流されて帝国

43話

「何かバタついてるけど、何かあったのか聞いてもみーんな何もないって言うんだよ。で、サーっといなくなる」

「え？それは単にアイラさんが怖いとか、噂が轟き始めたとかではないのですか？」

うわっ。

グレタってばそんなにズバッと聞いて大丈夫⁈

私もほんの少しそう思ってしまったけれど…

「…グレタ…後で特訓な」

うん？特訓って何かしら？

「ええ⁈師匠の事褒めたのです！何故ですか⁈」

師匠？

「今グレタはアイラさんに付いて稽古を付けてもらっているのです」

スルスル側にきてエアリーが教えてくれた。

「お稽古？何の？」

「もちろん武術系のです」

「はい⁈グレタが⁈ 一体グレタは何故その様な事を？」

…まさか私の侍女を辞めたいとか…一緒に温泉巡りに付き合ってくれると思っていたのに…

「そんなのナディア様の為に決まっているじゃないですか」

「私？」

エアリーはさも当然と言う顔で

「はい。ナディア様を護る事ができる『戦う侍女』になるそうです」

戦う侍女⁈グレタは一体何を目指しているの⁈

アイラさんとグレタを見ると既にグレタは特訓らしきモノを受けていた。

「ア、アイラさん。いつからこのお稽古を？」

「ん〜一緒にココに来る時から。グレタはナディアと離れた時にもっと自分に戦う力があればってこぼしてたから。じゃあ力つければって言って」

「じ、侍女なのに？」

「侍女だからでしょ。一番近くにいるんだから」

「侍女、だから？」

「そう。護衛がいても大抵扉の前だ。扉の中が安全とは限らない」

シャナルでは扉の外も中も危険なんてなかった。

今のドレナバルはそれだけ危険がいっぱいあるのだと改めて思った。

するとまた外が騒がしくなってきた。

「また騒がしくなってきたわね」

「何かありそうなんだけどな…でもあの様子じゃ言わないんじゃないかな？」

何か隠していると言う事かしら？

最近そんな事が増えてきた気がする。

この間のマデリーン様がいらした時も知らされていなかったし。

まぁ別に良いと言えば良いのだけれど。

あまり機密事項に関する話は知りたくない。

何かあってこのドレナバルから逃げたいと思った時、それが許されない情報を私が知ってしまったら…

　万が一温泉巡りどころか温泉に入れない様な塔の上で本物の幽閉なんて逃げる事も出来ないではないの。

知らなくて済むなら知りたくない。

「そうなのね。きっと皆さんただ忙しいだけなのよ」

「まぁそうだな。陣も移動したばかりだし」

　その日1日結局周りのざわつきが治まる事はなく、翌日もざわつきが治まらない中医師団の方がお見えになった。

「もう大丈夫でしょう。ただ、殿下からのご伝言でしばらく天幕から出るなと仰せでした」

え？嫌ですけど。

外に出なけれ温泉に入れないではないの

「何故ですの？温泉に入りたいのですが」

「いや〜僕に言われても」

「サウル。ナディア様は温泉が大好きなのです。何とかして下さい」

エアリーは普段優しいのにサウル医師にはとても厳しい。

好きの裏返しね、きっと

「参ったな、ではちょっと行って聞いてくるよ。他でもないエアリーの頼みだしな」

糸の様な細い目でウィンクしてサウル医師は1人駆け出した。

「全くあの男はいつもあんな感じで…」

ぶつぶつ言っているエアリーを微笑ましく見守っていると

「ナディア何ニヤニヤしてるんだ？」

恋愛事とは無縁そうなアイラさんが失敬な事を言い出した。

「ニヤニヤではありません！エアリーを微笑ましく思っていたのです！！」

「え？どうしてですか？」

キョトンとした様子でエアリーが言う

「え！だって…」

これって言って良いのかしら？

気になる人がいて、それを他人に指摘されるのって凄く嫌よね？

　でもエアリーの表情からはそんな感じが一切窺えない。

「ナディア様何か誤解されているのでは？」

グレタが会話に参加した

「「誤解？」」

私とエアリーが疑問を口にし、顔を見合わせた後エアリーが叫んだ

「なっ！違います！ナディア様！アレは、あの男は私の腹違いの兄です！」

「兄⁈エアリーの⁈」

「そうです！父は某伯爵なのですが私もサウルもその伯爵家のメイドを母として生まれてきたのです」

似ていないにも程がある。

エアリーはかなり可愛らしい面立ちをしている。

パッチリした目に小ぶりな鼻、キュッとした唇。

対してサウル医師は…全体的にうす〜い面立ちの印象の顔だったりする。

「そうだったのね。あまり似ていなくて気づかなかったわ」

「よく言われます。私も兄も母に似ているので」

　貴族が愛人を囲うなんてよくある話だけれど、同じ家でメイド2人に手を出すってそうある事ではない。

　メイドとは言え伯爵家のメイドなら子爵家や男爵家の令嬢の筈なのに。

エアリーのお父上ちょっとすごいわね。

　それともドレナバルでは普通の事かしら？

文化の違いは如何ともし難い。

　シャナルでは愛人は別宅が普通だったけれど。

まぁ陛下もご側室がいて同じ屋根の下と言えば同じ屋根の下だわ。規模がちがうだけで…

そんな事を考えていたらサウル医師が殿下を連れて帰ってきた。

殿下の顔が凄い事になっている。

無精髭がさらに伸び、目の隈もハッキリクッキリしている。

ついでに目つきも物凄く悪い

殿下は開口一番

「温泉に行きたいそうだな。悪いが今はダメだ。温泉の湯を運ばせるからその湯をタライに入れて我慢してくれ」

そんなものは温泉かもしれないけれど、温泉ではない。

私は手足を伸ばして入りたいのよ。

「何故ですか？納得できる説明が無ければ抜け出してでも入りに行きます！」

　殿下と睨み合う事数十秒、先に折れてくれたのは殿下だった。

良かった。折れてくれて。

機嫌が悪そうな殿下に途中から縛り上げられて監禁されたらどうしようかと思った。

「わかった。ただしこれから話す事は他言無用だ」

そう言って殿下は私達を見回した

「医師団長はサウルと言ったか。サウル以外は席を外してくれ」

嫌だ。

危ない予感がするわ。

とても危険な話の予感…そんなに重要事項？

私は温泉に入りたいって言っただけなのに。