5話
少しばかり疲れたけれど、マッサージをしてもらい髪や肌のお手入れをしてもらう。
「本日はもう予定もございませんし緩めに編み込んで後ろへ流しますね」
「ええ。それでお願いするわ」
グレタがテキパキと髪型を整えてくれるのを見てふと疑問に思った。
以前から思っていたけれど、編み込みが早いのだ。
髪の毛もすぐに乾くのは何か特別な施しをしているに違いないわ。
「グレタは器用なのですね。こんなに早い編み込み初めて見たわ」
「あぁこれは風の力を利用して編み込んでいるのです。ついでに髪を乾かしながら」
またもや何を言ってるのかわからない。
「風の…力ですか?」
「はい。ちょっとした魔法です」
魔法!そう言えばドレナバル帝国は魔法使いが多く生まれてくると言っていた。
「グレタは魔法使いなの⁈」
だとしたら凄い。私は魔法使いを見るのは初めてだ
「とんでもございません。私は日常生活程度の魔法しか使えません。魔法使い様はもっと凄い魔法をお使いになられます」
「魔法を使えるのに魔法使いではない?」
「この国はほとんどの人が使えます。その中でも魔力が豊富で扱いが上手な方達が魔法使い様になれるのです」
「えぇ⁈ではエアリーも?」
「はい。もちろんでございます」
何て事…国力の差なんてものじゃない。
国民の時点でシャナルとは大きな差があるではないの。
でもちょっと待って。ドレナバル帝国にいたら私にも魔法が使えるようになるのかしら?
そう尋ねると
「う〜ん、どうでしょう。生まれ持っているかどうかなので、何とも…あっ、でももしかしたらと言う事もございますから!」
慌ててエアリーが慰めてくれた
ガッカリが表情に出てしまったらしい。貴族子女として恥ずかしい
「ナディア様はお小さい頃転んで大怪我になりそうだったのにそうでも無かった事はございませんでしたか?もしそれがあったなら意識していないだけで魔力があったなんて事もたまにあるのですよ。」
追いかけるようにグレタも言う。
転んで…普通に怪我をしていたような…そう呟くとエアリーが
「さあ!御支度が整いました。夕食までもう少しありますのでよろしかったら王宮内の一部ですがご案内いたしましょうか?」
話は無かった事になっている。どうやら私に魔力はないらしい。
エアリー達の案内で王宮内を散策する事にした。
中庭にも行ってみたかったけれど湯上がりだし、この先婚約が整わなくてもすぐに追い出されたりしないはず。いつでもいけるわね。
王宮内では歴代のドレナバル国王の肖像画が並べてある部屋を見たり音楽サロンを見た後最後温室でお茶を飲みましょうとなった。
助かった。
もう足腰がプルプルしている。
元々私とこの国の人達と体力が違うのか、馬車でボーっと過ごしたのがいけなかったのか、シャナルで部屋に引きこもっていたのがいけなかったのか、私の体力は限界を迎えつつある。
この王宮が広く大きい事は見てわかった気になっていた。
ドレナバルを侮っていた訳ではないけれど、少しいくつか部屋を見せてもらうのにここまで体力を削られるとは…
温室で見た事もない花に囲まれてお茶を頂きホッと息をつく。
明日から体力増強に勤しもう。
この身体で温泉巡りをしたら行き倒れてしまうかもしれない。
そんな決意をしていると話声がした。
珍しく険しい顔をしたエアリーが
「少々お待ちくださいね」
そう言って席を外した。
驚いてグレタを見ると更に冷たい目でエアリーが向かった先を見ていた。
「グレタ?」
ハッとした様にグレタは私に笑顔でお茶のおかわりを勧めてきた。
「すみません。本日この温室は貸切予約をしていたのですが、誰か迷い込んだ様で」
貸し切り予約なんてしなくてもいいのに。何て呑気な考えをした自分を叱りたい。
「あら?この方が小国、シャナル王国の公爵令嬢、だったかしら?」
暫くエアリーと別の女性たちの声が聞こえていたが、突如やって来てこのセリフ。
侍女を4人程連れて現れたのは綺麗なプラチナブロンドの美しい令嬢だった。
誰だかかわからないので仕方なく立ち上がる
「初めまして。シャナル王国のナディア。・ド・マイヤーズです。此度ディラン殿下との婚約の為参りましたの。以後お見知りおきを」
挨拶をすると、頭の先から足の先までじっくり眺めてから
「そう。私マデリーン・ビィ・エルラート。ドレナバル帝国のエルラート公爵の娘よ。陛下の母君、上皇后の弟が私の祖父なのよ。
うふふ、遠路はるばるようこそドレナバルへ」
何となく感じ悪いけど、今は無闇に敵を作らない方が賢明だと判断して、得意の作り笑いを浮かべておく
「もう殿下にはお会いになって?」
「いえ、本日参りましたばかりで…」
「あぁそう言えば殿下は戦に行っていたのだったのだわ」
今の言い方…知っていたわよね?
