7話
翌日目が覚めてビックリした。
髪の毛が爆発していた。
昨日の大浴場の石鹸が私に合わなかった様だ。
朝から侍女達がキャーキャー言いながら髪を整えてくれた。
その後身支度、美味しい朝食とスムーズに進みいよいよ王妃様に色々と教わる。
とりあえずサロンでお茶会をし私がどの程度できるのかを見ていたようだけど、概ねマナー等違いは無い様で合格点を頂けた。
王妃様に初日の無愛想さは無くごく普通に接してもらえた。親しげかと聞かれたら疑問符だけれど、こんなものよねぇ。と言う感じ
昼食を挟んでドレナバルの貴族の系譜から始まり現在の役職、力関係になってくると私の頭の中がパンパンになってきた。
ただ、シャナルと違い王侯貴族の数は国土に比べてそんなに多くない。
それでもシャナルより多いのだけれど。王妃様いわく
「ドレナバルは急拡大した国だから、貴族の数は元々の数からさほど増やしていないのです。広げた国土も元々のドレナバルの貴族達に治めさせる事で辛うじてバランスをとっている状態だから」
と言う事だった。
「未だドレナバルは安定した政は行われていないと言う事なのですか?」
「そうね。この王都周辺の以前からドレナバルはそうでもないけれど、北西部の辺り以前ポストナー王国だった所から西側は中々難しいわね。他にも色々と色々と色々あるし」
「色々が沢山あるのですね。
以前ポストナー王国?今はないのですか?」
自分で言ってハッとした。王妃様も同じ事を思ったようで2人目を見合わせる。
「リゼル地図を持ってきてちょうだい」
王妃様の侍女ははいただ今と直ぐ近くの棚から地図を持ってきた。
「ナディアの知識ではどの辺りがドレナバルになっているのかしら?」
侍女が持ってきた大陸の地図を見て驚いた。
私の知っているのとは大分様相が違う。
「王妃様、これが今現在の大陸の地図なのでしょうか?私がシャナルで学んだものと大分違うのですが…ポストナーもそうですが、イグリッチ共和国もないですし」
「何て事でしょう。イグリッチは30年以上も前にポストナーに滅ぼされてもう無いし、そのポストナーも20年程前にこのドレナバルに制圧されたのよ。」
イグリッチとポストナーは300年以上前からずっと戦いと和平を繰り返し両国共どんどん疲弊し貧しくなっていた。
王妃様によるとその時北の大国マッサーラがポストナーに手を貸しイグリッチは破れたとの事。
ただマッサーラの手を借り勝ったポストナーはイグリッチの残党をコントロールできず、時のポストナー王はイグリッチの反対勢力や疑わしいだけの国民を片っ端から虐殺し始めた。
イグリッチの国民は自国を捨て隣国ドレナバルに大量に逃げ込んできてドレナバルとしては参戦せざるを得なかった。
何とかポストナーを制圧するのに10年近くかかってしまったが、ポストナーと旧イグリッチを傘下に収め不本意ながら大国から超大国となってしまったのが20年程前。
陛下は当時まだ皇太子だったがすでに王妃様と結婚していた為敗戦国との政略結婚は免れたそうだ。
ただ男子がいなかった為側室を何人か持たされたらしい。
因みに2人は非常に珍しく恋愛結婚だと侍女ジゼルが教えてくれた時に王妃様は真っ赤になっていた。
可愛いらしい。
それにしてもシャナルは何故30年以上前の地図を使用していたのだろう。
そもそもシャナルが鎖国状態だったのも衝撃だった。
疑問が顔に出ていたらしく
「ナディアの疑問も分からなくはないけれど、私の知識では元々シャナル王国はこの大陸でもかなり特殊なのよ。」
王妃様曰くこの大陸で幾つもの国が興り消えていった中で国名と大体の位置が残っているのはマッサーラとドレナバル、南東に位置するマルゴロードそしてシャナル。
