6話
それでも何だか非常に疲れた。身体もだけれど、主に気持ち的なもので
はぁ〜〜。
こんな時こそ大浴場へ行きたい!もう、一度行っているけれど、気疲れから体力疲れも根こそぎ流れ出そうなのに。
…行ってみようかしら?
ガウンを脱ぎクローゼットから軽く羽織れる物を探しだす。
これなら王宮の中を歩いていてもきっとおかしくないはず。
扉を明け左右をみると先程は居た兵士がいない。
幸運の女神様が見守ってくれたに違いない。
毎日祈っていたし
入浴に何か必要な物があったかしら?
まぁ大丈夫でしょう。私は薄ら覚えの廊下を進む。
来賓用大浴場は上にあった。多分王族専用もあるに違いない。
勿論王族専用に行く気はなく、私が目指すのはその他の大浴場だ。
しかも王宮で働く人が入る大浴場。
場所はきっと下の方にある筈。
迷う事なく下へ進む。
シャナルの王宮は別棟に使用人達が住んでいた。
ならば更に大きいアーバレック城もそうに違いない。
一階まで降り回廊を渡ると廊下は幾つか分岐していてそのうちの一つを選んで進もうかと悩んでいたら後ろから人の声がした
「どちらへ向かわれるのですか?」
振り向くと兵士の服を着たものすごい美女が2人。
「あの、使用人用大浴場に行きたくて…」
すると2人は顔を見合わせた。
「使用人、用ですか?」
「はい。入ってみたくて。あ、でも使用人用と言うか王宮で働く人用と言うか」
「王宮で…」
「働く人用」
「ダメですか?」
2人は絶句している。
…もしかして見回りの兵士かしら?
…マズイ。非常にマズイ。
やってきた当日おやすみの挨拶をした後に部屋を抜け出してなんて、逃亡かスパイかと疑われてもおかしくない。
.私とした事が迂闊だった
「あぁ、新人さんかな?」
「え?」
「新人は大抵迷子になるのよ。この城大きいから。ウッカリ不審者かと思って捕縛する所だった。ついてきて」
赤毛の美女がそう言って歩き出す。
私危うく捕縛される所だった
「あなた手ぶらなの?」
ブロンドの美女が話かけてきた。
「あの、ダメでしたか?」
「う〜ん。普通はこうしたタオルとか持って行くのよ」
そう言って籠をひょいと上げてみせた。
「あれじゃない?今日新しい婚約者が来たから上はバタバタしてたじゃない。女官長伝え忘れたとか。女官長には会ったのよね?何か言われなかった?」
何かあったら侍女か兵士に、とは言われたけれど、大浴場に持って行くものとかは聞いてない。
「…大浴場に関しては特に」
「ほうら。やっぱり。割と抜けてる所あるよね女官長、あ、手ぶらでも大丈夫よ。中には貸しタオルとかあるから」
凄い。女官長を間抜け呼ばわりする人がいるなんて。
女官長ごめんなさい。私は心の中でお詫びした。
「私はコニー。あなた名前は?」
ブロンドの長い髪を頭のてっぺんで結んだ美女が言う
「ナディアです。」
「へぇ。アタシはアイラ。コニーと兵士やってるの。よろしく」
赤毛のショートカットのアイラさんはカッコいい美女。
「よろしくお願いします」
職業は嫁…は言わない方がいいわね
2人の後をついて歩いているととある扉にたどり着いた。
「さぁついたよ。お待ちかねの大浴場。外風呂バージョン」
外風呂⁈
3人で中に入ると誰も居なかった。
「良かったわ。今日は空いているみたいね。まぁ遅い時間だし」
コニーさんがニコリと微笑んむ
「外風呂はいつも混んでるんだよ。ラッキーだったな!」
アイラさんのラッキーはちょっとわからないけれど、良い意味なのでしょう。
2人はテキパキと服を脱ぎだす。
当たり前だけどここに私のお世話をしてくれる侍女はいない。
私にできるかしら?
