70話
するとオズワルドが後方からやってきて
「グレタ!ナディア様が待ってるぞ!動けっ!」
そう叫ぶとビクッとグレタが顔を上げた。
蹲って震えていたグレタに隙間ができた瞬間、グレタのお腹に手を突っ込みそのまま持ち上げオズワルドに放り投げる。
非力な文官でもこの位は火事場の馬鹿力ってやつでできるもんだなと思った瞬間、特大の火の玉が飛んできて馬車と共に吹き飛ばされた。
…僕は死んでしまったのだろうか?
その割に身体のアチコチ痛いんだが…
痛い?カッと目を見開き起き上がった瞬間右半身に激痛が走った。
「ウッ!グウゥ…」
「まだ起き上がってはいけません」
オズワルドが心配気にこちらを見ていた
「グレタは⁈皆んな無事か?」
「だ、だ、だい、じょ、ぶです。みん、な、無事、です。セラ、さん以外」
横を見ると泣きながらグレタが僕の右腕にヒールの魔法をかけていて、全身の力が抜けた
良かった。
皆んな無事なのか
「敵は、巻いたの?」
「辛うじて、です。今は深夜に近い時間なのでナリを潜めているだけかもしれないですが」
オズワルドが難しい顔をして言った。
「そっか。じゃあここにいつまでもいる訳にはいかないな」
「いや、でもセラさんのこの傷は…」
うん、右半身が痛い。
でも
「グレタが結構治してくれてるよね?多分頭から治していってる?」
「は、はい。で、でもこんなに酷い傷治すのは初めてで…」
「いや、大丈夫だ。その証拠に頭とかハッキリスッキリしてる位だ。後、口も」
ニヤリと笑って言うと
「よ、良かったです。スミマセン…私が動けなかったばっかりに…」
「女の子にはキツイよ。気にしないで」
「…は、はい…」
「オズワルド、馬は何頭生きてる?」
「馬車を引いていた馬は、最後に御者台にいた兵士が安全ピンを外し逃がしたのですが、何頭か亡くなりました。
後、乗馬組の方でも何頭かやられたので走れる馬は11頭です」
「そうか、足りないな…」
馬車が無くなった今、全員2人乗りをするにしても足りない。
「ここってソアンの森辺り?」
「はい。ソアン山の麓に近い所です」
「全員叩き起こせ。今から出発する」
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「と言う訳でソアン側からこの村に歩いてやってきたんだ」
何ともない顔をしてとんでもない話をするセラさん。普通に馬や馬車に乗ってここまで来たのだと思っていた…
よく見たらセラさん右耳の後ろの髪の毛がなくなっている。何て事に…
「それでセラ殿、傷の具合は?」
心配気にラッサ大尉が尋ねると
「うん。グレタ殿が概ね治してくれたんだよ。凄いよね!僕本当に大怪我だったんだよ。これでも」
セラさんてさすが殿下の片腕なだけあって、肝が据わってると言うか、動じないと言うか…
「ただ、」
そう言ってセラさんは目を伏せ、今までで1番悲痛な顔をしてグレタに肘で合図した
「も、申し訳ございません!」
グレタが突然頭を下げた。
な、何かしら?
「殿下に託された服が…っ!」
服⁈待って待って待って。
こんな大怪我して命懸けでここまで来たのに服⁈
「ナディア様、グレタは本当に頑張って託された服を守っていたのです。それなのに…」
2人して項垂れ、グレタに至っては泣き出した
「や、やめて!2人共!謝らないで。服なんかこの際どうでもいいのです。皆んなが無事戻って来れる方が大事なのよ!」
「で、でも殿下が折角ナディア様の為にっ」
そう言ってグレタは泣き崩れてしまった。
殿下がそこまで私の服にこだわるとは思えない。
だけど…
「殿下には私からちゃんと2人共頑張ったと伝えるから、ね?2人共顔を上げて」
「でも、ディランは…殿下は命懸けでナディア様の服を買いに行ったのにっ」
セラさん!よして欲しい。
殿下も何でまた命懸けで服なんか買いに行くのよ
「あ、あのですね、私こう見えても、軍服も気に入っているのです。何だったらこの先ずっとこのままでも構わない位に!」
これでどうかしら?私の気持ちは伝わるかしら?
「あ、あの…」
後ろで立っていた、見た事ある様な無い様な男性が恐る恐ると言った風に声を上げた
「あ、自分はオズワルドと申します。その服の件ですが、自分にも責任はあります」
やめて!
謝る人がまだ増えるの⁈
「でも、一応逃げる時に紙袋いくつか持ってきたのですが…」
オズワルドさんの言葉にセラさんとグレタがバッと顔を上げ、セラさんが叫んだ
「オズワルド!でかした!中の確認は?」
「いえ、まだなのですが、箱の方はちょっと持ちきれなくて…」
「今すぐ持ってきて!」
「ハッ」
オズワルドさんは急いで部屋を出て、その間グレタは涙を拭いて泣き止もうとしてた。
ノックの後、紙袋を幾つか持ってオズワルドさんが戻ってくると部屋の中に緊張感が漂った
「オズワルド、テーブルに置いて」
セラさんに言われテーブルの上に紙袋が置かれる。
見るからに一部焼けた痕が…
エアリーも手伝って中身を出していくけれど、中には中身が無いものもあった。
途中袋に火がついて中身を落としたか燃えてしまった様だわ。
それだけこの逃走の大変さが窺える
「ナディア様、こちらのワンピースは無傷っぽいです。あと、こっちのドレスも裾が焼けてますが、レース等で隠せそうです」
「そ、そうね。良かったわ」
これで3人の心が晴れるならと思って言ったセリフだけど
「そうだ、ナディア様今すぐ着てみたらいかがでしょう」
ラッサ大尉が言った。
今?今これを着るの?
周りを見るとアイラさんやコニーさんもウンウン頷いている。
そうね、この空気を払拭できるかもしれない
「わかったわ。ちょっと隣の部屋お借りしますね」
殿下の執務室らしき部屋を開けてもらい、エアリーに手伝ってもらいながらワンピースに着替えてみるも
「エ、エアリー?何だかちょっと苦しいのだけど…」
「ナディア様、少しだけ我慢なさって下さいね。既製品ですけどサイズは間違えていない筈なので…」
く、苦しいわ…
本当にサイズは合っているのかしら?
暫く服と格闘していたエアリーが
「ナディア様、お腹周りはちょっとサイズが合わなくなっている様ですので、上着を羽織りましょう」
そう言って肩に上着をかけ私を扉から押し出した。
ちょっと待って、お腹周りのサイズが合わない?それって…