4話
暫くしてノックの音が響いた
「どうぞ」
扉が開くと先程のセルゲイさんがいた
「大変お待たせして申し訳ございません。準備が整いましたのでこちらへ」
頷き静々セルゲイさんの後に続くけれど、私の表情とは裏腹に手汗はびっしょりだ。
大きな扉の前でとまる。
両脇に立っている兵士達はセルゲイさんを認めて扉を開けた。
扉の中両脇にズラリと年配の男性がいる。その先中央に3段階段があり椅子に座っているのが陛下と、、、王妃様?
あら?2人だけ?
横から
「シャナル王国、クロード・ド・マイヤーズ公爵家第一息女ナディア姫の御成にございます」
朱色の絨毯の中央に立ちカーテシーをする。
いつもより丁寧に
「遠路はるばるよう来てくれた。面を上げ楽にして良い」
いつもよりゆっくりとなるべく綺麗に見える所作で顔を上げる
「ドレナバル帝国陛下及び王妃殿下におかれましては、此度貴重なお時間をいただき…」
「堅苦しい挨拶はよい。道中足止めもあり大変だったと聞く。大事ないか?」
両陛下の顔を見て驚いた。
「は、はい。過分な配慮頂き快適に過ごす事ができました」
陛下は父上に負けず劣らずの強面だった。
真っ赤な髪にギョロリとした目、濃い眉、王妃様は黒髪に細面で切れ長の瞳…お世話にも優し気な雰囲気2人に全くない。
父の強面で免疫はあるからそんなに気にはならないけれど。小国の小娘がと思われて厳つい顔をしているのかもしれないし。
横に立っている誰だか分からない人にシャナル国王と父上からの書簡を渡して陛下に持って行ってもらう。
「そうか。一つ其方に謝らねばならん。我が息子ディランだが、今戦に行っておる。少々長引いておってな。」
書簡を開き読みながら陛下は言う。
やっぱり。歓迎されていないどころか殿下は会う気もないらしい。
「ナディア…だったな。其方シャナル王国での妃教育は済んでいると聞いたが誠か?」
ギョロリと睨まれる。
「はい一通りは。ですが、ドレナバル帝国と違う部分もあるかと。貴族の方々も覚え直しが必要と存じております」
「ふむ。其方の言う通りだな。よし。暫くは王妃に付いて色々教わるが良い」
「はい。よろしくお願いいたします」
チラリと王妃様を見ると
「よろしく」
合った目がすぐ逸らされた。やっぱり嫌われているらしい。
どうしましょう。
一応正妃の扱いなのでしょうけれど…自主的に修道院か離宮に幽閉を申し出た方が良いのだろうか。
でも温泉巡りが…
「では後はセルゲイの指示に従うが良い」
そう言って陛下も王妃殿下も別の扉へ入って行ってしまった。
言う暇もなかった。
途方に暮れていると気ぜわしげな目をしたセルゲイさんがやってきて
「今日はお疲れでしょう。部屋へ案内しますのでこちらへ」
セルゲイさんに付いて再び遠い道のりを歩く。何かもう色々とダメな気がする。
この先どうしたら良いのか…考え込んでいたせいか気が付けば大きな扉の前にいた
「こちらのお部屋になります。足りないものがありましたら何なりと仰って下さい」
案内された部屋は日当たりも良く落ち着いた色合いの中にピンクや黄色の小物が取り揃えてある可愛いらしい部屋だった。
良かった。屋根裏や半地下の部屋でなくて
「少し先には不在ですが、ディラン殿下のお部屋がごさいまして、いずれはその隣の部屋がナディア様のお部屋になります。このフロアには王族の方々しかおりませんので、ゆっくりとお寛ぎできるかと。では後は女官長か侍女に尋ねて下さい」
そう言ってセルゲイさんは去って行ってしまった。近くに殿下の部屋があるの?一応婚約者としての体裁を整えた?
「女官長のオリビア・ヒューズでございます。以後よろしくお願い申し上げます」
「ナディアです。よろしくお願いいたします」
「ナディア様には道中一緒だった、エアリー、グレタを付けてあります。もう少ししましたら侍女を増やす予定です。それまで何かごさいましたらここにいる侍女か扉の前に兵士がおりますのでお申し付けを」
それではごゆっくりとお寛ぎ下さい。と言うだけ言ってオリビアさんは扉を出て行った。
ほぅと息をつき静かな部屋の中でとりあえずソファーに腰掛ける。グレタがお茶の準備をしてくれ見知った顔が居てくれる事に安心を覚えた。
それにしても…歓迎はされていないわね。
まぁこの侍女達だけはちょっと違ってただけで、始めからわかっていた事だ。
陛下も王妃様も女官長も少し恐いし。
けれど殿下には会っても貰えないとは思わなかった。今までもそうやって会わずにいて相手から婚約破棄させる?何の為に…
はっ!身分違いの相手がいる?
