93話
馬車が進むにつれやっぱり殿下に言った方が良かったかしら?と言う気持ちが湧いてきた。
けれど私の肩で目を閉じて眠るぷっぷちゃんを見ていると、まぁいいかと言う気持ちになってくる。
しばらく走ると片付けられた瓦礫の山も無くなり収穫を終えた畑ばかりの景色が続く。
今日の温泉はどんな所かしら?身体はそんなに疲れていないし、怪我をしている訳ではないから、できればお肌に良い温泉だといいなぁ。
ツルツルスベスベしっとりなお肌になりたい。
更に馬車は走り続けお昼前には到着した。
馬車を降りす〜は〜と深呼吸する。
あぁ温泉の香り…1人幸せな気持ちに浸っていると
「ナディア様〜準備できました〜」
グレタが声をかけてきた。
若干張り切って馬車に戻る
「ナディア様!ここの温泉凄いです」
否が応でも期待値が上がる。
いつの間にか自分で軍服の着脱もスムーズに出来る様になった私は、馬車の中でサクッと脱ぎ薄布を羽織りぷっぷちゃんを肩に乗せグレタの元へ向かう。
ぷっぷちゃんを横に置き少し温めの湯で身体を流してもらい
「こちらです。こちら!」
興奮気味のグレタに手を引かれ岩で囲われた湯船にたどり着いた。
濁ったお湯は底が全く見えず、グレーかかったお湯
「私も初めてお目にかかります。泥風呂ですよ!」
え?泥なの?
泥の温泉って何?
私の想像を超えた温泉を前に固まっていると
「この湯の底に泥の様に温泉成分が沈んでいるのです。温泉成分のかたまりですよ!お肌の汚れを吸着ししっとりスベスベツヤツヤお肌ですよ!」
そ、そお?グレタがそこまで言うのだから間違いはないハズ。
恐る恐る足先から湯船に入る。
生ぬるい湯、底には泥…何とも言えない感触に眉を顰めているとズルッと滑ってしまった
「きゃー!!」
私についてきたぷっぷちゃんごとドプンと頭まで浸かってしまった
「ナディア様!!」
「何かあったか⁉︎」
湯船の近くで見張りをしていたアイラさんが飛んできて泥の中から引き上げてもらった。
「うばぁ〜…ゼイゼイ」
頭の先から泥まみれにになりながら、這い出る様に湯船から出ると、グレタがタオルで顔を拭いてくれる。
「あ、ありがとう…」
水や湯と違ってねっとりとした泥で危うく窒息するところだった。
一息つき周りを見回すと…いない。
「あら?ぷっぷちゃん?」
しまったわ!足を滑らせた時咄嗟にぷっぷちゃんに捕まって…一緒に…
「いやー!ぷっぷちゃん⁉︎」
「ナディア様⁈」
「ナディア⁉︎」
慌てて再び湯船に入り、今度は滑らない様慎重に底をさらう様にぷっぷちゃんを探す。
ムニッとした感触に咄嗟に掴み持ち上げると、手足をぷらりとさせたぷっぷちゃんが持ち上がった。
嫌よ!死んじゃった⁈必死にぷっぷちゃんにまとわりつく泥をこそげ落としていると、アイラさんが桶に水を汲んできてぷっぷちゃんにぶち撒けた。
「ぷ、ぷぷぷ…」
身体を震わせ返事をするぷっぷちゃん。
良かった、生きていたわ。
ほっとしてその場に座り込んでいると、馬の蹄の音が聞こえてきた。
「ナディア!ぷっぷに羽が生えたと聞いたんだが⁉︎」
殿下…もういらしたの?
駆け込んできた殿下は私の姿を見て
「うわっ!悪い」
そう言っていきなりUターンしてその場から立ち去った。
薄布一枚で頭から泥を被った状態はほぼ身体の状態もくっきりはっきり見えてしまっている。
「い、いえ。少々お待ちください」
うら若き乙女が裸同然の格好なのに乗り込んできた殿下が圧倒的に悪いけれど、一応謝っておく。
ぷっぷちゃんの羽の事言わないで来てしまったから。
グレタに泥を落としてもらい、ガウンを羽織りぷっぷちゃんを肩に乗せて殿下の所まで行くとリシャールさんと見知らぬ女性がいた。
女性の横には大きな犬らしき動物と更に大きな鳥が側にいる
「ぷっぷに羽が生えたと聞いて急いで駆けつけたんだが…」
殿下が話をしている途中で犬と鳥がいきなり騒ぎ出し、犬は尻尾を股の間に挟んで逃げ出し、鳥は飛んで行ってしまった。
「ウチの子が怯えて逃げちまったよ」
女性がそう言って近寄ってきた
「この子かい?」
私の肩にいるぷっぷちゃんを触ろうとした瞬間
「ぷーーっ」
珍しくぷっぷちゃんが怒った様に鳴いた。
怒った鳴き声も可愛い
「ぷっぷちゃんどうしたの?」
「んぷー」
遠くで犬が腰を引かせながらギャンギャン吠えて、鳥は上空を旋回しながら火を吹いている。
魔物…なのかしら?
「あー、ナディアちゃん。この人僕の育ての親で師匠のウィンディア。師匠、この人がナディアちゃん。殿下の婚約者」
「は、初めまして。ナディアです」
リシャールさんに紹介されたので挨拶をするけれど、この人がお金をせびりに来る師匠?
いついらしたのかしら?
育ての親と言うからもっと年配の方を想像していたけれど物凄く若いし色っぽい。
何て羨ましい
「こんにちはウィンディアよ。ウチのリシャールがお世話になっているわね。」
「いえ、そんな…こちらこそ大変お世話になっています」
何だ、いい人じゃないウィンディアさん。と思っていたら物凄く嫌な顔をして
「コレまだ幼体よねぇ…」
「ぷぷ…」
ジリジリと近づくウィンディアさんに、私の肩から頭にジリジリと逃げるぷっぷちゃん。
ぷっぷちゃん初対面なのにウィンディアさんが嫌いなのかしら?
「アタシの従魔が全く近寄れない。ちょっと失礼」
そう言ってぷっぷちゃんの首元をむんずと掴んだ
「ぷぎゃー」
殿下に鷲掴みされているより暴れるぷっぷちゃん。
大丈夫かしら?
「っと…本当に勝手に魔力吸い取るんだ」
すぐに手を離し私の肩に戻し
「リシャール、アタシの手にも負えないよ。エルザランなら知ってるんじゃないかい?」
「今は色々あって会えないよ。それより師匠、ぷっぷちゃんヤバい?」
「ヤバいねぇ。このナディア嬢に魔力は無いのだろう?聞いた事ないよ。しかも名前まで付けちゃって」
ヤバいって何?しかも名前付けてはいけないの?
誰もそんな事言ってなかったけれど
「ぷぅ〜…ぷぷっ」
甘える様に尻尾を私の腕に巻きつけスリスリしてくるぷっぷちゃん。
可愛い
「しかもベタベタに可愛いがって…アタシの子達見てご覧よ。近寄れないのに威嚇して…
アレじゃあコレが何なのか聞けるかどうか」
「あの、ぷっぷちゃんヤバいのですか?名前も付けちゃダメでした?」
「ダメって訳じゃないけど、付けたが最後死ぬまで離れらんないよ」
何ですって!