77話
次にハンナに手を引かれ連れてこられたのは、主に男女が逢引きに使用する宿だった。
まさかこの様な宿に男と2人で入る日が来るとは…
部屋の中は淫靡な雰囲気漂う、赤い壁紙に薄暗いの照明でダブルベッドと小さなテーブル、椅子一脚しか無い様な部屋だった。
一応隣の部屋も押さえてはあるが、こちらも似た様な部屋だ
「すんません、殿下。この様な宿に殿下が泊まるとはきっと誰も思わないと思って」
まぁそうだよな。
俺もそう思っている
「いや、気にするな。それより先ほどの話は…」
「それなんですけど、以前いた様なんです。エル・シッドと名乗る人物が」
「以前?」
「ええ。義賊の様な存在だったらしく、王都内の年配者で知らない者はいないくらいだそうですよ」
俺は椅子に腰掛け、ハンナにベッドに座るよう手で指示を出した
「俺は初耳なんだが今はいないのか?」
「ええ。急に現れなくなったそうで。噂ではとあるお偉いさんの秘密を知ってしまい、消されたと」
「わからんな。何故今になって急に現れて、俺が追われるんだ?しかも消された筈なのだろう?一体いつ頃の人物なんだ。そのエル・シッドと言う人物は」
「ぜ〜んぶ噂でしかないのですけど、20〜23年位前の話だったみたいですよ。
ちょっと幅はあるのですが、活躍していたのはその内の1年位だったそうで」
「義賊と言う事はやられたのは貴族とかだろう?そんな被害届けあったか?」
「殿下お生まれになっていないでしょ。あったとしても表に出せない金を持っていかれたのなら、被害届けも出せないでしょうし」
「まぁそうだろうな。で、何故この金髪を目指す?」
紙袋から忌々しい金髪の鬘を取り出すと
「正にエル・シッドの髪型そのもの!って青果店のオヤジが言ってましたよ。
変な前髪と言い、ひよこの様な黄色に近い金髪、あと色付きメガネ。殿下のご趣味ですか?」
何て事を言うんだ。この男は…この鬘燃やしてしまおうか?跡形もなく。
グレタのヤツ知っていて渡したんじゃあるまいな?
…いや、図書館にあった物語の主人公と言っていたな。
確か最終的にパパとママが何とかしてくれる甘やかされたボンボン?皇太子?
こんな事ならキチンと聞いておけば良かった。
何と言う物語なんだ?
「そんな訳あるか。グレタが昔図書館で読んだ物語がモデルだと言っていた。甘やかされたボンボンが、悪を倒し貧しい者に分け与えるとか何とか」
「そうなんすか?殿下こうゆう風になりたいのかと思ってました。でも、その話てっきり口伝だけなのだと思ってたんですけど」
いわれてみたら貴族から奪った金品なら、奪われた貴族はそんな物語本を抹殺するな。
裏金を守る事も出来ず奪われ、そんな恥が文書で残っているなんて考えたくもない。
何故そんな物語が図書館に…
それより
「そのエル・シッドがいた頃ドレナバルは拡大した後で荒れていた頃だった筈。
今はあの頃よりずっと落ち着いていると思ってるのだけど、エル・シッドがあんなに追いかけられると言う事は違うのか?」
目を合わせたハンナの顔は、既に女装している事を忘れたハリーの顔で
「殿下はここ1〜2年ずっと前線やら何やら行っている間、俺は何度か帰って来てたんですけど…」
言われてみて気がついた。
立ち寄る程度はあったが、王都の様子を知る程自分はここにはいなかった。
と言うかいられなかった。
セラは王都の様子が変なんだよねとは言っていたが、戦続きで聞き流していた。
この場を守ってさえいればドレナバルは安心だと。
「日に日に治安が悪くなる感じで、ここ1年は特に悪化している感はありました。主に市民の、それもあまり裕福では無い層が」
不満が貧しい者達から始まるのはよくある事。
裕福な者達の少しの収入差でも、貧しい者にとっては大きな金額差ななるのだから当然だ。
「王都全体でか?」
「はい。店を畳む者が増え、中間層にもそれらは広がり、実際王都から逃げ出す人も増えている様です」
いつからだ?
一体いつから伝説の英雄を求める程、王都の治安は悪化している?
人が減っているなんてセラの報告でも上がってこなかった。
王都で、この国で何か起こってる?
「…んか、殿下!」
ハッ。考え込んでハリーの事をすっかり忘れていた。
「あ、あぁスマン。ちょっとダダ漏らしたか?」
「ま、魔力多目の俺でもキツいっす」
青ざめたハリーをそのまま隣の部屋へ行かせた。
そろそろ時間的にも厳しい頃だったし。
それよりこの状況の王都を放ってハイドン村へ行くべきか、身分を隠した自分がここにいてもできる事なんて無いのは分かっていても考えてしまう。
むしろ早い所ハイドン村へ行き対策を練った方が良い。
ナディアも何かやらかしている頃かも知れない。
テオドール村だってあのままにしてはおけない。
セラ達は無事ハイドン村へ辿り着けるだろうか?
結局その日は眠る事が出来なかった。
翌朝ノックと共にハリーが落ち込んで部屋に入ってきた。
「何かあったのか?」
思わずそう言ってしまう程に…
「上手くできなくて…」
何が?
まさかあれから再び情報収集に行っていたのか?
「顔が!上手く化粧できなくて!グレタはもう王都を出てますよね⁈一体どうしたら…」
…確かに昨日より大分男らしいハンナがいる。
もう女装と言うより女の格好をした男でしかない。
「もう諦めて普通に男のままでいた方が良いと思うが…」
「それじゃあダメなんです!美少女が尋ねるから答えてくれるんです!」
そうゆうモノなのか?
「少し恥じらいながら、質問すると大抵の男は懇切丁寧に教えてくれるのに…」
ハリーの対人能力を持ってしても、女装した方が楽に聞き出せると言う事か。
今後の諜報員を採用する際の参考になるな。
「まぁ今日はもう諦めて普段の格好で…」
「嫌ですよ!殿下と違って面は割れているんですから!男と逢引き宿から出て来たなんて噂が立ったら、今後の人生に関わりまくりですよ」
涙目で訴えるハリー。
仕方ないので宿の人にいらない薄いカーテンを1枚譲ってもらい、顔周りに巻く事でやっと逢引き宿を出る事ができた。
因みにカーテンの色はどピンクだったりする。