大陸の中では消えてはまた同じ国名で復活する国はあれど同じ場所で拡大も縮小もする事なくずっとあるのがシャナル王国だと言う。
確かにシャナルは背後と左右に高い山々に囲まれて前面に細長い湖となっていて攻め込むのはかなり難しく、またそうまでして欲しい場所ではない。
シャナルはシャナルで自国の中で自給自足できてしまい、他国と敢えて交流しなくても何の問題もなく色々取り残されながらも暮らして行ける国、と言う事らしい。
話だけ聞いていると何てのんびりとした国なのでしょうと思う所だけど、それが自分の生まれ育った国だと聞いたら大丈夫かしら?と思わざるを得ない。
「だから、ディランの花嫁をいくつかの国に打診した時シャナル王国からナディアのお話が来てとてもビックリしたのよ。」
にっこり微笑んで王妃様が言った
「あのっ、その事なのですが、ドレナバルの貴族からとか、お話はなかったのでしょうか?その、、非常に申し上げ難いのですが婚約解消もあったと伺ったので…」
婚約破棄には触れられなかった。
けれど、この結婚の1番知りたい事を聞く。
王妃様と侍女は顔を見合わせた後に
「今私の口からは、、」
と口をつぐんでしまった。
何故…
そして今日の王妃教育はこの辺でとお開きになった。
だからどうして…
何だかモヤモヤする。
やはり暴力男、嘘つき、凄く臭い、酷い浪費家、髪の毛が無いとかだろうか?
夕食も終えあとはのんびり自室でのひと時、眉間にシワを寄せ考え込む私に
「ナディア様、本日もお疲れでございましょう。大浴場はどうなさいますか?」
「行きます」
即答ですよ。
考えても仕方ないとわかっていてもこのスッキリしない気持ちは大浴場で洗い流すしかない。
今日はグレタが付き添ってくれるらしい。
わ
来賓用大浴場へ向かい歩いているとグレタの荷物に目がいった。
「グレタのその手にある荷物は入浴する為のものかしら?」
「はい。タオルや石鹸、薄布等です。あ、石鹸は髪に優しい特別な物をご用意しました」
ほんの少し罪の意識を感じた。
昨晩勝手に使用人用大浴場に行きそこの石鹸で髪を洗ったのは私だ。お陰で朝から侍女達にいらない仕事をさせてしまった。
次はあの荷物を持って行こう。
来賓用大浴場は今日も貸し切りで、それはそれで気持ちいい。
浅いバスタブに仰向けになり髪を洗ってもらっていて思った。
そうか。シャワーの時アイラさんが教えてくれた髪の洗い方はこれと一緒だ。
1人で洗える様に、と言う事は…
次に身体を洗う時マットにうつ伏せになって洗われた。
ダメだわ。
これでは1人で入浴する時の参考に全くならない。
仕方ないので
「ねぇグレタ。皆んな1人で身体を洗う時背中はどうしているのかしら?」
「ナディア様、心配はいりません。私かエアリーが綺麗にお流しいたします」
違うわ。
それではいつまで経っても1人で大浴場へ行けないわ。
まさか、ずっと他の大浴場へもエアリーやグレタはついて来てくれるのかしら?
でも昨夜入った外風呂大浴場の洗い場に浅いバスタブも背中を洗うマットも無かった気がする。
市井の人々はきっと自分で洗っているハズ。
だって侍女を連れているパン屋の女将さんとか聞いた事もないわ。
商会や一部のお金持ちのお家にはいるでしょうけれど、グレタは王族、貴族、市井の人問わずと言っていたわ。
エアリーやグレタに頭や身体を洗ってもらうのは勿論気持ちが良いけれど、温泉巡りをして私だけ侍女連れてなんて嫌だ。
昨晩のアイラさんやコニーさんみたく、また他愛もないお喋りをしたい。
明日はまた王宮のその他の大浴場へ1人で行こう。
そう決心し来賓用大浴場を後にした。
自室の前へ着くと昨日の兵士がまたいた。
夜番なのかしら?
