87話
俺がナディアと別れて行動をして僅か10日程。
少し延びたが、誤差の範囲なのに色々ありすぎだ。
歩いていた兵士にセラの執務室を教えてもらい、ソファに転がしてから会議室に戻る
「大分顔色が戻ってきたか。その…すまなかった」
「いえ、大丈夫ですよ」
ハハハと笑いながらラッサは返事をしたが、よく見ればラッサの目の下にはものすごい隈ができている
「そうか。で、セラのあの状態は…」
「殿下。話を遮る様で申し訳ないのですが、今はセラ殿より先ずはナディア様です」
思わず俯いていた顔を上げた
「まだあるのか?」
従魔の契約だけじゃない?
「はい。ナディア様は噛まれてすぐに調子が悪くなりまして…」
「何だと?」
「うわわ、殿下、お願いですから落ち着いて聞いて下さい」
そうだな。少し落ち着こう。そうしよう。
目の前にあるお茶に口をつけた
「…続けろ」
「はい。サウル医師が診察をしたのですが、微熱と食欲不振、後は倦怠感やら眠気だったのですが、その…軽口で…」
「軽口?」
「ええ…軽口で、その、妊娠初期の悪阻みたいだと言った様で…」
「ははっ。バカバカしい軽口だな」
「ええ…そうなんです。そうなんですが…侍女達が勘違いをしまして…」
「勘違い?まだ婚姻もしていないのに?」
、
「ええ。殿下、ナディア様と最初にお会いになった日、正式な婚約を交わした日に一晩ご一緒でしたよね?それでだとは思うのですが」
「なっ⁈」
確かに一晩一緒にいたが、それどころではなかった。
特に説明するまでもないと思っていたのだが…
「侍女達の誤解はすぐに解けたのですが、たまたま通りかかった兵士がそれを聞いていまして…」
何というか…
後から後から怒涛の様にロクでもない話がラッサの口からでてくる
「兵士達に広まったのか?」
帰還した時あんなに祝福されたのはそんな理由か…
「はい…面目次第もない…」
「ナディアにすぐ誤解を解く様に言えば…」
「ナディア様の具合はその後更に悪化しまして…」
「そんなに悪いのか…大丈夫なのか⁈」
ラッサは一度目を伏せた後、まっすぐに俺の目を見て言った
「熱は高いですが、ナディア様の意識はあります。そして熱はナディア様が魔物に噛まれたからだと思ってはいるのですが…
正直従魔の契約について知らない事の方が多いので、侍女達以外私とセラしか知りません。
サウル医師にも伝えておりません。それを話すと従魔の契約に話が行きますし…」
ラッサの話振りから苦悩の跡が窺える。
相当悩んだのだろう。
それならば…
「リシャールは何と言っている?正直俺も従魔についてそんなに詳しい訳じゃない。リシャールなら…」
「あ〜…リシャール殿ですが…」
ラッサは一度言葉を止め、虚ろな目になって言った
「…ストライキ中です。昨日から城壁造りもやらず、引きこもっていて外からの接触もできず非常に困っています。従魔の件以外にもセラ殿の毛穴についても聞きたいのに…」
毛穴ってなんだ…
何なんだ。一体…
脱力感でいっぱいになってきた
そうか…セラは心労であの状態になったのかもしれない
俺は今回の王都行きで、思っていた以上のハプニングやトラブルがあったと思っていたが、こっちは更に酷い。
「とりあえずナディアの所に様子を見に行こう…」
ラッサにガッツリ腕を掴まれた
「お願いです、殿下。このままではラッサ隊全滅の危機なのです。どうかリシャール殿の説得を先に!」
くそっ…これで『病気の婚約者の見舞いを後回しにた』なんて言われたらどうしてくれよう。
挙句ナディアの方から婚約破棄なんてされた日には…
仕方ない。とっととリシャールを働かせてナディアの所に行こう。
俺とラッサは取り急ぎ馬でリシャールの元に向かった
「リシャール殿、お待ちかねの殿下ですよ〜」
「おい!リシャール⁈いるんだろ!とっととここを…」
バサリと天幕が開いたと思ったら
「ディラン!お前は僕を殺す気かー!」
いきなりリシャールが飛びかかってきた。
難なく避けたせいで地面に激突していたが、まぁリシャールだから大丈夫だろう
「いだだだっ!何で避けるんだ!」
「いや、危ないと思って」
「うるさい!一発くらい殴らせろ。ふざけんな!あんなバカみたいな城壁こんな短期間で造れる訳ないじゃないか!」
髪の毛はバサバサで目を血走らせ、魔物の様な形相でリシャールが叫んだ
「そうか?俺はリシャールなら出来るんじゃないかと思ったんだ」
「え?」
横でラッサが驚いたのが分かった
「リシャール程の魔法使いなら出来ると思ってたんだ。無理をさせて悪かった」
しおらしくそう言うと
「あ、いや、できるよ?できるんだけどちょっと人手が足りないって言うか、魔力も足りないって言うか、睡眠時間が足りないって言うか、ま、まぁ頑張るよ」
「流石リシャールだな。飛びかかって擦りむいた所は大丈夫か?」
「あぁ。これくらい何ともないさ。いやぁ、こっちこそ悪かったよ。僕にこんな大仕事させて、自分は子作りしてたのかよって思っちゃって」
ちっ!リシャールまで知っているとは…
いや、待てよ
「それは誤解だ。ナディアは妊娠なんてしていない。それより、王都でリシャールの子供ってヤツに会ったぞ」
「…はぁ?」
「母親はエルザランのむす…」
「リ〜シャ〜ル〜みぃ〜つ〜け〜た〜」
⁈⁈
振り返ると同時にショーンがリシャールに殴りかかった
「ギャー!や、やめっ、た、すけて」
正にボコボコと言う言葉がピッタリなパンチを繰り広げるショーンを、ラッサとショーンを連れて来たハリーとで止めに入った
「何してるんですか!」
「ショーンまて!待つんだ!」
「放せー!」
何だ…
この修羅場は…
俺はいち早くナディアの所に行かなければならないと言うのに…
「うぐっ…」
「んがっ!!」
「ディ、ディラン…」
「…」
やり過ぎたか?
とりあえず魔力を解放してみたら、白目を剥いたハリーが転がった。
まぁ大丈夫だろう。
今ここにショーンを連れて来たハリーが悪い
「じゃあ俺はこれからナディアの所に行く。リシャールは俺と一緒にこっちの馬に。ラッサ、案内頼む」
「な、何で僕が⁈今見知らぬ人に殴られた事は⁈」
「で、殿下…鬼とか悪魔だったのですね…」
「失敬な事を言うな。さぁ早く立て」
ヨボヨボになっているラッサとリシャールを駆り立て、馬でナディアの住処になっている所まで案内をさせた