と思いながら羽織りを脱ぎ夜着も紐を解けば簡単に脱げた。
2人を見習い服を畳み教えてもらった棚へしまう。
アイラさんはタオルを持ってきてこれは貸し出し用タオルだから使い終わったらこの籠に入れるのだと教えてくれた。
それより。
2人共脱いだら凄いのです。
兵士だけあって腹筋も割れているし、腕や足も腰もキュとしている。
何てカッコいいの。
それに比べて…私の姿を鏡で見る。
ぱよん?ぷよん?太っていると思った事は無いけれど、締まりがないと言うか…
「やだ!ナディアの腕柔らか〜い」
いきなりアイラさんに二の腕を摘まれた
「ひぇ。あっ、あの」
「私にも触らせて。まぁぁ!何て滑らか〜」
コニーさんは反対の腕を摘まれる。
「うわわ、や、やめて」
「あははは。ナディア可愛いね」
2人してケラケラ笑いながらタオルで前を覆いながら奥の扉へ向かう。
「あの、薄布、は?何か羽織ったりとか」
裸で入るなん聞いてない
「何それ?ナディア服着て風呂入る気?」
何て事でしょう。
どうやら裸で入るらしい。
ーー「良いですか?わからない事は今の内に聞かなければなりません。皇太子妃になったならおいそれと聞く事もままならないし、下手をすると政敵に弱味を握らせる事に繋がります。まぁナディアちゃんには私が付いているから大丈夫なのだけどね」ーー
そう言ってウィンクをくれたシャナルのマティーニ王妃の顔が浮かんだ。
私は温泉巡りなるものをすると決めた。
ならばここで市井の風呂の入り方を学ばねばならない。
恥ずかしがっていては王族専用と来賓用にしか入れない。
意を決して2人に続くと中に浴槽はなく、ただの洗い場とシャワーなるものしかなかった。
アイラさんとコニーさんは2人共シャワーを浴びているので私も急いで浴びる。
が、いつも侍女達に洗ってもらう私は浴びるだけで何をどう使えば頭を洗ったりすりのかわからない。
2人を盗み見すると濡らした髪に置いてある石鹸で頭を洗っている。真似て石鹸を泡立て頭を洗う。
痛い。
目に泡が入ってしまった。
1人悶えていると
「あははは。ナディアヘッタクソだね。」
アイラさんはそう言って目に泡が入らない髪の洗い方から身体用の石鹸の使い方も教えてくれた。
よく笑う良い人だ。
コニーさんは姉がいたらきっとこんな感じかしらと思わせる優しい手つきで頭にタオルを巻いてくれた。
「こっちよ」
洗い場の奥に更に扉があって
「!」
大きな浴槽からは湯気が上がり、周りには目隠しと思われる低木が植えられている。
その先には小さく街明かりが煌めき、空には満天の星空。
そして私は全裸。
生まれてこの方夜空の下で裸になった事なんて一度もない。
でもそれ以上に
「何て美しい…」
「でしょう!もうね、ここ入ると嫌なことなんてぜーんぶ飛んでいっちゃうよ」
アイラさんはそう言って湯船に浸かる
私も一緒に湯船に入ると本当に色々な事がどうでも良い事の様に思えてくる。
「ふふふ。凄いでしょう」
コニーさんが話かけてくる
「はい…本当に」
何も言葉が出なかった。
代わりにふと、涙が出て慌ててお湯でパシャと顔にかける。
何だか涙一粒で身体の中の苦しいものが流れていった気がした。
「本当に凄いです。こんなステキな所があるなんて知らなかった」
また出そうになった涙を誤魔化す為に笑顔を見せる。
作り笑顔は得意分野だ
その後風呂から上がり着替えて
「今日はどうもありがとうございました」
とお礼を言ったら
「ちょっとその頭で帰る気?風魔法使えないの?コニー」
アイラさんがコニーさんを呼ぶ
「あらら、ちょっと待って」
そう言ってわたしの頭に手をかざす。少しすると髪が乾いてしまった。
やっぱり魔法凄い
「アタシ苦手なんだよねー。風魔法。」
アイラさんが言うと
「いつも台風の様な風起こしているものね」
「失礼な。ちょっと強い風程度でしょ」
クスクスと私が笑っていると
「そこ!笑いすぎ」
3人でケラケラ笑い脱衣所をでた。
初めてかもしれない。
こんな風に女性同士で腹の探り合いもなく、見栄の張り合いもなく楽しく笑ってお喋りするのは。
楽しい時間は早いとは本当で最初に声を掛けてもらった場所まであっと言う間に着いてしまった。
「じゃあまたねナディア。ちゃんと女官長にもう一度大浴場について聞きなね」
「それではナディアちゃんおやすみなさい」
「はい。アイラさんもコニーさんもおやすみなさい」
そう言って元来た道を戻る。
今日は良く眠れそうだと思いながら歩いていると自分の部屋の前に兵士がいる。
何で?さっきはいなかったのに。
仕方ない
「お勤めご苦労様です」
と言って扉を開けようとしたら
「なっなっ何故外から⁈」
「お、お部屋にいらしたのでは?」
「ちょっとお散歩に。出る時は誰もいなかったので」
2人の兵士は顔を青ざめさせた。
当たり前よね。
護衛なのか監視なのか完全に失格だもの
「それではおやすみなさい」
そう言ってさっさと部屋に引っ込んだ。
ここで変な言い争いもお説教もしたくないしされたくない。
楽しい時間が消えてしまいそうだ。
こんな時は無かった事にするのが1番。
羽織っていた服はクローゼットにもどし、ベッドに入ると私はすぐ眠りについた。