53話
カランカラン
扉を開けるとカウベルの音と共に店内いた数名の客が一斉にこちらを見る
カウンターに腰掛けると親父が愛想のない声で
「見かけないヤツだな。新顔か?」
「あぁ」
「見たところ金持ちっぽいけどお前さんの口に合う酒なんかウチにはないよ」
「エールを」
客席はまばらで、この店はこれから繁盛すると思ったらこのまま帰る訳にはいかない。
ドンッと荒っぽく陶器に入ったエールを置かれた
「あとこのウサギの肉入りシチューとソーセージの盛り合わせを」
頼みつつエールを煽る。
以前リシャールやラッサに連れられ城下町の飲み屋に何度か行ったがもっと混んでいた。
時間帯のせいだろうか?
「この店はこれから混むのか?」
「何?何かの偵察かい?」
警戒心を露わに聞いてきた。
こんな時チンピラは何と答えるのだろう
「何の偵察だよ。こんなボロい店沢山人が入ったら床が抜けるんじゃないか心配しただけだ」
店の親父は
「ワーッハハハ!みんな聞いたかよ?この店ボロいってよ」
店内全員がゲラゲラ笑い出したので、上手くいったかもしれない。
これで情報が聞きやすくなると思った瞬間
「おい小僧表に出ろ」
親父が青筋を立てて言った
チンピラ風は失敗だったんじゃないか?
何一つ情報を得る事もなく店の前の通りで親父と対峙して、さてどうしようかと考えていたら
「あっ!いた!アニキ!アイツです」
横から先程の本物のチンピラ達がもう1人連れてやってきた。
やっぱり商人とか旅人風にすれば良かったと後悔するが時既にと言うヤツだ
「お前か、俺の弟分可愛いがってくれたのは」
「おい、こら!俺の方が先だ。俺の店ボロいって言いやがった」
「何お前、この辺りのシマいきなりやって来て荒らしてんの?」
今から帰って変装し直した方が良いかもしれない
侍女にはチンピラ風はバレそうだったと言えば考え直してくれるだろう
「無視してんじゃねぇ」
チンピラ兄貴が殴りかかってきたので交戦の意思はないと言う意味で避けたら親父とぶつかった。
ぶつかられた親父は尻餅をつきさらに怒りに火が着いた様で
「何しやがる!このクソガキが!」
俺のせいではないのに殴りかかってくる。
困った事になってきたぞ。
見学人も増えてきた…とりあえず親父に言い訳を考える
「シマを荒らしにきた訳では…」
そう言っている間も代わる代わる襲ってくる4人…
こんなに人がいる所で魔力を解放する訳にはいかない。
避けまくっていたら4人同時に襲ってきてうっかり背後から襲って来たヤツを投げ飛ばしてしまった。
!!
「あ、いや、悪かった。大丈夫か?」
唖然とした3人は次第に口々に
「こ、こいつは…」
「まさか…」
「そう言えば面影がある様な無い様な…」
野次馬達もどよめき始め更に状況を悪化させてしまった。
逃げるか?
今なら走って表通りまで抜ければ何とか撒けるかもしれない。
「あ、あんた、いや!貴方はまさか!」
マズイ…バレたか?
「下町の英雄、エル・シッド!!」
…何だ下町の英雄って。
そして誰だ?エル・シッド
「いや、違う」
すぐさま否定した。もうこの場から立ち去ろう。そう決めた瞬間人混みをすり抜け走り続ける。
このド派手な金髪とシャツがいけない。
途中路地裏に入り様子を見ながら鬘を外しシャツも脱ぐ。
そのまま上半身裸はさらにマズイ事になりそうなのでベストだけ着用し再び走り出す。
何とか宿に着いた時周りにそれらしき人がいない事を確認し滑る様に宿に入り急いで部屋に戻る。
侍女がいない事を確認した後、置きっぱなしになっていた肉を着た。
まさかこの肉に安心感を覚えるとは…
窓から見る景色は日が暮れた事しかわからないくらい隣の建物と隣接している。
時間的にもきっと先程の店はそろそろ混み合ってくる頃だろう。
再び行くべきか悩ましい所だが流石に肉を着ても行く気にはなれず、下の食堂へ行こうと部屋を出た。
一応高級宿なのでセラやマデリーン嬢は部屋で食事をするだろうが、兵士は食堂だ。
本当は近くで野営か、安宿だと思っていたがセラが多分俺に気を遣ってこの宿に全員で泊まる事になったに違いない。
この宿にはリーズナブルな部屋もある。
食堂は宿泊客で混み合っていたが空いているカウンター席へ1人で座る。
さてこの後どうしようか?
エールと鶏肉のシチューパイ、焼きベーコンを頼んだ後悩んでいると
「お?バートンじゃねぇか」
後のテーブル席から声が上がった。
「おい!バートン!無視するな」
!
しまった。
俺がバートンだった
「あぁ、悪い。考え事してたんだ」
この旅で偽名を使おうと言ったのは自分だ。
バートンと言う名も
「こっち来て一緒に食おうぜ」
「あ、あぁ、お邪魔するよ」
店員に言って席を移動する。
テーブルには同じ護衛グループのハリーとオズワルドの2人が座っていて、そのハリーが
「俺ぁずっと気になってたんだ。バートン、お前どのくらい食えるんだ?」
「は?」
「俺、中々の大食いでな?ずっと勝負したいと思ってたんだ。お前見た事ないヤツだったけど、セラさんの知り合いなんだって?」
そう言えばそんな設定だった。急遽セラが考えだした苦肉の策だ。あんな封鎖された所でいきなり知り合いは無理があると言ったらみんな気にしないから大丈夫と。
「あぁ、まぁ。ちょっとした」
そしてコイツこんなにヒョロリとしているのに大食いなのか…
俺の隊に入って2年位経つが割とフレンドリーな事にも驚いた。
立場が違うとこんな風に喋れるのだな
「だから、やろうぜ!大食い勝負!」
「え?」