83話
「ほぅ。結局2人で来る事になったのか」
銀髪の青年が入ってきた。
座ったばかりの椅子からほぼ同時に立ち上がり戦闘態勢を取ろうとしたが
「あぁ、今戦闘する気は無いから」
手を振りながら男はそう言った。
警戒して戦闘態勢を解かないハンナ。
目の前の男は向かいの椅子に腰を下ろした。
この男の心は先程のカルロス氏同様全く読めない。
魔道具か?
「バートンさんお知り合いで?」
目の前の男の威圧感に戦闘態勢を解けずにいるハンナ
「いや、知っていると言うか…」
浅黒い肌に灰色の瞳、銀色の髪。
南東にある大国マルゴロードの国民はこの様な容姿をしている。
何故ここでマルゴロードが…
「そっちの坊主は俺の国を知ってそうだな。お前がハリーか?」
俺の目を見て、見定める様に口を開いた
「いえ、見聞きした事があるだけです」
冷静に答えたが、マズイ。
ここで身分がバレたら面倒臭い事この上ない
マルゴロードとは離れていたからあまり気にはしていなかったが、神聖教国とずっと繋がっていて、敵に回したらマッサーラよりタチが悪い
「私がハリーよ。今はハンナだけど」
「ほぅ。ドレナバルも随分と変わったな。王家に携わる者の側近の側近?に女装趣味な奴がいるとは」
喧嘩を売っているのだろうな。
頼むぞハリー、今はマズイ。買うなよ、頼むから。
俺の願いを汲んでくれたのか
「女装するとみんな優しく教えてくださるのですよ?貴方も一度やってみるといいわ。やり方教えてあげるから」
一瞬呆気にとられた男は
「ハッ、ハハハッ。なるほど、その内に頼むかもしれんな。うん。よし!気に入ったぞ。ハリーと言ったか、俺の所に来い。その横の男も一緒で構わない。ドレナバルはもうすぐ終わるぞ?」
⁈なんだと
「えー、お父さんお母さんから、知らない人に着いて行っちゃダメって言われてるの」
可愛いらしい言い方と裏腹にハンナの目が全く笑っていない。
「あぁ、悪かった。俺の名はバシュール。バシュール・ド・マルゴロード。マルゴロードの第四皇子だ」
!!
とんでもないヤツが出てきた。
第4とは言え皇子か…
「えー、信じらんない。普通皇子様って1人でこんな所ふらふらしてないでしょ?」
「1人ではない。おい、入ってこい」
入ってきた扉からビサック父子が、別の扉から騎士らしき男達がゾロゾロ出てきた。
これで退路は絶たれた。
唯一出れるとしたら、ビサック父子が入ってきた扉だが、魔法使いを名乗ったショーンがいる。
俺の魔力でどれだけ足止めできるか…
「あら、私達拉致でもされるのかしら?」
ハリーの話し方に周りの騎士達が苛立っているのが判る。
「いや、出来れば進んで着いてきて欲しい。無理矢理なんて事はしないさ。この国の事を良く知る手駒は多いに越した事はない」
手駒ね…しかもこの状況で無理矢理ではないと言うか。
「でもぉ、私達一応殿下の部下だから、何も言わずに居なくなったら心配するわ」
ハンナの喋り方かよっぽど嫌なのか、後ろに控える騎士達がヒートアップし始めた
「ハハハッ、お前の言う殿下とはディラン・ビィ・ドレナバルの事だろう?頭と身体が弱いと我が国でも有名だぞ。側近は違う様だが」
またか!一体俺の噂はどこまで行っているんだ⁈
ハリーは唇をとがらせ
「えー…バートンさんどうします?」
そう言って俺の腕に腕を絡ませ、離れない様魔法で繋いだ。
ここまでか…
立ち上がり魔力を解放すると、パキ、パキ、と先程カルロス氏から聞こえた音があちこちから聞こえてきた。
ダメだ。
まだどこかで押さえられてる。
マルゴロード側は殿下を始め騎士達も蹲り気を失っている者が殆どだ。
反対側のビサック父子を見るとカルロス氏は既に倒れ扉を塞ぐ形で気を失っている。そして息子ショーンは立膝になり片手を上げ俺の魔力を防いでいた。
なるほど、あんな防ぎ方もあるのだな。
魔力で負けたくないと言っていただけの事はある。
これ以上ここに、王都にいるのは危険だ。
魔力をさらに解放しショーンが気を失っているのを見届けてから気絶したハリーを担いで窓から飛び出した。
少しクラクラするが、意地で騎士達が乗ってきたであろう馬を2頭頂きそれに飛び乗る。
しばらくするとハリーがモゾモゾと動き出したので
「気分はどうだ?」
「あ〜最悪。吐きそう」
女のナリはしているが、立派な男を横抱きをして馬に乗せてやる義理はないので、馬に放り投げる形で相乗りをしている。
さぞ苦しかろう。
「バートンさん、基本人に優しくないですよね」
ムクリと頭だけ上げハリーはそう言った
「何故だ?お前を連れて逃げただろう」
「普通は背負ったり、前に乗せ自分にもたれかからせて乗せますよ。以前ナディア様の事も担いでましたよね?」
ぐっ…確かに
「とりあえず一旦止めて下さい。降りたいです。吐きそう」
道から少し逸れた所で馬を止め、ハリーを下ろす。
顔色はまだあまり良くないが、自力で木の根本まで這って行きもたれかかった。
無言でエールが入った瓶を渡すとハリーはガブガブ飲みながら
「な〜んでマルゴロードの皇子がいたんすかね〜」
「ドレナバルはもうすぐ終わるとも言っていたな」
どちらともなく無言になった。
思っていた以上にこの国がヤバい事は分かったが…
夜明けの開門を待ち王都を発つ事になった。
商人カードのおかげですんなりと出る事はできたが
「どうします?」
「途中で撒く事が出来れば一番なんだが」
「撒けそうな所当分無さそうですよ」
俺達の後ろから明らかにつけてくるヤツがいる。
が、ここは開けた牧草地帯、見渡す限り草と低木しかない。
だからこそ追手に気づく事ができたのだが、それにしても下手くそな尾行にも程がある。
「アレはショーンですかね?」
「間違いなくショーンだな」
用があるなら話かけてくるだろうと思い、放っておいたのだが、一向に話しかけてくる様子はなく、付かず離れずの距離を保っている。
俺達が最終的に何処に行くのか探っているのだろう。面倒な事になったな
「街道沿いで商人カードを処分した後じゃないと、魔力で気絶させてもまた着いてきますね。あの分だと」
そうなのだ。
目を血走らせ必死に追ってくるショーン。
一体何がヤツをここまで駆り立てるのか…
「街道に行ってから考えよう」
「またそんな適当な…」
俺達は全力で馬を進めた