82話
「爺さん、お客さんだよ」
古書の修繕をしていたらしい人物は顔を上げあからさまに面倒くさい顔をした。
「みなさん案内してくださってありがとうございました。もうここまでで大丈夫ですわ」
「え?でも…」
ハンナはここまで案内してくれた司書達をとっとと追い返し爺さんの前に腰掛けた
「ねぇお爺さん、ちょっと教えてもらいたい事があるのですが」
チラリとハンナを見た後、再び手を動かしながら
「なんじゃ」
少しだけ頬が赤いのは気のせいだろうか?
「昔エル・シッドと言う人物の物語本が図書館にあったと思うのだけど」
途端に顰めっ面になった爺さんは
「あぁ、あったな。お偉いさんがやって来て、焼却すると言って持って行ってしまったが」
やはりあったのか。
ハンナと目を合わせ頷く
「本当にあった話なのでしょう?何故破棄されてしまったのかしら?」
「エル・シッドはやり過ぎたんじゃろ。最初は本当に悪どい貴族や商人を狙っていたみたいで、どの家に入り何を盗んだとか面白おかしく書かれた本が出されていたが、それ以降パッタリじゃ。それまで出された本も、って事じゃろうな」
「まぁ、それはいつの話なのかしら?」
ハンナは爺さんの横に回り込んで、身体を密着させて質問を続ける
「う、あの、エル・シッドか?20年以上前の話だな」
「あら、では本の破棄も?」
今度は顔を覗き込むようにして尋ねた
「ほ、本はもっと後だったな。10年位前だったか…」
爺さんの頬がどんどん色づいてくる。
爺さんの心臓は大丈夫だろうか?
「お爺さんはエル・シッドを見た事はあるの?本も読んだのかしら?あとは…」
結局ハンナの矢継ぎ早の質問に答えている内に爺さんはいきなり鼻血を吹いてしまい、俺達は図書館を後にした
「結構収穫ありましたね」
エル・シッドが現れたのは約20年程前、派手な金髪に義賊的な行為、突如姿を消し伝説だけを残す。
ここまではハリーが聞いてきた話と概ね一致していた。
ただ、エル・シッドが行動を起こす度書籍が出版されていたのは驚きだった。
本人か、ごく近しい人物が出していたと思われる程正確な出版物だったらしい。
それも約10年程前に没収、焼却されてしまったが。
「そうだな。ただ、爺さんにはちょっと刺激が強かったんじゃないか?」
「え?あ、嫌だわ。バートンさんったらヤキモチなんて」
「なっ⁈バカな事言うな!俺はだな…」
「あははは、冗談ですよー。でも今の動揺っぷりはナディア様誤解しちゃうかもね」
「誤解も何もある訳ないだろ!あ、」
「バ、バートンさんもっと、平常心を保った方がいい、ですよ」
くっ…全くもってハンナの言う通りだ。
この所昔の様に平常心を保てていない気がする。
たまたま周りに人がいなかったから良かったものの、最近うっかり魔力漏れを起こす事が増えた気がする。
気を引き締めよう
「バートンさんこの後どうします?商会へ戻るにはちょっと早いですよね?」
確かにそうなんだが1番聞きたかったエル・シッドの事は爺さんから概ね聞けた事だし、結局街をブラついてから商会へ向かった。
少し早目に着いたせいか、家の中にカルロス氏はおらず、ショーンが出迎えてくれた。
「やぁ、早かったですね」
「あら、ご迷惑だったかしら?」
「いえ、そうゆう意味では…あ、お茶淹れますね」
3人無言でお茶を飲む。
このショーンと言う男、父親がいるのといないのとでは存在感や雰囲気が大違いだな。
今朝会った時の優男はどこへやら…寡黙で愛想のカケラも無い男がそこにいた。
「今日、あなた達がこの家を出た後、父の身に着けている魔道具が壊れていたのですよ」
徐にショーンが口を開いた
「え?どこかにぶつけてしまったのですか?」
「いえいえ、そんな簡単には壊れないんですけど…どちらかに魔力が膨大にあるのかな?と思って」
言いながらショーンは俺の顔をジッと見つめた
「えー私もバートンさんも人よりちょっと多い位で普通ですよ」
「そうですか。僕の取り越し苦労なら別にいいのです。ただあの魔道具を壊す程の魔力をお持ちの方がいるなんて考えたくないなと思って」
見てる見てる。
俺に穴が開きそうだが、素知らぬ顔でお茶を飲む
「何故ですの?凄く高価な魔道具なのかしら?」
ハンナはハンナで素知らぬ顔で話を続ける
「僕、こう見えて魔法使いだったりするのでね、魔力で負けるなんて考えたくもないのです」
やっぱりか…もしやとは思ったが
「え〜凄い!魔法使いだったのですね。ぜ〜んぜん気付かなかった。魔力沢山あるのですね!」
おい、ハンナ…やり過ぎじゃないか?
「ふん。わざとらしい。でも、そうだね。僕より魔力が多いなんてエルザラン師位しか思い当たらないよ」
⁈随分大きく出たな。
「だって僕は…」
「やぁ、お待たせした様で申し訳ない」
バーンと扉が開きカルロス氏が入ってきた
「父さんおかえり」
「おいおい、ここはお前の家であって儂は一応客人だぞ」
「え〜いいじゃないか。ここも父さんの家って事で」
何なんだ…この変わり身は。
先程までと大違いだ。
「早速ですが、外に馬車を待たせております。さぁ参りましょう」
カルロス氏に促され外に待たせてある馬車に乗り込む。
四頭立てのヤケに立派な馬車は王家の馬車にも引けを取らない乗り心地で、会わせたい人物とはもしや他国の王族ではあるまいな?と言う疑問が湧いてきた。
到着したのは西地区と南地区の境にある古びた一軒家。
中に入り応接間まで誰に会う事もなく部屋の中に案内された。
調度品は中々の物が設えてあり、奥にもう一つ扉がある。
ハンナを見ると流石に緊張気味で、忙しなくあちこちにさりげなく目をやり脱出経路を探っていた
「もう直ぐお越しになるかと思いますので、どうぞ掛けてて下さい。お茶の準備をして参りますので」
そう言って父子は部屋を出てしまった。
ここに来たのは失敗だったか…どうにも様子がおかしい。
何も2人で部屋を出なくてもと思った瞬間、もう一方の扉が開いた。