65話
随分と時間が経ってから別の文官が呼びに来て、再び前室を後にする。
最初の時程の緊張感は無いが油断は禁物。
気を引き締めて謁見室に入ると先程の顔触れに、1人マデリーン嬢が加わって立っていた。
父親は公爵だけれど中立派だからこの場にはいない。
先程と同じ様に前に進み出て左膝を付くと
「この書簡をディラン殿下にお届け願いたい。それと、良い返事を期待しているとも伝えてくれ」
文官に書簡を託しそう言って元老院は退室してしまった。
思っていたより何事も無く、むしろあっさりし過ぎて怖い位だ。
書簡を文官から受け取り、我々も退室をと思った所で
「セラ殿、ディラン殿下にお伝え下さい。
どうか、どうかお考え直し頂く様に。
私はいつでも、いつまでもお慕い申し上げると」
ハンカチで目元を拭うが、涙は出ていないマデリーン嬢が言った
「わかりました。しかとお伝えいたします」
「よろしくお頼み申します」
そう言うとマデリーン嬢はスタスタと去って行った。
何だったんだ、今の茶番は
…伝えなくても良いだろうか?
伝えた所でどうせディランは『へぇ』とか『ふん』とかの答えしか返って来なさそうなのに
…きっと伝えなければならないのだろうな。
もう一度前室へ行き皆んなと合流し、馬車が停めてある所まで文官に案内されながら歩く。
馬車に乗り込むと案の定ディランが中で待っていた。
「良かった。もしかしたらいないんじゃないかと思った」
「ちゃんと時間はみるさ。置いてかれたら堪らんからな」
「で、首尾は?」
「変だな」
「…それだけ?」
「そもそも王宮内の人が少なかった」
「明らかに?」
「明らかに」
ディランは元々王宮内を自由に歩けなかった。
そのディランが明らかに少ないと言うのだから少ないのだろうけど、それだけで変と言うのは…
「一応メイドや兵士とすれ違う時に心を読もうとしたが皆揃ってドレナバルを讃える歌の歌詞しか読み取れなかった」
「え?それって…」
「俺だとバレていた訳では無さそうだったが、見知らぬ人物を見かけたら頭の中で唱えろって達しがあったんだろうな」
ディランはここに来ると元老院は思っての措置か?
「じゃあ、外の様子は?ここから出たんだろ?」
「いや、全く出れなかった」
「え?抜け道とか昔使ってた所は?」
「全部封鎖」
厳戒態勢ってヤツか。
僕達ここから無事出る事出来るのかな?
するとディランが
「ハリーは?あいつはどうしてる?」
「そう言えば帰って来てるかな?ちょっと見てくる」
馬車を出て周りを見回す。
他の馬車の中、整列している人の中、どこにもいない。
マズイぞ。
「オズワルド!ハリー…ハンナは?」
「まだ戻って来てないみたいです」
オズワルドを見かけもしかしてと思ったけど、オズワルドの顔にも焦りの様なモノを感じた。
「どうかされましたか?」
案内をしてくれた文官が話しかけてきた。
「いえ、遠縁の女性が見当たらなくて…
その、ちょっと別件の用なのですが親類に頼まれて王宮まで同行したのですよ」
文官はフンと鼻を鳴らし
「へぇ、遠縁の女性…ですか」
明らかに怪しんでいる。
そりゃそうだ。
僕だって胡散臭いと思う。
「セラさ〜ん」
呼ばれてバッと振り返ると
「遅くなってスミマセン。ちょっと迷ってしまって」
プラチナブロンドの髪を靡かせ頬を紅潮させたハリーが駆け寄ってきた
「あ、あぁ。無事会えて良かったよ。スミマセンご迷惑を…」
文官に一応謝ろうと見ると口を半開きにし、頬を赤くした文官がハリーに見惚れている
「あの、」
ハッと文官は我に帰り
「い、いや無事戻られた様で良かったですな。
それにしても可愛いらしい。
私はジェフ・アンダーソンと申します。
レディ、失礼ですが、お名前を伺っても?」
文官は僕を無視してハリーの手を取った。
ナンパ⁈
城勤めの文官が⁈
「あ、あのっ、ハンナと申します」
少し顔を赤らめ俯き、上目遣いで文官を見上げるハリーは完全になりきっていた。
「なんと、名前まで可愛いらしいとは。あの、宜しかったら連絡先も」
「でも…」
かわい子ぶりながらドレスで隠れている足で僕の足を蹴り上げた
「いっ⁈あ、あの一応私の遠縁の娘なのでその辺で勘弁して下さい。我々はもう行かなければならないので、これで」
ハリーの手を文官から奪い馬車へ向かう。
「あ、あぁ…」
背後から落胆の声が聞こえたが無視して馬車に乗り込んだ。
中で待機していたディランが
「無事だったか、ハリー。良かった」
「無事じゃないっすよ。何んでもっと早く助けてくれないんすか。セラさん」
「人の足蹴り上げといて何言ってるのさ。
それよりどうだった?」
ハリーは眉間に皺を寄せ
「どうも何も言い寄られるばかりで、大した収穫は得られなかった」
「外は、外には出られたか?」
ディランが聞いた所で丁度馬車が動き出した。
「もうね、ずっと誰かが話しかけて来て全然1人になれなくて出られなかった。
セルゲイさんとか居ないせいか、規律が緩んでるって言うか皆んなだらけてるって言うか…」
愚痴なのか文句なのかよくわからないセリフを聞いている内に前門が見えてきた。
無事出る事は出来るだろうか…
ハリーの言ってる事だってナンパなのか、監視なのか判別できない。
「もう王宮の中あんなのばっかで、気持ち悪かった〜」
走り出した馬車の中ハリーがまだぼやく。
前門まであと少しがヤケに時間が長く感じる。
祈る様な気持ちでいると一旦停止し、何事もなく全ての馬車が前門を抜けた。
ほ〜〜…全身の力が抜けていく
「…無事王宮をでたな。何も無さすぎて気持ち悪いくらいだ」
全くディランと同意見だ。
元老院は何もする気はないとか?
まさかな…