96話
納屋の中は農機具も何も無く、ひたすらだだっ広い空間があり真ん中に敷物があるだけだった。
明らかに納屋の大きさと中の空間の広さに誤差がある。
「ウィンディア殿、ここはどうなっているのか?明らかに納屋では無い…よな?」
アイラさんが不思議そうに呟く
「ちょっと空間を作った。中は安全だぞ」
ウィンディアさんがそう言うのであればきっとそうなのでしょうと思い、敷物へ向かおうとするとグレタが
「ウィンディア様、これではナディア様は寛いだり身体を休める事ができません!ソファも何もないではないですか」
「ナディアは公爵令嬢だったか?戦時中なのだから、少しは我慢せい」
私の目を真っ直ぐに見ながらウィンディアさんが言う。
そうね、戦の最中寛いでいる場合ではないわ
「いや、ウィンディア殿、ベッドをとは言わないが、せめてソファ位は置いて欲しい」
「そうです。ウィンディア様、ナディア様は虚弱体質な上に病み上がりなのです」
アイラさんとグレタが立て続けに責める様に言う
「そうなのか?」
ちょっとやめてほしい
「わ、私なら大丈夫です。これで充分なので」
敷物を指して言うと
「ナディア様は黙ってて下さい。ウィンディア様、ナディア様は魔力も持ち合わせていないので、一度体調を崩しても魔力を巡らせる治療もできません」
「足腰も弱いから軍靴履いただけで下半身プルプルさせて歩けなくなっていたんだぞ」
アイラさん!何故それを⁉︎
「ナディア様は虚弱な上に体力もないのです!ナディア様の身体の弱さを舐めないで頂きたいです!」
酷い。
皆んなそんな風に思っていたの?
「大丈夫なのか?そんなのが皇太子の婚約者で」
ええ。今、正に兵士達の間でそんな噂が蔓延しているのよ。
そして私はその噂をかき消したいの!
「アイラさん、グレタ、ありがとう。私は大丈夫ですわ。ベッドやソファが無くてもちゃんと身体を休められます。戦なのですから、贅沢を言う訳には参りません」
ずいっと前に出てニッコリ笑ってキッパリ言う。
私だってシャナルでは健康問題も特に無い普通の令嬢だったのです。何も無いから寛げないなんて事はありません。
「ウィンディア様、ナディア様の笑顔に騙されてはなりません。作り笑いがとてもお上手なんです」
「確かにナディアが笑顔で何か言ってる時は、大抵見栄張ったり強がっていたりするな」
2人共何て事を
「…あいわかった」
ウィンディアさんはそう呟くと手をスイッと動かしベッドを空間の中に出した。
「ナディア、悪かった。これで休めるか?」
「いえ!ですから、私大丈夫で…」
私がまだ話をしているのに、アイラさんとグレタにグイグイ押されてベッドに座らされる。
「ナディア、ここで体力を温存するんだ。どうしようもない時は私が担ぐけれど、両手が塞がって戦う事もままならないなんて事は避けたい」
ゴクリ…
そうね。走って逃げて私だけ体力不足で逃げる事すらできないなんてなったら、アイラさん1人ではどうにもならない。
グレタは弟子入りしたと言っていたけれど、本業は侍女。我が儘はやめて皆んなの言う事を聞こう。
黙ってベッドに腰掛けるとグレタが荷物を漁り見覚えのある物を取り出した。
ズボッ
「グレタ、持ってきていたのね…」
久しぶりに被らされた綿帽子に何故か安心感を覚えてしまった
「勿論です。ナディア様セットとしていつも持ち歩いています!眠る時以外は被っていて下さいね」
「…そうなのね。ありがとう」
お礼でいいのよね?
もう何が正しい姿なのかわからなくなってきたわ
「簡易食ならすぐ出せるから、今日はそれを食しもう休もう」
ウィンディアさんの言葉に皆んな頷き、出してもらった簡易食を食べる。
ラッサ隊の皆さんが作った物より味は落ちるが充分食べれる。
シャナルの野営食とは比べるまでもない。
食事も済みベッドに入るとぷっぷちゃんが潜り込んできた。桶も無いものね。
帽子を脱ぎながらふと思った。そもそもぷっぷちゃんに水を張った桶なんて必要なかったのではないかしら?
でも割と好んで桶に入ってたわよね。
一体何の魔物なのかわからないけれど、このぷっぷちゃんがいずれ人を襲う魔物になるとは思えない。
後ろ足の裏は真っ赤だけれど本当に魔物なのかどうか…
そんな事を考えながらうとうとしていたら、突然空間の中が点滅し始めた。
驚いて飛び起きると
「チッ!あれ程言うたのに」
敷物で横になっていたウィンディアさんが盛大な舌打ちと共に駆け出してしまった。
何?何?何事?
よくわからないけれど、何かが起こったに違いない。
急いで帽子を被りブーツ風軍靴を履く。
「ナディア、こっちに!」
アイラさんに手を引かれ空間の中央にグレタと3人で腰を降ろす。
「中央が1番安全だとウィンディア殿が言っていた。多分結界が破られたか何かしたのだろう」
ドキドキしてきた。
結界が破られたって一体…
「ぷぷっ」
相変わらず私の肩に乗っているぷっぷちゃんは再び目を閉じて、寝息を立てはじめた
やっぱりこんなに緊張感の無い生き物が魔物な訳ないわよね。
外へ駆け出したウィンディアさんは少しして戻ってきた
「すぐここを出る」
言いながら敷物をたたみ始めた
「こんな夜中に?」
アイラさんが非難する様に声を上げると
「母屋に誰か来ている。アタシの知ってる顔ではなかった」
瞬間アイラさんの顔色がサッと変わった