好きな人との結婚を反対されている?
だとしたらうっすら辻褄が合う。気がする
お相手が自国なのか他国なのかどちらにしても婚約破棄3回婚約解消4回は異常だ。
帝国程の国ならば、お金に物を言わす事だって簡単なはずなのに。
だけど、それなら陛下と王妃殿下だけでも歓迎してくれても良い気がする。
やっぱり小国の小娘がたった小麦4台分でと思っているとか。
駄目だわ。ちっともわからない。
どちらにしてももうドレナバル帝国に来てしまったのだ。
私は温泉巡りと言う新たなる人生の目標を見つけたのだからそれを全うしよう。
その為にはまず
「ねぇグレタ、今日は大浴場に行けるかしら?」
「もちろんでございます。昼食までは掃除の為入れませんがそれ以降なら」
まずはこの王宮内の大浴場を全て入ってみよう。
日替わりで男性、女性が入れ替わる。この王宮に大浴場は王族専用以外3つあるから6日はかかる。出来れば王族専用も入ってみたいがまだ婚姻が結ばれていない私はただの客人だ。
「本日はナディア様のご予定はございませんのでゆっくりと疲れを癒して下さいまし。来賓用大浴場も素晴らしいのですよ」
荷解きをしながらエアリーが言う。
来賓用大浴場⁈
なんて事でしょう。働く人用以外のその他のいくつかを忘れていたなんて。後で全部でいくつあるのか聞いてみましょう。
さて、昼食の時間までまだある。
それまで何をしようかしら。
荷解きを手伝おうとして先程断られたばかりだ。
「「ナディア様にそんな事させられません」」
と二重奏で。
両親に無事到着したと手紙を書こうかとも思ったけれど殿下にまだ会えない事を伝えたらまた父上が怒り狂うかもしれない。
仕方ないので1番手近にあったドレナバル帝国の成り立ちと言う本に目を通した。
僅か2ページで諦めて別の本を手に取った。
経済や商業の本ならまだしも歴史、しかも神話時代からのとなると全く頭に入ってこない。
思えばシャナル王国で妃教育を受けていた時も歴史は苦手で四苦八苦した覚えがある。
人間向き不向きがあるのを実感した。
次に手に取った本は「食べられる薬草」と書いてあった。一体誰がチョイスしたのか問い正したい。
あまり本をコロコロ変えるのも落ち着きがない様な気がするので仕方なく読んでみた。
…ちょっと面白い?
薬草と毒草の見分け方から始まり、ある薬草は火を通すと甘味がでるとか…ちょっと食べてみたい。
挿絵も付いていてわかりやすいので読み進めている内に昼食となった。
スープ、サンドイッチやスコーン、フルーツと軽めの食事は色とりどりで見ているだけでとても楽しい。
これは夕食もきっと美味しいに違いない。
昼食を綺麗に平らげお待ちかねの来賓用大浴場へ向かった。
ほぅと思わず感嘆ともため息とも取れる声が漏れてしまった。
「素晴らしいですわ」
「それはよかったです」
エアリーがにっこり微笑んで話を続ける
「来賓用はいつもは仕切りがあるのですが本日はナディア様専用ですのでそれらは全て取り払ってあります。一つ一つは小ぶりな湯船ですが全部で5つ、マッサージが出来る場所が一つ、シャワールームも一つございます」
「シャワールーム?」
「はい。ご存知ないですか?沢山の穴が空いているジョウロの様な容器が上にございまして、そこから湯がでてくるのです」
ちっとも言ってる事がわからない。
私の表情を正確に読み取ったエアリーは
「試しに少し浴びてみましょう」
と言って私の手を引き端っこの小さなスペースに連れて行ってくれた
「そこで立っていて下さいね」
そう言って近くにあるレバーを引くと上から雨の様に湯が降ってきた
「ひゃー」
令嬢らしからぬ声が出てしまった
「熱かったですか⁈」
「い、いえ、ビックリしてしまって」
再びレバー上げて駆け寄ってくるので慌てて言う。
上を見上げるとエアリーの言っていた沢山穴の空いたジョウロの様な容器がある。
なるほど。さっきエアリーが動かしたレバーで湯を出したり止めたりたするらしい。
「軽く湯に入りたかったり汗を流すのに丁度良い具合なのですね」
「はい。仰る通り運動した後に浴びるとさっぱりするそうですよ。湯船は気持ち良いですがどうしても時間がかかりますので」
なるほど。
ドレナバル帝国の湯に対する姿勢がわかった様な気がする。湯に浸かるだけでなく、サッと浴びると確かに時間短縮になるしタオルで身体を拭くより清潔な気がする。
恐るべしドレナバル。
私はその後間違えて水風船に入ってしまったり、深い湯船で溺れかけたりして令嬢らしからぬ声を2度も上げるハメになった。