「よろしいかしら?殿下はそれはそれは優秀でお顔も整っていらして、そして誰よりもお強いお方。
小国出身で秀でた容姿でもない貴方が仮にでも婚約、婚姻を結べる事を名誉に思いなさい。まぁ破談や離縁されたとしても」
「マデリーン様!それ以上は」
いつものエアリーと違い鋭い声でマデリーン嬢にそれ以上言わせなかった。
するとマデリーン様は持っていた扇子でエアリーの頬をピシピシしながら
「相変わらずね。伯爵令嬢エアリー、貴方貴族の序列から学び直しなさいな。沙汰は追って知らせるから、もう家に…」
ぷち
「まぁ!私の侍女が何か失礼を?申し訳ありませんわ。でも、自国の皇太子殿下の婚約者(仮)に対して礼儀作法もご存知ない令嬢であるのならお怒りになるのも仕方ありませんわね。マデリーン様はまさかそんな真似なんてなさらないですわよね?公爵家の令嬢なのですから」
貴族にとって爵位はとても大切なもの。下の爵位の人間が上の爵位にもの申す事は許されない。
これは多分シャナルもドレナバルも同じだと思う。
でもエアリーは私を慮ってマデリーン様を遮ったのだ。
それならば私は殿下の婚約者と言う立場を利用してエアリーを守らなければ。
高位貴族は下位貴族に寛容であれと教わっているはず。つい嫌味も織り交ぜてしまったけれど、これで引いてくれなかったらどうしましょう。
「あなた、誰に向かってその様な…」
「何事ですか?」
入口を見るとオリビアさんがいた。
扇子がギリギリと音を立てる位強く握りしめていたマデリーン様がバッと振り返る。
「マデリーン様、本日こちらの温室は貸し切りでございます。お引き取りを」
「…そうね。お邪魔したわ」
不満を隠しもせずマデリーン様は扉を出た。
「ナディア様」
「は、はい!」
女官長のピシャリとした言い方に思わず背筋を伸ばして返事をする
「そろそろ晩餐のお時間です」
晩餐は部屋で取る事になった。
アミューズに始まり、前菜、スープ、魚もお肉も色とりどりで多分美味しいはずだけれど、全く味がしない。
やってしまった。
初日にドレナバルの貴族令嬢とやり合ってしまった。
仕方なかったとは言え他にやりようがあった様な気がする。
チラリとエアリーやグレタを見ると2人共少し表情が固い様子に見える。
「ドレナバルのお料理はとても美味しいのね」
デザートの桃と梨のコンポートを頂きながら言うと
「お口に合ってようございました」
ニコリと微笑んでエアリーが言う。
私に言わせればエアリーの方がよっぽど貴族令嬢らしい。
「…あの、ナディア様。先程はありがとうございました」
「あら?どうして?私の侍女ですもの。当然の事をしたまでよ」
本当は怖くて今もドキドキしているけれど。
「それにしても女官長は凄いのですね」
これは本音だ。あのマデリーン様を一言でだまらせた。
「はい。この城で働く者で女官長に逆らえる者はいらっしゃらないのです。その…少々厳しい方なので」
私はエアリーと顔を見合わせてプッと笑った。私が結婚してこの城の女主人になっても女官長に逆らえる気がしない。
暫くエアリー、グレタと3人でクスクスと笑った。
「それではおやすみなさいませ」
そう言って部屋をでる2人に
「おやすみなさい」
と言ったらグレタがふと、戻ってきた
「グレタ、どうかしたかしら?」
「あの、ナディア様。…私、ナディア様に一生ついて行きます」
「ど、どうしたの?グレタ、あの…」
にっこり笑ってグレタは去ってしまった。
重い。
一生って…私は本当に殿下と結婚するのかまだ決まっていないのに。
それでもグレタのくれた言葉はとても嬉しい。
シャナルを出る時、塞ぎ込んでいた私に2人は嫌な顔一つせず一生懸命お世話してくれた。
私がドレナバルに来る事を本当は望んでいない事に2人共途中から気づいていたはずなのに。
私の方こそ側にいてねとお願いしたい