魔力持ちには見破られない。けれど魔法使いとなれなば話は別だ。魔法使いの仲間なんていたか?」
アイラさんはフルフルと首を振り
「アタシが知る限りリシャール殿しかしらない…」
「なら急いでここを出た方がいい」
「今ならバレずにここを出る事は可能か?」
「アタシを誰だと思っている」
「失礼した。ウィンディア殿、指示を」
その後私達はアイラさんが隠した馬車まで走る事になった。
こっそり納屋を出てウィンディアさんが空間を閉じている間に、アイラさんを先頭に私、グレタが続き走り出す。
ゼィゼィゼィ…は、早い、アイラさん早すぎる。
息も絶え絶え走っていると、フト身体が軽くなった
「これで少しは楽に走れるか?」
後ろを振り返るとウィンディアさんが仕事を終え追いついてきていた
「ありがとうございます」
良かった。風魔法をかけてくれたのね。これで遅れる事なくアイラさんについていける。
走る事数分で雑木林の入り口に見覚えのある馬車と、近くに馬二頭が体を休めていた。
慌しく現れた私達に少し驚いた様子だったけれど、すぐに落ち着いてアイラさんに大人しく馬車に繋がれていた。
馬だとは認めないけれど、本当に賢い子達だわ。
「よし。2人共乗って。ウィンディア殿はどうされる?御者台になら乗れるが」
「私は…」
ウィンディアさんはチラッと目をやった先には、従魔の犬と鳥がじっとりとした目でウィンディアさんを見ていた。
「うん。私は別で行く。どこに行けば良い?」
「とりあえずこの雑木林を真っ直ぐ奥に進む。身を隠せる場所くらいあるだろ」
「わかった。アタシはお前らの痕跡を消しながら、後を追うから先に向かっておくれ」
「では後ほど。くれぐれもお気をつけて」
私達はしばしウィンディアさんと別れ雑木林を進んだ。
月明かりも無く、アイラさんもかなりスピードを落として馬車を進めている。
しばらく走り続け、ふと馬車は止まった
「凄いな。こんな所があるんだ」
アイラさんが呟く様に言った。
グレタといそいそ馬車を降りる。
そこには湖と言うには小さく、池より水が澄んでいて
「ここで休むのですか?」
フワフワと光る小さな虫が飛び交い、月明かりも無いのにうっすら光る神秘的な光景が目の前にあった。
「すごい…」
「ええ、凄いですねナディア様。ただ、私には何と言うか…少しだけ居心地があまり良くないのですが」
グレタがポソっと呟いた
「そうなの?」
アイラさんを見るとアイラさんも少しだけ顔を顰めていた
ならば何かよからぬ所なのかもしれない。神秘的過ぎて怖さすら感じる
「でしたら立ち去って別の場所に…」
ポチャン
最後まで言い終わる前にぷっぷちゃんが私の肩から降りて泉に入ってしまった
「ぷっぷちゃん⁉︎」
やっぱり水の生き物?ってそうじゃないわ。
皆んなが嫌がっている、よからぬ泉で水遊びなんて
「ぷっぷちゃん!すぐ出てちょうだい。置いて行っちゃうわよ!」
怒った様に言うと
「ぷぷっ」
いそいそと戻ってこようとするぷっぷちゃん。
いかんせん手足が短くて中々戻って来れないので、泉に手を入れ引っ張り戻す。
「アイラさん、グレタ、場所を移しましょう」
「あぁそうだな。そうしよう」
ぷっぷちゃんを小脇に抱え、急いで馬車に戻り泉を出る。
雑木林を更に奥へと進むと少し開けた場所に出た。
「ここでとりあえずウィンディア殿を待ち、この先へ進むか考えよう」
アイラさんの言葉に再びいそいそと馬車を降り、グレタに聞いてみた
「グレタ、どうかしら?よからぬ感じとかする?」
多分私には分かり得ない感覚の様なので、ここは素直に聞くに限る
「この場所は特に何も感じません。先程の場所は一体何だったのでしょう」
「何も感じないのであればそれで良いのよ。先程の場所はきっとよからぬ所だったのね」
私達はそこでウィンディアさんを待つ事にした。
きっとウィンディアさんなら探して来てくれるでしょう。
ホーホーホー、ギャギャギャ
夜に活動する鳥や動物達の鳴き声が少し恐ろしいと感じる。でもウィンディアさんはまだ来ない。
待ちくたびれたアイラさんは筋トレを始めてしまった。
来ると言っていたウィンディアさんが、来ない事にはどうにも動き様がない。
しばらくして筋トレを終えたアイラさんが
「場所を変えよう。この場所がわからないのかもしれない」
そうね。雑木林のどこでと言った訳ではないもの。
するとグレタが
「本当にわからないから来れないのでしょうか?もしかしてウィンディア様に何かあったのではないでしょうか?」
スカートの裾を握りしめ絞り出すような声で言った。
…それは私も考えていた。多分アイラさんも…
「アタシは以前聞いた事がある。リシャール殿の育ての親はとんでもない魔女だと」
アイラさんは来た道を見ながら呟いた
「コニーと兵士の宿舎を半壊させた時の部隊長が『まぁ、お前らはまだマシだ。昔俺がまだ見習いだった頃、この宿舎を1人で全壊させた魔女がいてな…それはもう恐ろしく強かった。
魔法使いが4人いても全く歯が立たず最後にエルザラン師がやってきて泥沼の死闘を繰り広げ何とか魔女を抑えてくれたが、俺は未だにあの光景を思い出す度チビりそうになる』
と言っていた。ちなみにその部隊長はアタシとコニーで戦っても当時全く勝てなかったんだ」
それは…凄まじい…アイラさんとコニーさん2人でも敵わない人がチビるって
「だから心配は…」
ズル…ズル…
何の音かしら?
私達が来た方角から聞こえる妙な音に思わずアイラさんの後ろに隠れた。