51話
翌朝日の出前の村の東門があった辺りに総勢40名程の人が集まり隊列を作っていた。
その中から甲高い声が響く
「何故殿下は一緒に行かれないのです!」
「申し訳ありません。殿下は所用で今回はご同行できないのです」
「ですから何故なのか伺っているのです!私達はいずれ婚約をするのですよ!」
いや、婚約し直さないと言ったばかりなのに何も聞いていないのか?
いつもの隊服ではなく正式な軍服にマントを羽織ったセラは
「ちょ〜っと申し上げる事は出来ませんが、マデリーン様をとても心配されていましたよ。よろしく頼むと申しつかっております」
おい。
俺がいつそんな事を頼んだ
「あら、まぁ。そうゆう事でしたら致し方ありませんね。それではセラ様よろしく頼みますわ」
マデリーン嬢はそう言って馬車に乗り込む
「おい。どうゆう事だ」
「は?一体どこの隊…ディ!!」
慌ててセラの口元を押さえる。
なに人の名前を叫ぼうとしているのだ
「失礼しました。口元に虫がおりましたもので」
シレっと言って手を離すと
「マ、マジか…信じらんない。グレタ凄ぇ」
「俺も驚いた。セラが分からないなら他のみんなも分からないな。きっと」
そう言って俺は護衛グループの輪に入った。
マデリーン嬢は自身の侍女、護衛の為自前の馬車3台、こちらはセラだけが馬車で後は荷馬車に乗り込む形となっている。
セラの馬車は護衛も同乗するが、交代制で俺も皆んなと一緒に荷馬車に乗ろうとしたが
「おいそこの君、僕寒がりだから君一緒に乗ってくれないか?君がいれば暖かそうだ」
セラが俺を指名し、周りから笑い声が上がる。
どうゆうつもりだ?
馬車に乗りセラと2人になると
「ディランと一緒に乗って他の兵士達が魔力酔い起こしたらシャレにならないでしょ。
この後交代になったらディランは1人で馬に乗る様に指示してあるから」
なるほど、そう言えばそうだった。
ナディアに会ったおかげで、自分の近くに人がいるのが以前程気にならなくなってしまった。
ともすると忘れてしまう。
あの少し間抜けな雰囲気に毒されてしまったのかもしれない。
気を引き締めなければ…
その後セラの馬車に乗ったり、最後尾で馬に跨ったりして2日間を何事もなく旅路を進んだ。
何も無さ過ぎて気味が悪い位だ。
王都に入る門にいつもは長い列が出来ているけれどいつもより少ない。
俺達が来る事は事前に知らされていた様でスムーズに王都に入った。
街並みはいつもと変わらず馬車が行き交い人々が活気に溢れ普段と変わらない様子に安心を覚えると同時に寂しさみたいなモノも込み上げる。
自分や陛下がいなくてもこの王都は変わらず在り続ける。ならばこれから自分がやろうとしている事はここに混乱しか招かないのではないか?
最後尾で馬に跨りそんな事を考えた。
この王都は東西に長く、しかも王宮は北側の端っこにある為、東西の門から入ると王宮までかなり距離がある。
今回大使をしているセラと公爵令嬢のマデリーンがいる為自分達護衛も含め高級宿に一泊し明朝出発、夕方には王宮にと言う予定を組んだ。
まだ日は高く街の様子を見る前にセラの所に護衛として顔を出す。
「何?ディラン、沈んでない?暑いから?」
今この場には2人しかいない
「いや、暑くはあるが…」
今更迷っているなど言える筈もなく言葉を選んでいると
「あ、もしかして街中が以前と全然変わらないから落ち込んでるとか?」
ムッとした。
「…そんなのではない」
「じゃあこれから自分がやろうとしている事は良くないんじゃないかとか思った?」
思わず顔が跳ね上がり珍しく感情を露わにしたセラと目が合う。
「今なら遷都なんてバカげた事やめる事できるよね?書状はディランが書き換えればいいだけの話だから」
「…そうだな」
本当にそれで良いのか…
「このまま元老院に政権渡したらしばらくここは平穏無事な生活が保障されるよね。王都なんだし」
「…」
「でも近い内必ずフォリッチとは揉めるよね?トーラス殿下の事もあるから。
そうなった時元老院は間違いなくフォリッチを取り込もうと戦争を仕掛けるよ。
国を拡大する絶好のチャンスだ。
また戦争になって、そうだなアルバナール伯爵領やフォールダール辺境伯領も位置的に戦地になる」
セラは一旦言葉を止め睨む様に見る
「ディランだって分かってるでしょ?戦争になってもここは何も変わらない生活が続くよ。
王都は戦地から離れてるし。
でも戦争が長引いたり終わった後、豊かな穀倉地帯は滅茶苦茶だろうね。
そうしたらここだって無事ではいられない。小麦から何から手に入らなくなって」
「もういい…やめてくれ」
「なぁディラン。僕は国同士の難しい事はよくわからない。でもディランの事は知っている。
守りたいんだろ?今在るこのドレナバルの国、国民を。
ディランは他にやり様があるんじゃないかって悩んでるんでしょ」
「…セラの言う通り、他にやり方があるのではないかと考えてしまった。
もっと穏便に元老院と話し合いをするとか、陛下が見つかってからでも良いのではないかと」
ふぅと息を吐くとセラは
「ディランってバカだよね」
「あ?」
「元老院に話し合いが通用してたら陛下達は変な魔術をかけられたり陛下の弟だって死なずに済んだ。
陛下が見つかるまで待ってたら遅かれ早かれディランは元老院に囚われて、指輪も取り上げられて皇太子の座を奪われる」
セラは怒っている。
あまり怒る事のないセラは怒れば怒る程淡々と喋り続ける
「陛下達が見つかるまでずっと逃げ隠れするって手もあるけど、その間元老院は陛下やディランがいないのを良い事に新しい法律バンバン作って、自分達の地位を盤石にするよ。
それこそ法的にドレナバル王家を抹消するとか」
そのよく回る頭と口は羨ましいとしか言い様がない。
自分は考えるだけであんなに流暢に喋れない。
「いいじゃん。昔僕達を助けてくれた様に突拍子もない作戦でも。どうせディランの頭の中はその先も考えてるんでしょ。何を迷ってるのさ」
ノロノロと顔色を上げセラを見る
「あの時の作戦は突拍子もなかったか?」
「ないね。あんまり思いつかないし実行しないよね」
ふっ…思わず笑ってしまう
「笑い事じゃないよ。あれでも僕達大変だったんだから」
「そうか、それは悪かった」
「ねぇディラン、ディランが迷ったら僕達どうにも出来ないよ。
コレ失敗したら一緒に逃げてあげるから」
ブッ…今度は吹き出してしまった
「多分ディラン隊もラッサ隊もナディア様も一緒に逃げてくれるよ。ナディア様はちょっと足手まといだけど」
「フッ、ククク…ハハハハッ!」
「ディラン笑い過ぎ。久しぶりに見たな」
「いや、ナディアは確かに足手まといだと思ったんだが、アレは文句言いながら温泉があるぞと言ったら喜んで一緒に逃げるだろうと思って」
ブフッ…今度はセラが吹き出し2人で笑った。
ひとしきり2人で笑った後
「セラ、腹は決まった。とりあえず今から街へ行って少し様子を見てくる」
「わかった。ちゃんと帰ってきてよ」