44話
天幕に残っているのは私、エアリー、グレタ、アイラさん、サウル医師の計5名。
「ナディアには伝染病で重病説が流れている」
「はい⁈」
「これはこちらが意図して流した」
何故そんなわかりやすい嘘を…
「俺はマデリーン嬢と王宮へ行く。王都や王宮が今どうなっているか知りたい」
「その間ナディアはこの馬車でヒルドン村へ向かってもらいたい」
…この馬車で?
それって…
「そう。この棺桶にも見える馬車でナディアは顔も出さずに送られる。言ってる意味はわかるか?」
…それは
「…私を死んだ事に?」
「そこにはあえて触れない。あくまでもそうするだけだ」
「それは何故ですの?」
色々知りたくないけれど、自分の事なら話は別だ。
知らずにうっかりなど避けないと。
命も狙われたのだし
「マデリーンが王宮に帰って来る事で元老院は俺の出方を伺うだろう。
その間、ナディアに護衛がいるとは言え守りが手薄になる。
重病説で人避けをして尚且つ伝染病で隔離する、もしくはもう死んでいるかもしれない。と元老院に思わせる事で俺は動き易いし、ナディアに迂闊に近寄らないだろう」
何故元老院側がこちらの動きを的確に知る事ができるの?それより!
「いや待って下さい!私の心配などしている場合ではないですよ。殿下が生捕りの方が絶対ダメだと思うのですが!」
「今回マデリーン嬢が持って来た話によると俺と婚約をし直した後、マデリーンの父親エルラート公爵が後ろ盾となり元老院との折衝を請け負うと書いてあった」
「え?殿下信じていらっしゃる?」
「まさか。請け負うと言う事は元老院側がそう仕向けたか、知らないかだろう」
「でしたら生捕り狙いの可能性だって捨てきれないではないですか」
「俺は行くとは言ったが、俺として行くのではないぞ」
「それって…」
どうゆう事かしら?
「マデリーン嬢には俺の書簡を持って一旦帰ってもらう。その際こちら側の代表としてセラに行ってもらい返事を持ち帰ると言うのが表向き。
俺はその護衛として同行する」
何だ。
初めにそう言ってくれれば良いのに。
でも…
「バレませんか?」
「このナリなら大丈夫だろう。誰かさんも最初盗賊だと思ったくらいだ」
…根に持っていらっしゃる
「そうゆう事でしたら」
私よりセラさんの方が危険度がかなり高い。
「護衛の立場から言わせてもらってもいいか?」
アイラさんが発言した。もう言葉遣いとか気にしなくなったらしい
「何だ、言ってみろ」
「マデリーン様と一緒に来たって言うブラッド大尉の中隊は誰一人見つかっていないんだよな?」
「そうだな」
「アルバナール伯爵の動きは?」
「まだわからない」
「その状態でナディアを置いて行くのか?」
「連れて行くには危険すぎる」
「それはそうだけど、いくら何でもナディアの護衛が手薄過ぎる。私とコニーだけでは限度がある。大体ヒルドンまでどうやって行くんだ」
「護衛もそのヒルドンへ行くメンバーも今調整中だ。だからこそ伝染病重病説を流した。
ラッサもリシャールも今別の任務に当たっていて不在。
正直なところ腕が立つ者でナディアの護衛を任せられる者がいないのが現状なんだ」
「行くのを辞めるのは?」
「このチャンスを逃したらもう二度と王宮に行く事は叶わないだろう」
何か殿下の崖っぷち感が凄い。
「それならばせめて王宮に行くのをもう少し後にして、フレデリック辺りが戻って来るのを待つとか…」
「…これもあまり知らせたくはないが、今捕虜になっていると情報が入ってる」
私を始め皆んなが息を飲んだ。
フレデリックさん…捕虜なんて…
一体どんな目に遭わされているのかしら?
怪我は?命は?
「どうも敵陣の中で小隊長と共にパンを焼かされているらしい」
は?全員がポカンとした顔になった
「まだそうらしいと言う情報でしかないが、重宝されている間は命の危険はないだろう」
…それならば良かったと…言うべきよね?
命の危険はないのだから…
ただ殿下の言い方!心配をして損した気持ちにさせられた!
でも、それではフレデリックさんは当分こちらには来れない。
そうか…だから伝染病重病説で私に人が近づけない様にして、生死もよくわからない状態で破壊された村へ送ると言う事ね。
でも何故ヒルドン村に行く必要が?
ここでジッとしていた方が安心安全ではないかしら?
「あの、ご提案なのですが…」
おずおずとグレタが手をあげた
「何だ」
「替え玉はいかがでしょう」
「誰がやるんだ」
「…私が」
いや、私とグレタ全く似ていない。
背も私の方が小さいし、グレタの髪の毛は金に近い茶色で腰近くまで長い。
対して私の髪の毛は黒に近い焦茶色で背中の中程までしかない。
瞳の色が茶色と言う共通点しか見いだせないわ
誰もがそれは無理では?と思っていたら
「少々お待ち下さい」
と言って寝台馬車に入って行った。
暫くして出てきたグレタは
「これならいかがでしょう?」
そこにいたグレタは髪を後ろに束ね綿帽子を被り軍服に軍靴姿で現れた。
「これは…」
「ナディア様重病でしたら咳が出ると言う事にして、この薄い布で口元を覆えばわからないかと」
…自分の事だから確かな事は言えないけれどこれはいけるのでは?
「凄いな…グレタの方が痩せているのに」
殿下⁈⁈
「本当だ。グレタ、この辺の肉付きは何か巻いているのか?」
アイラさん⁈肉付きって何⁈
「あ、はい。柔らかい布を何枚か巻いてその上から軍服を」
グレタ⁈布を何枚か巻くってどうゆう事⁈
「グレタ、この格好でいつもと同じ様に動けるの?」
「はい。師匠少々動きづらいですけど何とか」
それは私も痩せればグレタ並みに動けると言う事かしら?
「これなら確かにパッと見た目わからないかもしれんな」
殿下が感心した様に言うと
「はい。これでナディア様は侍女の服を着て温泉施設に行く事ができます」
⁈
「私が温泉へ行く為の替え玉…?」
「はい。もちろん!」
嬉しそうに笑って答えるグレタ
「ナディア…お前の侍女は、何と言うか…お前の為だけに振り切れているのな…」
同感ですわ殿下。
替え玉になってこの難局を乗り切るのではなく、私を温泉に行かせる為だけの替え玉。
使い方が勿体無さすぎる。