40話
朝食後特にするべき事もない私達は天幕内の模様替えを行う事にした。
コニーさんが増えて何となく配置位置が変になっている気がすると言って。
「そう言えばアイラさんとコニーさん戻ってきませんでしたね」
グレタがポツリとそう言った。
そう、2人は結局朝になっても戻って来なかったのだ。
不法侵入者の情報はあれから何もなく、殿下もセラさんも何も言ってこない。2人がいない為私の天幕の側には常にラッサ大尉がいる。
「すみません。ラッサ大尉、こちらを上に上げてもらえますか?」
エアリーに言われ棚の設置を手伝うラッサ大尉…
何となく申し訳ない気がする。
するとグラリと地面が揺れた。
「ヒャー!」
蹲り悲鳴を上げると
「あぁ、この高さは危ないかな?倒れる可能性がある」
「まぁ、では上の部分は外すしかないですね。ならばここはこちらの方に…」
何⁈何故皆んな普通にしているの⁈
地面が揺れたのに!
もしかして何かの魔法が⁈
「ナディア様、もしかして地震をご存知ないですか?」
エアリーに聞かれ首をガクガク縦に振る
「あぁ、シャナルでは地震は無いかもしれないですね。温泉も無かった様ですから。温泉がある所ではよくあるのです」
ラッサ大尉が説明をして下さった。
地面が揺れる事を地震と言ってドレナバルではよくある事だそう。
地面が揺れるのが頻繁にあるなんて信じられない。けれど地震がある所ほど温泉が湧いている場所が多いのだそう。
理屈はさっぱりわからないけれど地面が揺れるほど温泉が湧く…なんて理不尽。
その後ヒューズ君がやって来て温泉施設が利用できると知らせに来てくれた。
本降りの雨の中外套を羽織り4人で温泉施設まで歩く。
軍靴にも少し慣れてきた様で筋肉痛はまだあるけれど、これを耐え忍べば私の下半身は鍛えられる。
そして温泉が待っているのだから頑張らないと。
ラッサ大尉には建物の前で待っていてもらい、簡素な木でできた建物に入る。
脱衣所で衣服を脱ぎ木の扉を開ける頃には私は顔の緩みを抑える事が出来なかった。
「ナディア様嬉しそうですね」
薄布なんて無かったのでタオルで体を覆い歩いていたらグレタが言った。
「えぇとても嬉しいわ。何日振りかしら?」
久しぶりに石鹸で髪も身体も洗ってもらいスッキリ、サッパリした所でお待ちかねの湯船にと片足を入れ叫んだ
「あっつい!」
「ナディア様大丈夫ですか⁈」
「だ、大丈夫。大丈夫よ。ちょっと熱かっただけで」
これしきで火傷扱いされて湯船に入れないなんて事態は避けたい。
するとグレタが
「この様な場所に木の札が…ちょっと引っ張ってみましょう」
エアリーと少し離れた所に避難していると
「引っ張っります!」
グレタが叫ぶと同時に湯船の上にある箱がひっくり返って大量の水が湯船に入った。
バッシャーン。
「これは…これで湯を適温にする装置、雨水でしょうか?」
グレタが呟いたので手を入れてみると、なんと少し温い湯になっている
「す、凄いわね。画期的と言うか斬新と言うか…」
私は気を取り直し湯船に入りほぅっと息を吐く。
くぅ…なんて気持ち良いのでしょう。
待ち望んだ湯船に身体中が快哉を叫ぶ。
幸せ〜
両手両足をダラリとさせ寛ぎきっていると
「こちらの湯は湧いている時点で物凄く熱いようですね。ここの湯が出ている所は凄く熱いです」
湯が出ている岩の近くに手を入れグレタが言った。なるほど。
温泉とはどこも適温とは限らないと言う事ね。
「ではぬる過ぎの温泉などもあるのかしら?」
「はい。ドレナバルの南部にその様な温泉があると聞いた事があります。その場合温めてから浴槽に注ぐそうです」
流石温泉博士グレタ!
きっと温泉に関して知らない事はないに違いない。
あぁそれにしても幸せだわ。湯船の淵に頭を乗せ目を瞑る。
岩チョロ以来の湯船ね。あそこのお湯は無色透明のサラリとした湯だったけれど、ここの湯は少しトロリとしていて肌に良さそう。
指の先やつま先から色々流れ出て行く気がするわ。
嫌な気持ちや不安、怒り、足腰の痛みまで…やはり温泉って素晴らしい。
身体が温まった所で湯船から出ようとしてフラついてしまい、最後はエアリーとグレタに手を借りながら出た。
どうやらのぼせてしまったらしい。
湯の温度がどんどんと上がっていた事を皆んなで忘れてしまっていた。
さらにヨロヨロとした私はそれでも頑張って自分の足で天幕まで戻る。
私は案外地道な努力家なのだと再認識した。
あれから2日。
アイラさんとコニーさんはあの後戻ってきて、その後も不審者捜索と言って2人揃っては天幕にはほとんどいない。
ただ、どちらかは必ず天幕にいてくれる。
やっぱり男性のラッサ大尉よりは同性の護衛がいてくれた方が心強いのでそれは良いのだけれど…
「さ、ナディアちゃん。スクワットあと5回よ。頑張って」
「ぬぐぐ…」
私の体力増強だと言ってスパルタ教育を施されている。
辛い。
お陰で筋肉痛が続いている。
この2日間雨が降り続いていた為食事をし、温泉に入り天幕の中で運動をするを繰り返しているけれど、こんなに何も無いのはドレナバルに来て以来初めてだわ。
侵入者が捕まったと言う話も聞かなければ、その後殿下達がどうするのかも聞いていない。
何事も無く、毎日もしくは1日2回温泉にも入れてもう何も言う事はない。
私は至って幸せなのに…
「あれが殿下のご婚約者様?まぁお労しい」や「お可哀想に」などと不届きな村人の言葉を聞いたのは温泉施設へ向かう時。
最初私の事だと気づかずいたのだけれど、その後も似た様な言葉が続き
「ねぇ、あの言葉は私に向けられたモノかしら?」
「…さぁ、どうでしょう…」
⁈何?何?
何故目を逸らすの⁈
私のどの辺りが可哀想なのかしら⁈
違うわ。
殿下のご婚約者様お労しいと言っていらしたと言う事は、殿下に原因があると言う事よね?
「今日はもう、一度温泉に浸かっているのでこれから教会へ行きましょう」
「なっ、何故です?」
最初に動揺を見せたのはグレタ。
「何故ってたまには殿下に労いの言葉でもお掛けしたり、その後どうなったのかお聞きしないと」
私は方向転換し一路教会へまっしぐらに進む。