90話
あれから5日寝込んだ後、熱も引き一昨日から家の中だけだけど日常生活にも戻れた。
「ねえ、ぷっぷちゃんなのだけど、ちょっと大きくなったわね」
「ナディア様…申し上げにくいのですがぷっぷちゃん、ちょっとではなく、大分大きくなられたかと」
ちっとも申し上げにくくなさそうにエアリーが言った。
そう、ぷっぷちゃんは私が寝込んでいる間に、縦にも横にも倍近く大きくなってしまった。
魔物ってもしかしたら成長が物凄く早いのかしら?
「桶がちょっと狭そうね」
「今アイラさんが大急ぎで作ってくれてますよ。ただ、あまり大きくなってしまうと、この部屋には置けないかもしれないですね」
私の髪を整えながら髪飾りを選ぶエアリー。
今日は久しぶりに村の中央にある本部へ行く事になっている。
元気になった私は兵士の皆んなにおめでたではないとアピールしにいくのだ。
一応殿下から言ってはくれたみたいだけれど、一応ね。
正直に言えば行きたくはない。
身体が弱くセンスの悪い他国のふしだらな女が、帝国の皇太子妃になるなんて、と言う目で見られるかと思うと怖くて足がすくむ。
でも少なくとも、ふしだらだけでも取り消さないと。
「さぁナディア様、お召し物をこちらに用意しましたので」
髪を整えた後衝立の後ろへ行くと
「まぁ!このワンピースは…」
山吹色のワンピースは殿下達が命懸けで購入し、セラさんやグレタ達が命懸けで持ち帰った物。
そっと足を差し込みエアリーに手伝ってもらいながら袖を通す。
「まぁ、ナディア様。サイズも丁度良く仕上がってますね。よくお似合いです」
グレタがお直ししてくれたワンピース…病気で寝込んでいたのに、丁度良いサイズってどうゆう事かしら?
でもこのワンピース裾に薄いベージュの刺繍がしてあってとても可愛い。
目立たない様でいて素敵なアクセントになっている。
殿下はどの様な顔でこのワンピースを選んで下さったのかしら?何だかおかしくてクスリと笑ったら
「ナディア様、何ですか?」
「いえ、何でもないわ」
「そうですか?てっきり殿下の事で思い出し笑いかと思いましたのに」
⁈
「な、何故そう思うのかしら?」
「ナディア様、普段あまり表情に出されませんが、殿下とご一緒している時たまにその様に微笑まれていらっしゃるから。さ、お支度もできました。参りましょう」
「え、ええ、そうね。参りましょう」
嫌だわ。
私はもしかしたらいつもニヤついた顔でと、殿下に思われていたのかしら?
思えば初めて殿下にお会いした時から、私はまともな格好でいた事がなかったわね。
曲がりなりにも公爵令嬢なのだから、ここは殿下だけでなく他の兵士達にも、私は立派な淑女である事をお見せしなければ。
気合いを入れ顎を引き静々と歩く。
ここは決して下っ腹に力など入れてはいけない。
今日はエアリーと護衛はコニーさんが来てくれる事となった。
薄曇りの日で良かった。
雨が降ったらワンピースも靴も台無しだわ。
それにしても何だか人が多い。
不思議に思っていると
「5日前にテオドール村から第一陣、昨日第二陣が到着しているのよ」
とコニーさんが教えてくれた。
お水が毒に侵されているから、とりあえずこちらのハイドン村に呼び寄せたらしい。
本部に着き扉を開けてもらい中に入ると、皆んなが一斉にこちらを見るのが分かった。
ほほほ。
みなさんどうかしら?私の真の姿を見て認識を改めて欲しいわね。
「ナディア様よくお似合いですね」
人混みをすり抜けてラッサ大尉がやって来た
「ありがとう。ラッサ大尉。殿下はどちらに?」
「レディ。ご案内いたしますよ」
くぅ。流石紳士なラッサ大尉。
流れる様な所作で私に腕を出しエスコートしてくれる。
元コックとは思えないエスコートぶりだわ。
殿下にぜひ見習って頂きたい。
扉をノックし中に入ると
「来たのか。ちょっとそこに座って待っていてくれ」
殿下はこちらに目をやる事なく、何名かの兵士と話合ってる。
何だかとても憎たらしい気持ちになってくるわね。
しばらくして話し合いの終わった殿下がこちらにやってきた。
「悪い、待たせた」
そう言って席に着くと続いてラッサ大尉、リシャールさんも席に着いた。
「ナディア、身体の調子はどうだ?」
「おかげさまで良くなりました」
「そうか。無理はするなよ。じゃあ本題に入る。まず、ナディアの妊娠説は否定しておいた。今後各々の発言には気をつける様に」
あら?殿下、私のワンピースはスルー?
「次にナディアの従魔なんだが、リシャール説明してくれ」
何だか私1人ワンピースで浮かれていたのかもしれない。少し悲しい気持ちになっていると
「ぷっぷちゃんなんだけど、ナディアちゃん寝込んでいる時、僕の天幕に連れて行ったんだよね」
「え?いつですか?」
一瞬で私の頭の中からワンピースを褒めてくれなかった件が消えた。
「え、初めてぷっぷちゃんに会った時?」
何故疑問系なの?
「だって寝てるナディアちゃんの横で研究するのダメだってみんな言うから」
そうね。みんなよく止めてくれたわ。
夜中目が覚めて、横でリシャールさんがぷっぷちゃんを調べているとか怖すぎだわ。
「コホン。それで何かわかりましたか?」
「うん。ぷっぷちゃんすごいよ!小さい桶に入れて天幕まで持って行ったんだけど」
ゴクリ。ぷっぷちゃんどう凄かったのかしら?
「テーブルに置いたら、いなくなっちゃったんだよ」
逃げたの?でも今朝いたわよね。私のベッドサイドに
「逃げられたのか?」
眉間に皺を寄せた殿下が聞く
「逃げたって言うか、目の前で桶の中からパッと。で、ビックリしたんだけど、もしかしてと思ってナディアちゃんの家に行ったら…」
「いたのか?」
「そう」
するとコニーさんも
「あの日、リシャールさんが小さい桶にぷっぷちゃん入れて持ち帰ったの私も見たわ。
しばらくしてリシャールさんがぷっぷちゃん帰ってきてない?って聞くから、ナディアちゃんの所見てみたら桶の中で寝てたわね」
……怪奇現象かしら?それとも魔法的な何かかしら?
私にはわからない事だから黙っていると
「それはちょっとマズイですよ。殿下…」
ラッサ大尉が心配気に言っている横からリシャールさんが
「ぷっぷちゃん上位の魔物かもね。瞬間移動できる魔物なんてそうそういないし」
あんなに可愛いぷっぷちゃんが上位の魔物?
全くピンと来ない。
考えてみたら私は魔物を見た事ないわよね。
もしかしたら魔物ってあれくらいの大きさが普通で、案外怖い見た目ではないのかもしれない。