52話
西側はこの王都の中でも比較的裕福な層が住んでいて治安も悪くない。
でも夜巨漢が1人街中をうろついていると不審がられるかもしれない。
そう思い侍女を呼び出す
「お呼びですか?殿下」
護衛も兵士も3人一部屋となっているが俺だけイビキが酷いからと言って小さいが1人部屋を用意してもらった。
勿論酷いのはイビキではなく魔力漏れだが
「あぁ。これから街中に出るのだが巨漢では目立ちすぎる。肉を脱いで行こうと思うのだが何か小道具はあるか?」
侍女は呆れたように
「殿下を隠すのに小道具では難しいかと」
「いや、そんなに隠れなくても大丈夫だ。この国に俺を知るヤツはそんなにいない」
「!そうでしたね。それでしたら少々お待ち下さい」
そう言って侍女は部屋を出る。
こんな時自分は姿絵すらない事が有り難いと思った。
頭と身体が弱いと言う噂はいただけないが
コンコンコン
「失礼します」
そう言って部屋に入った侍女はカバンを広げ中身をいくつかベッドの上に置いた。
テーブルも無い部屋だからな
「とりあえず鬘と、、後お化粧品です」
「化粧?」
「はい。いくら殿下が顔を知られていなくても、私達と一緒に来た兵士や後、富裕層も多いので絶対は無いでしょう。なので女装ならと思いまして」
「い、いや、女装までしなくても。髭を剃ったらつけ髭をつける時樹液の分量も変わるだろう?それに大女なんて巨漢より目立つ」
我ながら上手い事を言えた気がする。
この侍女はとんでもない事をしでかしそうで怖い
「それもそうですね。ではこちらの鬘とこの服にしましょう」
侍女曰く『金持ちのドラ息子』と言う設定って…
出来上がりを見て絶句してしまった
「どうでしょう?下町辺りを彷徨い歩く最終的にパパとママが何とかしてくれる、甘やかされたボンボンです」
何だその設定は
結局髭は剃る事になってしまったが、確かにどこかしらにいるチンピラがそこにはいた。
「これでは下町や繁華街の限られた場所にしか行けなくないか?」
渡された鬘は鮮やかな金髪が横だけ撫で付けられ、前髪が少し長い。
紫のシャツは袖先がヒラヒラし胸元を開けに皮のベストにズボン、ブーツ。
「その街の色々な情報が欲しいなら、華やかな表通りではなく裏道にある飲み屋やいかがわしい繁華街と相場は決まっているのです!」
「いかがわしい…初耳なんだが…一体誰が、どこでそんな情報を?」
侍女は目を瞬かせ
「昔図書館の本で読みました!
物語では途中、皇太子が情報を得る為に街中に変装して行く話しがありまして、チンピラ風になった皇太子は紆余曲折を経て勝利を得る感動的な作品です!」
それだけ⁈
そんなおかしな物語のせいで俺はこんな格好を?
「その物語の皇太子はチンピラになりきりありとあらゆる情報を手に入れるのです!
ささっ、殿下急がないと日が暮れてしまいます。
お気をつけて」
有無を言わさず扉から押し出される。
俺の部屋なのに…
とんでもなく頭がおかしい侍女な気がしてきた。
確かに大女や巨漢よりは目立たないが、高級宿には似つかわしく無いので急いで宿を出た。
高級宿がある大通りだけあって身なりの良い者達が行き交っている。
チラチラと眉を顰め俺を見ながら…
仕方ないので足早にその場を立ち去り裏道を目指す。
しばらく歩いていると裏道と言うよりは盛り場に出たのでそのまま進むが人が少ない。
昔、リシャールやラッサに連れて行かれた繁華街はもっと人がいた。
夕暮れ前にしてももう少し人がいても良さそうだが…
「なぁ兄ちゃんこんな所で何してるのさ」
振り返ると2人組の男がいた。
なるほど、コレが本物のチンピラか。
「俺達ちょっとお金無くてな、少しでいいから融通してくれないか?」
「ないな。それより少し聞きたいのだが…」
「無いの?ならそのシャツ結構お高いんじゃない?それくれよ」
「あ、このベスト革製?これとブーツも高級そう」
カツアゲに追い剥ぎ、一体いつからこの国はこんな輩が増えたんだ?
昔からいるにはいたが、日も暮れる前、しかも西側は比較的治安が良かった様に思ったんだが
「え?ダンマリ?それとも怖くてチビりそう?」
ヒャハハと笑う2人を街行く人が見ている
「なぁ俺達時間も無いから早くしてよ」
そう言って胸ぐらを掴んできた。
ここで騒ぎはマズイのだが
「金は持ってない。服も渡す訳にはいかないんだ。悪いな」
そう言って魔力を少しだけ解放するとチンピラのうち1人の膝が崩れた
「おっと、具合でも悪いのか?」
助けるフリをして脇腹に手を回しガッチリ掴む。
「この辺りでこの街の情報が入りそうな店知らないか?」
顔を近づけニッコリ笑って問いかける。
「ヒィィ」
失礼だな。
人が折角笑顔で聞いたのに
「お、お前何者だ⁈」
膝が崩れていない方の男が大声で言う
「そんなに大声出さなくても聞こえるよ。なぁどこかいい店知らないか?」
本物のチンピラがどのように話すのかわからないから普通に凄んでみた
「クソっ…この先にある『月夜のアナグマ亭』って店行ってみな。たまに情報屋がいるから」
「ご親切にどうも」
掴んでいた手を離すと男は膝から崩れ落ち、もう1人が肩を貸し2人で立ち去って行った。
チラチラと通行人達が遠巻きに見てくる。
…仕方ない。
チンピラになりきろう
「何みてんだよ!見せもんじゃねぇぞ!」
通行人は蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。
本当にこれで良いのだろうか?