55話
「ふぅん。そんな噂が…」
「はい」
ここセラの宿泊部屋で酒場での報告をしている。
俺は行かなくてもいいかと思っていたが、ハリーとオズワルドに連れられここにいる。
「これだと元老院が意図して流した噂なのか判別つかないなぁ。ディランの…殿下の噂は否定も肯定もしなかったんでしょ?」
「もちろん」
何だと?
「そんなに怒らないでよ。ディランが頭と身体が弱いって結構前からある噂なんだから。その方がディランだって動き易いでしょ」
「「えっ⁈」」
ハリーとオズワルドがこっちを見た。
「何だ2人共気づかなかったんだ。やっぱりグレタって凄いなぁ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。バートンは…」
「ディランあっちの部屋でちょっと脱いできてよ。で、脱いだヤツ持ってきて」
セラに命令されるのはいささか腹立たしいが、黙って隣の部屋へ行き肉を脱ぐ。他に着る物もないのでダボダボの兵士服を纏いセラ達がいる部屋に戻った
「!!で、殿下⁈ホンモノ⁈」
「本物だ…騙していてすまなかった」
わざとではなくとも一応謝っておく。
「ま、マジか…この肉を着て?ちょっと見せて下さい」
俺の詫びはスルーされて肉を奪われた。
ハリーとオズワルドは2人で肉の検証をし始める。
「俺のアノ噂。テオドール村でも聞いたが、いつから流れてたんだ?」
「いつから…う〜ん、最初から?」
「は?」
「僕がディランと仕事始めた頃にはもうそんな噂になってたよ。ディラン表に全く出なかったから」
ムッとした。
表には出なかったと言うより出れなかっただけだと言いたい所だが、セラの言う通り俺自身は動き易かったのも事実だ
「ふん。お前の事だからどうせ面白がって否定も肯定もしなかったんだろ」
「最初はね。でも段々噂が広がって、初めはドレナバルの貴族の噂程度だったのに、今じゃ一般国民にまで広がってどうしようかと思ってたのさ。それより物流の件ディランはどう思う?」
俺の噂をそれよりで流しやがって
「街道や水害は関係ないと思う」
「麦も塩も王宮に保管してあるもんなぁ…だとしたら」
「戦争を見込んで誰かが買い占めたか…」
部屋の中がピリッとした。
「戦争を…見込んで?」
セラが呟くと
「誰かが…戦争を起こそうとしている?」
ハリーが続けた
「いや、仮定だ。仮説だ。独り言だ。
それもあると言うだけで…」
俺は急いで言い直す。迂闊だった、ここで方向性を決めてしまうのは危険過ぎる
「いや、例えば陛下達はそれに気づいてしまったとしたら?」
オズワルドが言う。
可能性は捨てきれないが、だとしたら陛下達は思っている以上に危険だ。
元老院が金に困っているなんて聞いた事もない。
溢れる程金は持っているから、買い占めなんてケチ臭い事などしないだろう。
…ならば買い占めをした別の者がいる?
それは人なのか国なのか
皆同じ様に考えたようで無言になってしまった。
「頭の隅に置いておこう。今決めにかかると間違った方に進む可能性がある。これはここだけの話だ。先ずは明日の王宮に集中しよう」
話はここまでと再び肉を着用しようと隣の部屋へ行きかけた所でハリーに声をかけられる
「殿下、数々のご無礼お許し下さい」
「構わん。騙していたのはこっちだ」
「それで、そのぅ…紹介してもらえませんか?その変装の作り手」
「…構わないが、変装するのか?」
「その方が動き易いです。普通の変装では限界がありますから」
「ナディアの侍女のグレタと言う者だが…覚悟した方がいいぞ」
「覚悟…とは?」
「…やればわかる」
あまり語らない方が良いだろう。
やらなければわからない事もある
「今夜にでも話は通しておく」
その後俺だけセラの部屋を退出し、グレタの所へ行ってハリーの話をしてから部屋に戻る。
ちなみに侍女はマデリーン嬢の侍女と相部屋になっている。
変装を解きリラックスするとどうしても考えてしまう。
父上、母上は大丈夫だろうか?
セルゲイやオリビアが一緒なら大丈夫だろうけど…
ナディアは今頃何をしているだろうか?
無事リシャールやラッサと合流できただろうか?
そんな思いが巡ってその夜はあまりよく眠れなかった。
翌朝出発の準備を整え、宿の裏に仕入や搬入の為に設けられた少し開けた所に集合する。
集合時間が早すぎて大浴場に入れなかったと1人朝から甲高い声で喚いているのがいたが、俺の目を釘付けにしたのはセラ。
正確にはセラの後ろにいる美少女…の様に見えるあれはもしかしてハリーか?
正装したセラの後ろから微笑みながら登場した。
「おはよう!これより王宮へ向かう。皆準備は大丈夫だな?」
「はっ!」
「では、それぞれ持ち場に着き…」
「セラさん!その後ろにいらっしゃるびしょ…女性は?」
途端セラは半目になり
「あ〜コレは…」
言い淀むセラを押し退け
「皆さん初めまして。セラさんの遠い親戚のハンナです。王宮にちょっと用事がありましたので同行をお願いしましたの」
ニッコリ笑うとその場にいた兵士達がおぉーとどよめきながらニヤけだした。
1人だけハンカチを噛み締め唸っているのがいたが…
離れた所に立っていたグレタをみると親指を立ててニヤリと笑った。
恐ろしい侍女だ…一瞬でこの場の緊張感を台無しにし、更には親指を立てて、さもいい仕事しただろと言わんばかりのドヤ顔。
ふとハリーを見ると、心から嬉しそうに近くにいた兵士と喋っている。話しかけられた兵士はデレデレになっている。
このまま王宮へ向かって本当に大丈夫だろうか.…