63話
翌日からせっせと兵士達のために刺繍を始める。
兵士達からのお株は上げておきたいと言う本音は勿論大有りだけれど。
沢山作らなければならないのでワンポイントだけ入れる事にした。
図柄はドレナバル王国の国旗に描かれている王冠と鷲の図柄の周りに描かれている麦の稲穂にした。
全然関係の無い図柄だとドレナバルの分裂っぽいし丸々国旗では時間が掛かり過ぎる。
チクチクチクチク
「ねぇエアリー、このままではハンカチも刺繍糸も全然足りなくないかしら?」
10枚程出来上がった所で言ってみた。
ハンカチは何とかなっても刺繍糸はどうにもならない。
「そうですねぇ。これでは後5〜6枚分でしょうか?」
う〜ん。
エアリーと2人悩んでいるとアイラさんが覗き込んで
「他の色あるじゃん。ピンクの稲穂とか青い稲穂どおよ?」
どおよと言われても嫌がられたりしないかしら?
「ナディア様、良いかも知れません。他の色の稲穂も。ちょっと変わった感じで兵士受けするかもです」
するかしら?
兵士受け。
でも確かに今刺繍糸は手に入らないわね。
クーデターの最中、焼き払われた村に刺繍糸があるとも思えないし、もちろんお店もない。
「そうね。刺繍糸はそうするわ。ハンカチは兵士の補給部隊に言ったら手に入れられるわよね」
「あら、それなら私が行ってくるわ。ちょっと欲しい物かあるから」
コニーさんがそう言って行ってしまった
「ハンカチが白とは限らないから、それに合わせて糸も決めましょう」
私がそう言うとエアリーはそうですね、と言って小袋作りを続けた
「ねぇ、エアリー。もう小袋はいらないのではない?」
「まだまだ足りないですよ。きっと王都へ行った人達がナディア様の服を調達してきてくれると思うのです。
その時取り付ける用です」
殿下帰ってきたら指輪用は必要ないのにとは思ったけれど、ネックレス用は必要ね。
それにしてもシャナルの陛下はどの様なおつもりでこんな高価なネックレスを…
もしかして間違えたとか?
今なら分かるけれどあの平和ボケした国ではあり得るかもしれない。
その内手紙か何かで確認しよう。
いつになるのかわからないけれど
とりあえず父、母宛には手紙を書いた。
けれど書いただけでまだ出してはいない。
と言うより兵士のみんなは疲れ切っていてとてもじゃないけれど頼めない。
殿下達が王都に行くともっと早く知っていたら、殿下経由で商人にでも託してもらう事もできたのに。
今更言っても仕方ないので今の内に書いておいて、また何かの折に出せたらと思っての手紙だ。
せっせと刺繍をし、たまに外を散策しと至って平和な日を何日か過ごしたある日外がやけに騒がしい。
コニーさんが見て来るわと行ってしまったので家の中で刺繍をしていると
「帰って来たらしいわよ。王都組」
!!
私達は急いで本部に出向いた。
もちろん小袋入りの上着を着て。
本部周りは既に人でごった返していたけれど、アイラさんとコニーさんが人混みをかき分け、時に殴ったり時に蹴飛ばしながら中に入る。
「ラッサたい…」
目に入ったラッサ大尉を呼び止めようと思って止めた。
ラッサ大尉の向かいにセラさんと兵士達、あれはグレタかしら?
三つ編みにしていたであろう髪ボサボサで顔も汚れている。
グレタ以外の人も皆…
そしてラッサ大尉の只事ではない雰囲気
…殿下?殿下は?
すると動く事のできない私にセラさんが気付き駆け寄ってきた
「ナ、ナディア様!!申し訳ございません!」
ガバリと頭を下げるセラさん
「え?い、いえ…あの、何故謝るのです?頭を上げて下さい。あの、この状況は…」
「ここでは…ちょっと…あ、執務室、執務室へ行きましょう」
「わかりました」
言い終わると同時にグレタに駆け寄る。
「グレタ、大丈夫?こんなになってしまって…私が余計な事を言ったばかりに…」
一体何があってこんなナリになって帰ってきたのか、私はグレタの汚れた顔を持っていたハンカチで拭くと
「ナディア様、大丈夫です。私は大丈夫です。どこも怪我していないです。ちょっと小汚くなっているだけです…
だからナディア様、泣かないで下さい」
そんな事を言われても後から後から溢れてくるものを止める事ができない。
私があの時殿下にグレタのアドバイスをなんて言わなければ、グレタは連れて行かれる事もこんなボロボロになる事もなかった筈だわ。
女の子なのに!
殿下に会ったら文句を言おうと思っていたけれど肝心の殿下はいないし。
その後私の涙が落ち着いた所で執務室へ行く事になった。
私はエアリーを捕まえて
「エアリー、グレタを新しい家に連れて行ってちょうだい。場所も分からないでしょうから。今日はグレタを綺麗にしてあげて」
すると横からグレタが
「いいえ、ナディア様。私執務室にご一緒します」
「でも、グレタ…」
「私からもご報告があるのです」
そうゆう事ならと結局女性陣5人とセラさん、ラッサ大尉、あと見た事がある様なない様な男性が1人と執務室へ向かった。
執務室と呼ばれる部屋は入って中央の広間の奥にあり、隣は殿下が使う予定だと聞いた。
部屋の中は他と変わらず殺風景で入り口入って中央に応接用のテーブル、椅子、その奥に執務机、右側に目をやると椅子と机が向かい合わせに一つずつ置いてある。
きっとセラさんの部下用ね。
左側は扉が一つ、これは殿下の部屋と繋がっているらしい。
「ナディア様おかけになって下さい。今お茶の用意をさせますので」
そうセラさんに声をかけられ、応接セットに私、セラさん、ラッサ大尉、が座った。
他の見た事ある様なない様な男性はセラさんの後ろに、後はみんな私の背後で立っている
お茶も今回は兵士の方が淹れてくれそのまま退室して行った。
空気が重い。
いえ、魔術的なものではなくセラさんや少し話を聞いたであろうラッサ大尉が醸す空気が重い