73話
暫く木の下で待っていると雨が降りだした。
シトシトと優しい雨だけれど、濡れるのを嫌がった動物が何匹か寄ってくる。
立派な木だものね。
雨宿りできるよう少し奥の方に詰めてあげると、一匹の犬が何かを咥えているのが目に入った。
「こっちおいで。そこだと濡れちゃうわ」
人懐っこい野良犬はそばに寄ってきて側で腰を下ろした。可愛い!
そしてなんて賢いのでしょう。
野良犬の首元をワシワシ撫でてあげると目を細め気持ち良さそうにしている。
私とエアリーで構い倒さんばかりに2人でワシワシしていたら遠くで歓声らしき声が聞こえた。
「終わったようね。良かったわ」
ホッと息を吐くコニーさんは緊張を解いて言った。
少ししてアイラさんが馬に乗ってやってきて、無事魔物は倒され、街中にも人にも被害が無い事を報告してくれた。
「ワンちゃん、ここでさようならだわ。また遊んでね」
名残惜しいけれど、野良犬は飼われるのはきっと好まないでしょう。
さようならの挨拶をしていたら、私の足元に咥えていたものをポトリと落とした。
「あら?何かしら?プレゼント?」
ワン!
このワンちゃんの獲物かしら?
恐る恐るつついてみると薄汚れた何かの生き物の様だった。
死体…じゃないわよね?
どうしましょう。ワンちゃんは可愛いけれど獲物はいらないわ…
だからと言ってそこら辺に置いていくのも気が引ける。
エアリーと顔を見合わせ頷き合うと、エアリーがそっとハンカチで包み持ってくれた
「ワンちゃんどうもありがとう」
野良犬とお別れし、家へ戻ろうとなった時エアリーはやっと手首のリボンを解いて傘を差してくれた。
「エアリーその包み私が持つわ。傘も差しているのだし」
「まぁナディア様ありがとうございます」
ハンカチで包まれたソレはエアリーの体温とは別の温もりがある様な気がしてそっと開いてみると
「プップ…」
やだ何この可愛い鳴き声…
「エアリー、まだ生きているわ。この子」
「本当ですか?でしたらなるべく早く帰って温めて差し上げましょう」
「ええ、そうね」
急に張り切って歩き出した私達に
「何?ナディアお腹すいたの?」
等と失礼な事を言うアイラさん
「違いますわ!早く戻ってこの子を温めてあげるのです!!」
「え?何それ?生き物?動物?」
馬を引きながら目を丸くするアイラさん。
「さっき木の下にいた時に、野良犬がくれたものです」
「ナディア様動物好きだったのですね。先程戯れていた犬とも仲良さそうに遊んでいらしたから」
大分立ち直ってきたグレタが話に入ってくる
「ええ、そうね。動物は可愛いから。シャナルにいた時も家に番犬が何頭かいたのですけど、よく遊んでいたわ」
家に戻る道すがら、私は実家で鳥を飼っていたとか猫が最高だとかペット自慢をしながら楽しく帰った。
セラさんの髪の事をすっかり忘れて。
被害があった所はこの辺りから大分先にあるらしく、家の周辺は何も変わる所もなく辿り着いた。
小さい桶にぬるめのお湯を張りハンカチから出した生き物を入れ汚れを落としていく。
エアリーとグレタが私がやると言ってくれたけれど、ワンちゃんから貰ったのは私だから自分でやる事にした。
少しずつ少しずつ身体を撫でる様に汚れを落としていると
「この子何の生き物かしら?」
持ち歩いていた時からとても小さな生き物だとは思っていたけれど、青緑色の爬虫類の様な…この辺りに住むトカゲかしら?
「プップッ」
違うわよね。トカゲはプップとは鳴かないと思うのだけど。
いやだ、つぶらな瞳でじっとこちらを見ている。可愛い
「ナディア様爬虫類大丈夫なのですか?」
後退りながらグレタが聞いてきた。
あまり好きではないのかしら?