心なしか怯えた目で私を見ている。
嫌だわ、告げ口なんてしないのに。
むしろ今後1人大浴場をするのに手を借りたいし。
まぁでもダメと言われたら告げ口しますよ。と言ってしまうかもしれないけど。
などと考えていられるのもほんの僅かな時間だった。
中へ入るとセルゲイさんがいた。
「夜分に申し訳ありません。取り急ぎご連絡したい要件がごさいまして、エアリーに言って中で待たせて頂きました。」
小難しい顔をしたセルゲイさんが言う。
良い話でない事は確かだ。
「お待たせして申し訳ありません。難しい話かしら?お掛けになって」
ソファに腰掛けながら言うと
「いえ、このままで結構です。先程ディラン殿下より陛下に先触れがございまして」
!やはり会わずに婚約解消!
「我が国北西部の小競り合いの最中で魔物の巣らしき所の封印が解けてしまいまして」
魔物がいるの⁈
シャナルにはいなかったからてっきり噂程度の認識しかなかった。ギョっとした私の顔をみたセルゲイさんが
「あぁ、ディラン殿下はご無事でございますのでご安心を」
あら、そこまで気が回らなかったわ。
「そうでございますか」
安心した様に言う。
私は演技派なのだ。
「明日陛下からもお達しがございますが、我が国から大隊を派遣致します。つきましてはナディア様にご同行頂きたく存じます」
何故⁈
「えっと…私が同行する事に何か意味があるのですか?」
「勿論軍の士気も高まりますし、何よりディラン殿下もお喜びになられるかと」
会った事もないのにそんな事ありえない。
まさか私を魔物の生贄にするとか?
「何でしたら司祭も連れて行って現地で婚約の儀式もなされれば正式なご婚約も整いますし、更に更に兵士達の士気が上がるかと」
もう行く事が決まっている。
しかも司祭も連れて正式な婚約も交わすと。
こんな馬鹿げた話があるの?
会った事もない婚約者の為に戦地の、しかも魔物がいる所に行けと?
セルゲイさんは言うだけ言って帰ってしまった。
折角入浴を済ませたのに背中に嫌な汗が伝う。
「ナディア様、殿下がご無事で宜しゅうございましたね」
エアリーの感想もそれなの⁈
この侍女達でさえ、そんな危ない所なんてとか言ってくれない。
どうしましょう。
泣きそうだわ。
シャナルでの一件でさえ泣かなかったのに
「ナディア様。大丈夫ですよ。我が軍は大陸一強いですから」
グレタが心配気に言ってくれたけど、行かなくていいとは言ってくれない
「明日から忙しくなりますね。今日は早めにお休みになられた方がよろしいかと」
そう言って2人は部屋を出てしまった。
どうしましょう。
逃げ出したい。
昨晩は侍女2人と仲良くなれて、先程まで温泉巡りの為の1人入浴の事を考え、ドレナバルに置いてもらう事を喜んでいたのにもう逃げ出したくなるなんて。
でも戦場も魔物も関わりたくない。
今なら扉の前にいる兵士を脅して逃げる事もできそうな気がする。
けれど、ここから逃げ出して何処に向かえばいい?
シャナルに帰る選択肢は私にはない。
修道院の場所も分からない。
それどころかドレナバル帝国の事自体私は知らない。
成り立ちも文化も地形すら。
来る道中でもっとドレナバルの事を学んでおけば良かった。初日の空き時間に食べられる薬草なんて読まないでドレナバル帝国の成り立ちをちゃんと読んでおけばと後悔しかない。
仕方なくベッドに入るもまんじりともせず、考えた。
考えた結果、今すぐに出立とはならないだろうからその間もう少し考えてみようだった。
今すぐ逃げ出したいけれど、国交問題の事も考えなければならない。マーシャルの事はどうでも良いがシャナル国に迷惑をかけたくない。
あの国には家族や大切にしていた人がいる。
私のせいで家族が後ろ指を指されるなんて嫌過ぎる。
ただでさえ婚約解消で悲しい思いをさせたのに更に次の縁談から逃げ出したとなったら何を言われるか想像に難くない。
ならば同行しない方法を考えようと思った所でようやく眠りにつく事ができた。