56話
ハイドン村に予定通り昼過ぎに到着した。
以前来た時には無かったテオドール村より更に頑丈そうな塀があり、私達が通る予定の道の前に水の無い堀まである。
前回夕暮れ時に来て夜中には出てしまったけれど、これらの物は間違いなく無かった。
僅か10日程しか経ってないのに…
堀の前で一旦停止し、跳ね橋が降りるのを待つ。
「ねぇ、アイラさん。ここは本当にハイドン村?」
馬車の中から御者台に繋がる小窓を開け尋ねる。
「そうだけど、何か変か?」
「変と言うか、以前来た時に城門も堀も無かったのよ」
「えっ⁈」
跳ね橋が降り先頭のコニーさんとエアリーを乗せた馬車がゆっくりと進む。
「どうする?ナディア、行くのやめるか?」
やめた所でどこに行けば良いのかわからない。
何かの罠かしら?
「いえ。行きましょう」
「…わかった」
この間見たではないの。
殿下が魔法であっと言う間に塀を作ったのを。
この国はきっと何でもアリなのだわ。
少し緊張感を纏ったアイラさんが手綱を引き寝台馬車も静かに進み出した。
それにしても立派な城門だわ。
ドレナバルの今の王都の物よりも大きい。
潜る時人影を見つけた。
あれは、確かラッサ隊にいた人だったかしら?
頬は痩け髪の毛もボサボサで疲れ切った兵士が辛うじて笑顔で出迎えてくれた。
城門を過ぎても村は見えず随分と離れた所に城壁や城門を作った事が窺える。
やがていつか見た崩れた家の跡や焼かれて炭になってしまった建物の残骸が見えてくると
「ナディア、これがハイドン村か?」
御者様からアイラさんが話しかけてきた。
「ええ。暗かったけれどこんな感じだったわ」
「酷いな…」
本当に。
明るい所で見ると余計にそう思ってしまう。
ここでは最近まで人が静かに生活を営んでいたはずなのに…
村の中を進むと大分瓦礫などが撤去されてきていた。
ハイドン村はテオドール村より大きいから隅の方までまだ手が回らないのね。
更に馬車が進むと天幕が見えてきた。
馬車の音を聞きつけ人が何人か出てきた。
皆城門にいた兵士同様ヨレヨレのクタクタで疲れ切った風に見える。
前の馬車が漸く止まり、棺桶馬車も停止する。
最初に先頭馬車のエアリーが降り棺桶馬車を開けてくれた。
出迎えとかあるのかしら?と思っていたら
「やぁみなさんお疲れでしょう。あちらに昼食を用意してありますよ」
誰よりも疲れ切ったラッサ大尉が笑顔で出迎えてくれた。
「ラ、ラッサ大尉は少々お疲れの様ですね」
「ハハハ…いや、まぁね。色々と壮絶と言うか無茶苦茶言いやがって…と、失礼。色々と色々があるのですよ。さぁこちらに」
色々と色々が?
疑問符を付けながらラッサ大尉の後を歩くと石造りの真新しい建物が目に入った。
「急遽作られた、まぁ本部みたいな所になっています」
建物はこぢんまりとはしているが頑丈そうな平屋建てで、多分村の中央付近に作られたかと思われる。
その周りだけ瓦礫などは綺麗に無くなっていて道らしきものも引かれていた。
中はまだ閑散とした印象しかないくらい家具が無いけれど、飾り付けたら中々立派になりそうな広さがあった。
中に人はいるにはいるけれど部屋の隅っこで屍の様に座り込んでいたり、椅子に腰掛けながら白目を剥いている人が多数…
「あの、ラッサ大尉この方達は…」
「あぁ今休憩中の人ですね」
休憩中?気絶ではなくて?
「あ、エランとヒューズはこの後別の仕事を頼むから、あ〜そこの君!この2人を執務室まで連れて行ってくれ」
2人とはここで別行動となってしまった。
案内された部屋も家具はほとんど無く、中央にテーブルと椅子があり食事の準備がされていた。
皆でテーブルに着くとラッサ大尉が
「今日は私もご一緒させて頂きます。食事しながら色々と説明させて頂きますよ」
出てきた食事は多分野営食なのでしょうが、きっとラッサ隊の誰かが作った様で色や盛り付けに美へのこだわりが感じられた。
そしてやっぱり
「美味しい」
オートミールのお粥は優しい味わいで刻んだ野菜が彩りのアクセントになっている。
ソーセージの入ったスープに色々な豆をスパイシーな味付けで煮込んだもの、素材は野営食なのに何故こんなに美味しいのか…
果樹酒で喉を潤した所でラッサ大尉が話しだした。
「私共殿下の命で5日程前にラッサ隊の半分、約100名とテオドール村に避難していたハイドン村の元住民30名プラスリシャール殿とで出発し、一昼夜馬を飛ばしてここに辿り着きました」
総勢131名で一昼夜馬を飛ばすって…
魔法も駆使して砂煙を上げながら進んだのよね?
付近に生息する生き物たちに同情を覚えてしまう。
「殿下のお考えではここ、ハイドン村に遷都するおつもりの様です」
⁈
セント?
って何?
セント、せんと、遷都…⁈
都を移す?ちょっと待って。
何をお考えなの殿下!!
私と同じように皆動揺を隠せないでいると
「私も詳細は知らされていないのですが、我々はとりあえずこのハイドン村を拠点とし復興と頑丈な塀と堀を命じられているのです」
…塀と堀を作ったからと言ってここが都になる事にはならない。
例えばここに城を作って陛下や殿下がいたとしてもそれではただのドレナバルの分裂でしかない。
しかも分裂した原因が王家にあると国民は思ってしまうのでは?
私が難しい顔をしていると
「ナディア様のお気持ちはわかりますが、殿下も何かお考えがあると思うのです。陛下がいない今、王家の存亡は殿下の肩に全てかかっておいでですから」
王家の存亡…
もうそこまで話しは進んでしまっているのね。
…違うわ、決裂していたのがここで噴き出しただけだわ。
もう何百年も前から燻っていた王家と元老院の決定打は陛下の弟君が亡くなって、陛下に契約魔法がかけられた時にドレナバル王家は既に存亡の危機に陥っていたと考えれば、時がたまたま今であったと言うだけ。
でもね?私はそんな話は知りたくなかった。
しかもその現地にいるって…
もう後戻りどころかドレナバル王家と突き進むしか私の道は無い気がする。
もう私を重病で死んでしまった事にしてくれないかしら?
それしか温泉巡りをする方法が見つからない…