72話
しばしの沈黙の後
「ブホッ!ゴホッ!ゲホゲホッ!…っ!な、何でっ⁈何で僕⁈」
当人のハズのセラさんが1番動揺している
すると今まで沈黙していたコニーさんがユラリとやって来て
「まさか旅の道中グレタと何かあった…なんて事はないわよね?」
ヒィィ!こわっ!怖い!
コニーさんのただならぬ雰囲気にセラさんは真っ青になりながら
「ち、ちち、違います!ありません!あり得ません!ま、間違いです!絶対に間違い!グ、グレタからも言って!間違えたって!うわぁー」
コニーさんに片手で首を締め上げられジタバタしているセラさんを横目に
「ね、ねえ、グレタ。一体どうゆう事なのか説明してちょうだい」
とりあえず話を聞かなければ。
「セラさんのあの頭…わ、私のせいで!!な、なので責任を取って結婚します!」
あの頭…?そっとセラさんの右耳の辺りを見る。多分その部屋にいた全員が見ている気配がする
「な、何だよ!頭って」
セラさんは締め上げられながら、自分の頭をペタペタ触った。もしかして気づいていらっしゃらない?
「私があの時震えていないで、さっさと馬車から降りていれば、セラさんはあんな大怪我もしなかったし、頭が禿げる事もなかったのです。
ここに来る道中怪我の治療ついでに一生懸命頭皮にヒールをかけたのですが、失われた毛穴は!毛根は、戻らなくて…」
「え?何?禿げ?毛穴?もうこん⁈」
どうやらセラさんは本当に気づいていないみたいで、頭頂部をペタペタ触っているけれど、違うわ。
セラさんそこではないわ。もっと下ですわ。
セラさんの右耳の後ろから後頭部にかけてツルリとしているが、誰もその事を言えないでいると
「オズワルド!鏡!鏡持ってきて!」
「は、はい」
オズワルドさん可哀想。嫌な役目をさせてしまって…
だからと言って代わったりはしないのだけれど。
オズワルドさんに手鏡を渡されたセラさんは
「禿げって何さ!僕のあた、ま、は…?あれ?ない?…は?」
暫く固まった後、絶叫が建物の外まで響き渡った。
後に聞いた話だと、魔物の叫び声と勘違いした兵士達が緊急配備についたそうだ。
結局その日セラさんは話ができる状態に無くお開きになってしまった。
「そんなに気にしなくていいのよ?グレタ…」
家に戻り一通りグレタを案内した後、私達はテーブルでお茶を飲んでいた。
私はもう結婚するのだからと終始落ち込んでいるグレタに声をかけると
「でも皆さんも見ましたよね?右耳の後ろから後頭部のおよそ3〜4割も禿げてしまって…せめて頭頂部だったら良かったのにっ」
頭頂部なら良いかは別にして、あの禿げた部分が大怪我した所よね?
本当よく生きて戻ってこれたわと感心する。
そしてそれを治したグレタにも賞賛を送りたいくらいなのに
「だからと言って責任取って結婚なんて」
「最初怪我を負った時、傷口を治すのに必死で…髪の毛にまで気が回らなかったのです。
あの時もっと毛穴に気を配っていれば…もしくはその後も傷口のケアと称してヒールをかけ続けた結果あんな…ツルンツルンになってしまうなんてっ!」
かける言葉が見つからなかった。
確かにセラさんの右耳の後ろは輝かんばかりだったから…
「なぁ、グレタのヒールでツルンツルンになっちゃったなら、もっと魔力のある人にかけ直してもらったらどうかな?リシャールさんとか」
黙って聞いていたアイラさんがポツリと言った。
そうか…魔法の事はよくわからないけれど、より強力な魔力を持ってすれば…
「行きましょう。グレタ」
「で、でも」
「…もしかしてセラさんと結婚したかったとか?」
「いえ。全然」
「ならば参りましょう」
私達は家事や刺繍を放り出しリシャールさんの元に向かった。
最初グレタは1人で行くと言ったけれど、グレタは私の侍女なのだから私も行くと言ったら、ならば護衛も侍女もとなり結局全員で行く事になった。
「…ご不在かしら?」
天幕をノックしても声を掛けてもウンともスンともいわない。
「おっさ〜ん!寝てんの?」
アイラさんがいきなり天幕を開けると中に誰もいなかった。
「塀造りですかしらね?どうする?ナディアちゃん、探しに行く?」
コニーさんに聞かれだけれど、探すと言っても皆目見当もつかない。
勢いで押しかけてしまったけれど、出直した方が良いかもしれない
「グレタ、日を改めてまた来ましょう」
「はい」
再び沈んでしまったグレタに誰もかける言葉はなく、トボトボと歩く。
勢いに任せて飛び出したのに、帰りは家までの距離が何だか遠く感じる。
「あら?何かしら?」
沢山ある天幕の間を縫う様に歩いていたら、遠くで何か聞こえた。
「コニー、ここは任せた!」
「ええ。この辺で待機してるから!」
アイラさんとコニーさんはすぐに判った様で、いきなり緊迫したムードに包まれる。
天幕内で休んでいた人も飛び出してきて、辺りは急に騒然となった。
「3人共こっち来て!」
コニーさんに急かされ、大きな木の近くまで小走りで付いて行く。
「コ、コニーさん一体何事?」
「3人共聞くのは初めてかしら?アレ、鳴き声なのよ、魔物の」
「「「魔物⁈」」」
「そう。中型位かしらね?」
何て事ない様に言うコニーさん
「入って来ちゃったと言う事ですか?」
「多分ね。アイラが確認しに行ってるから、ここで大人しくしていましょ」
何て事でしょう。
あんなに大きな塀を造っていたのに…
どの辺で魔物が鳴き声を上げたのか知らないけれど、皆んな同じ方向に走って行くのできっと南側よね?
「飛んだりするのですか?」
「それは魔物だからね。ただ、塀を造った後、魔物の嫌がる匂いを塀の上に撒くのよ。普通は。だから飛んで入って来る事ってあんまり無いから」
あんまりと言う事はたまにはあるのよね?
嫌だわ。
とても怖いのにちょっと見たい気もしてくる。
チラリと見回すとジトリとした目のエアリーと目が合った。嫌ねぇ、別に魔物を見に行ったりしないのに。
と思っていたら
「ナディア様、何かあったら危ないので、離れない様にしましょうね」
そう言って可愛らしいリボンで私とエアリーの手首をガッチリ結んだ。
「エ、エアリー?別に魔物を見に行ったりしないわよ?」
「ええ。信じておりますけれど、この後何かあった時に、離れてしまわない様にするためですよ」
「そ、そうなのね…」
「はい」
ニッコリ笑うエアリーが、少しだけ怖いと思ったのは内緒だ。