「そうね。大きなヘビは怖いと思うけれど、見てこの可愛さ。3頭身くらいしかなくて可愛すぎ」
すっかり虜になってしまった私の指を必死でアムアムしている。
名前は何にしようかしら?プップちゃんなんていいかも
「ナディア様、この生き物は何を食べるのでしょう?ミルクとかですかねぇ」
エアリーがそう言いながら温めたヤギのミルクを持ってきた。
3人でアレコレ言いながらタオルで拭いていたら、刀を片付けたりしていたコニーさんが戻ってきた。
「あら?なぁに?コレ」
「多分トカゲかと思うのですが、何でしょう?コニーさんにもわからないですか?」
「トカゲ…では無さそうだけど、そもそもトカゲってミルク飲むのかしら?」
ミルクの入った皿の前にトカゲを置いてみても、一向に口にしないで私の手にじゃれついている。可愛い
「アイラならわかるかもね。帰ってきたらきいてみたら?」
そう言ってコニーさんは浴室に行ってしまった。
浴室と言っても湯船がある訳ではなく、タライで身体を拭くだけの部屋だったりする。
非常に残念だわ
「困りましたね。ミルクじゃないとすると虫ですかね?」
私、虫はちょっと…と言いながらエアリーが後退ってしまった。
私も虫はあまり得意ではない。
野生に返した方がいいかしら?と思っていたら指先に痛みが走った
「いたっ!」
「「ナディア様!大丈夫ですか⁈」」
1メルトン程離れた所から2人が飛んできた。
「だ、大丈夫よ。ちょっと噛まれただけだから」
トカゲは申し訳なさそうに私の血が出ている所を舐めている。
「ダメです!手をこちらに!」
エアリーが私の指からトカゲを引き離し、水の入った桶に放り込んだ。
私の指先に魔法で水を出し洗い流していると、グレタが棚から草を取り出しすり鉢ですり、何やら液体を混ぜて私の指先に塗りたくっている
「グレタ、これは?」
「ノリマー草を乾燥させた物にイナリン草の煮汁を混ぜた物です。魔力の無い人達はこれで消毒するって『食べられる薬草』と言う本に書いてありました」
あの本!!でもグレタはそんな事を調べてくれたのね。
感動に浸っていると
「ただいま〜」
「おかえりなさい。アイラさん」
「って何してるの?」
覗き込んでアイラさんが言う
「ちょっと噛まれてしまって」
「えー。毒とか持ってないよね?さっきの生き物だろ」
「さっきエアリーに水で流してもらって、今グレタに消毒を…アイラさん?」
珍しくアイラさんが固まっている。
アイラさんも爬虫類はダメかしら?
「コ、コニー!コニー!!どこにいる⁈」
急に大声でコニーさんを呼びつけた
「何?アイラ急に大声で」
バスタオル一枚巻いたお色気状態のコニーさんが浴室から飛び出してくると
「ラッサ呼んでくる!桶に防御かけといて!」
「はい⁈ちょっと!アイ…って何なのよ!」
台風の様に去ってしまったアイラさん。
コニーさんはブツブツ言いながら桶に防御魔法をかけて、とりあえず服着てくるわと浴室に戻ってしまった。
一体何事かしら?
少しするとドドドッと複数の蹄の音がして、アイラさんがラッサ大尉とセラさんの首根っこを掴みながら、ドアを蹴破る勢いで入ってきた。
「ア、アイラさん?一体どうゆう…」
「コレだよ!コレ!!」
アイラさんは掴んでいる2人に怒鳴りつける様に言う。
疲れ、窶れ切ったラッサ大尉と虚ろな目のセラさんは言われるがまま、桶を覗き込み絶句した。
「何故ここに…」
「コレって…」
何⁈何なのよ!トカゲちゃんに何が⁈